遅めの朝食
「さて、最初にお前さんに謝っておかなければならない事がある。」
ランドルさんの背中で揺られながら、私の体内時計で小一時間が過ぎた頃、少し開けた場所に出た。そこには小さな泉があって、その水は綺麗に澄んでいる。湧き水にほのかに揺れる水面は差し込んでくる光をきらきらと反射していて、日がすでに高く上りつつあることを教えてくれる。実に穏やかな光景だ。
だのに!なぜ!そんな不吉なことを口にするんですかランドルさん!マジでドナドナですか!?
「お前さんには、未来を諦めてもらわねばならぬかもしれぬ。」
ちょ、きたああああ!お前を殺すかも発言いただきましたああああ!
まあ死ぬのにはとてもいい場所かもしれないなあ、静かできれいな場所だし。
いやいや、待て私!今現実逃避してしまうと、ほんとに現実とさよならしちゃうかもしれないんだぞ!
だけど、ランドルさん相手に逃げ切ることなんて、ましてや戦って勝つことなんて想像もできないし。
やばいね、詰んでるね!
仕方ない。せめて、私を殺す動機だけでも聞いておこうよ。何も知らずにヤラレルよりいいよね。
冥土の土産に教えて頂こう。毅然とした態度で!
「あ、あの、なんで私を、ころ、コロすん、デスか?」
緊張のあまり、粘着シートでカーペットの掃除をするみたいになっちゃった。
ランドルさんはくっくっくと笑っている。なんか悪役っぽいぞ。でもそのうちアーハッハ、イーヒッヒと次第に様子がおかしくなり、おなかを抱えて転がり始めた。
「あんまりお前さんが緊張しているようだから、ちょっと遠回しな物言いをしてみれば、やはり妙な勘違いをしておったな。わしがお前さんに危害を加えるわけないじゃろ。第一そんなことしてみろ、アルウィンに死ぬよりひどい目にあわされるわい。」
なんつークソじじいだ!いたいけな幼女の心を弄びやがって!頭痛が痛くなってきやがった!
後で母上にランドルさんにいじめられたと言いつけよう。そうしよう。
「それで、私は何を諦めなきゃいけないんです?魔眼ですか?」
「ん?そうではない。恐らく放っておいても、お前さんの眼には魔眼が発露するじゃろう。しかしそれはマズい。ひじょーにマズい。」
「具体的には?」
「・・・子供向けの建前と、わしの率直な意見とどっちが知りたい?」
そんな二択じゃ、マイルドな方を聞いたとしても気になるじゃないですか!
「率直な意見を優しめの言葉でお願いします。」
「あー、えーっと、十中八九、お前さんの頭が焼き切れる?」
えー。前々から薄々思ってたけど、ランドルさんって根本的に優しさが全然足りなくないですかー?
ていうか私、やっぱり死んじゃうのかー。私の頭は焼き切れる前にフリーズしそうだよ。
あれ?凍っていれば焼けないんじゃい? ハッ!? このまま思考を放棄し続ければ助かる!?
「マリエール、しっかりしなさい。心配しなくともお前さんはわしが守る。」
ランドルさんからそれまでの飄々とした雰囲気がなくなっていた。彼から泉の水が入ったカップを受け取ると、ポンポンと頭を撫でられる。
母上や父上とも違うけど、安心する手だ。
「ぐぅ~」
おぅ、空気読めよ私のお腹。
「ハッハッハ!どんな時でも生きていれば腹は減る!というわけで、まずは朝食じゃな!」
そういえば、朝ご飯を食べずに家を出たんだった。でもお弁当とかもってきてないですよ?そんな思いでランドルさんの顔を見ると、ニヤニヤといい笑顔を浮かべておいでだった。いやな予感しかしない。
「この森には食べられるものが五万とある。獣でも木の実でも草花でも、お前さんが食べられそうだなと思ったものを片っ端からとってくるとよい。わしはここで煮炊きの準備をしておこう。」
まあ、もともと狩りに来たのだし、ある程度「サバイバル!」な状況になるのはいいけど、特に指導もなく丸投げですか?たった今、「お前さんはわしが守る」って言ったばかりなのに?
そうですか、やっぱりランドルさんは優しさが足りないのです。
文句を言っていてもお腹は膨らまないので、ホイっと渡されたナイフを手にとり、簡単な籠を背負う。まずは泉の周り、ランドルさんが視界に入るところまでを意識しながら野草を見て回る。
うん、全然わからない。
とりあえず前世の知識で可食だったものに雰囲気が似ているものを手あたり次第持っていくかな。季節感はバラバラだけどヨモギやつくし、春の七草くらいならいくら引きこもりでも知っているさ。でもこんなに草ばっかりじゃ、たとえ食べられたとしても、口の中が緑一色、「味の大草原や~」状態になるのは目に見えてる。
野生動物を狩るのはまだハードルが高いとして、せめて何か木の実とか、あわよくば果実とか手に入れたいところである。多分、森の中に分け入れば割と簡単に手に入る。ここに来るまでにランドルさんの背中でボーっとしているだけだった私は周りを見渡す余裕があった。というか周りを見ることぐらいしかすることがなかったという方が正しいけど・・・まあとにかく!その時にキイチゴらしきものやプラムみたいな見た目のもの、クルミやアーモンドに似た実を付けている樹もあったんです!
でもね、昼間だというのに薄暗く、人の手が全く入っていない原生林ってチョー怖いんですよ!マジで!
ランドルさんに背負われている間は不思議とそんなこと感じなかったけど、いざ踏み込もうと森の前に立つと、大自然が大口を開けて私を飲み込もうとしているのがよく分かります。
30分程でしょうか、逡巡していた私は野草だけで我慢することに決めました。戦略的撤退ってやつですね。とにかくランドルさんのもとに戻ります。こっちがランドルさんを視界から外さないようにしていたということはランドルさんの視界にも私はずっと映っていたということで。
「その恐怖を感じる本能は人族としては正しいものじゃよ。」
しょんぼりと帰ってきた私を見てクツクツと笑うランドルさん。
「さてお前さんの採ってきた野草を見せてもらおうかの。」
私から野草を受け取るとランドルさんは一つ一つ丁寧に手に取って見た後、感心してこう言った。
「見事じゃな。」
ふふん、そうでしょうそうでしょう!
「これ以外は見事に食用ではない!」
はーい、何となくわかっていましたよ!どうせ、こういうオチですよね!
ちなみに、唯一残った食材は最初に見つけたヨモギもどきでした。「仕方がないの」とランドルさんが空に向けて手をかざすとドサッと鳥が落ちてきた。鳩のような見た目の鳥だ。頭に小さな穴が貫通している。
「さばけるかの?」
「・・・やれとおっしゃるならやります。」
それからは阿鼻叫喚、やっとの思いで出来上がった。鳥と野草のスープを二人で食べて終わると、ランドルさんが私が採ってきた残りの雑草を丁寧により分けて天日に干しだした。
「何をやっているのですか?」
「ああ、お前さんの採ってきたこいつらな、食用ではないが使い方を知っていればかなり有用なのだよ。」
「雑草ではないのですか?」
「うむ。これらは使い方次第で毒にも薬にもなる、そこそこ貴重な草じゃよ。王都に持ち込めばよい金になる。」
おお、私の労力は無駄ではなかったのですね!
「それに、ここでのおぬしの修行には必要だったのでちょうどいい。しかしよく見つけたな!」
ランドルさんは鼻歌まじりに薬草?の処理を続けている。おお上機嫌だな。
「そういえば、私の修行ってどんな事をするのですか?」
まだ私はここで具体的に何をするのか聞いていない。
「無論、魔法の修行だな。」
ん?
「実際に私が魔法を習って使うのですか?」
「そうじゃよ。」
ふふふ~んと、スズナもどきの根を細かく刻むランドルさんの鼻歌は絶好調だ。
「ということは・・・」
私はこの泉についたときに言われた不吉な言葉を思い出していた。「お前さんには、未来を諦めてもらわねばならぬかもしれぬ。」私が諦めなければならない未来って・・・
「あのー、それだと私の体に影響があるんじゃ?」
一縷の望みをかけて問う。アッと何かに気付いたランドルさんの手が止まる。見つめあう二人。しばしの沈黙。先に目を逸らしたのはランドルさんだった。
「すまんのう、マリエール、豊かな双丘は諦めてくれんか?お前さんのためなんじゃ・・・」
すまなそうに、告げられたのは本日何度目かの死刑宣告だった。