魔眼のためならゲ〇くらい!
「というわけで、わしがマリーに魔法を教えてやろう。」
何が『というわけ』なのかはわからないけど、私はボインを諦めないと決めたので、ランドルさんの申し出はちょっと有難迷惑だったりする。肩がこるほどのマウンテンはいらないけど、何も引っかからない絶壁の虚しさは一度の人生だけで十分なのである。
どうやら表情に出ていたらしい、わっははとランドルさんが豪快に笑う。
「そんな顔をしなくて大丈夫じゃ、何も実際に魔法を使って訓練することだけが道を究める術ではないよ。」
「そうなのですか?」
「基本的に人族の間では『魔法は習うより慣れよ』と言われておる。それは間違いではないが、完全に正しいわけでもないのじゃよ。そもそも人族に最初に魔法を伝えたのは精霊でな。精霊というのは魔法の使い方を初めから『なんとなく』知っておる。使いかたは知ってはいるが、どうして使えるのかは理解しておらん。どうして使えるのかということの一端でも理解することができれば魔法の応用が飛躍的にできるようになる。」
「おお!」
なるほど道理だ。経験則的に知っていることと、学術的に理解していることとは別だもんね。別にどっちが正しいとかではないけど。自動車の仕組みは知らなくても、運転はできるみたいなことだよ。なんか違う気がするけど。
「まあ、小難しい話は追々ということにして、まずは簡単な魔法を見てもらおうかの。」
ランドルさんと私は中庭に出ると、サラとメルがレンガと薪、水の入った桶を準備してくれていた。ほうほう、こりゃ火系の魔法が見られるのかな?
「じゃあ、まずはこの薪を使ってみようかの。」
ランドルさんは、おもむろに薪を二つ手に取り、矯めつ眇めつ眺めると、ふむと一つ頷く。そして
片方は柔らかい土の上に、もう片方をレンガの上に置くと詠唱をはじめた!
『神理により導かれしものよ 今ひとたび混沌に還りて 我の示せし新理に従え さあれかし』
二つの薪が俄かに光を放ったかと思うと、レンガの上の薪は勢い良く燃え上がり、一瞬で真っ白な灰になった。こちらは思った通り火系の魔法か?
問題はもう一つの薪だった方だ。
乾いて完全に枯れていたはずの薪が見る見るうちに根を張り、幹を太くし、枝を伸ばし、葉を生い茂らせていく。
「どうじゃ?魔法は奥が深そうだとは思わんか?」
いたずらが成功した子供のような表情で満足げに笑うランドルさんに、私はただコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。サラとメルも唖然としている。とサラより先に再起動したメルがランドルさんに問い詰める。
「ランドル様!今、火の魔法と樹の魔法を同時にお使いになったのですか!?」
ここで補足しておくと、そもそも魔法の同時発動自体が恐ろしく高度なことで、当代で同時発動を成した魔法使いは一人だけ。それもその魔法使いが全盛期の時にたった一度、できたきりなのだとか。それも同系統の魔法でだ。別系統ましてや相性の悪い火と樹の同時発動など前代未聞である。
「おや、メル殿は魔法の心得があったのかの?」
「い、いえ、心得というほどのものではございませんが・・・」
「ふむ、まあちょうどよい君たちもついでに聞いていくといい。魔法というのは平たく言えば理を枉げ因果を書き換える作業じゃ。今ある状態から遠く離れるほどに難しくなる。さっきわしが魔法で燃やした薪は、もともといつか燃やされていたはずじゃ。これは理からほとんど外れておらん。だから薪に火をつける魔法は一番簡単な部類じゃな。一方で薪を大樹に変じた魔法も実はそうたいしたことではない。この薪のたどった因果を読み解くことができればの話じゃがな。」
私は正直、ランドルさんが何を言っているのかよくわからなかった。
「そこで、マリエールには魔眼を得るための訓練をしてもらおうと思っておる。これなら魔法を実際に使うわけではないからの、体への影響はないじゃろう。まあ立派に育つかどうかは別問題じゃがの、ほっほ。」
ランドルさんそれセクハラっすよ!
ってそんなことより魔眼ですか!?
「今日はやけに左目が疼きやがるぜ!」なアレですか?
なんかよくわかんないけど魔眼を習得するということなら俄然やる気が出てきましたよ!
「というわけで、まずはこの桶の水がどこからどうやって来たものか。頑張って読み解いてみるといい。」
そう言って水入りの桶をほいっと私に預けるとランドルさんは立ち去ってしまった。
いや、だから何が『というわけ』なのか全然わかりません!この水がどこからどうやって来たのかなんて知りませんよ!
「あの、サラ。このお水はどこから汲んできたものなのでしょう?」
「裏手の井戸からですが・・・」
「そういうことではないですよね・・・」
「恐れながら、そう単純なことではないかと・・・」
「だよねぇ・・・」
魔法について教えてやるといわれたかと思ったら、よくわからない課題を押し付けられてしまいました。何はともあれ、夢の中二アイテム魔眼のためです、まずはその井戸に行ってみますか。
「ふむふむ、これがその井戸ですか。この井戸はこの屋敷に来た時には既にあったものなのかしら?」
「いえ、この井戸は奥様が掘られたものです。」
「なんと!?お母様が!?」
「はい、このお屋敷に、当時は打ち捨てられた砦でしたが、たどり着き、ここを拠点とすると決めた次の日に早速『まずは水の確保が最優先ね!』と魔法であっという間に造っていただきました。」
ということは、母上がここに来なければこの水は今日ここでサラたちに汲まれることはなかったのか・・・
そもそもこの井戸の水はどこから湧いているのか、この地面の下に地下水脈があるのか、そもそもその前は?どこかに降った雨なのか?その雨を降らせた雲はどこから来た?
ぐーるぐる ぐーるぐる
なんだかそう考えるとすごく気持ち悪くなってきたよ。
「おぇええ」
「お嬢様!!」
私はその日、知恵熱というものが存在することを実感した。