ランドルさんが来た!
「ぐぬぬ~」
「なあアルウィン、マリーは何であんなに唸ってるんだ?」
「乙女の悩みよ。」
「何!?男か!?」
「そんなわけないでしょ!この屋敷に出入りしている男性はあなただけよ。」
「む?それもそうか、では『乙女の悩み』とはいったい・・・」
「あなた、あまり深く詮索すると嫌われますよ。」
「マリーが私を嫌うはずがない!」
「まあ!」
衝撃の事実から5日経っても私はまだ決断できないでいた。幼少期に魔法を使う代償、そのバカバカしくも恐ろしい・・・いやまて全っ然バカらしくない!とにかくすごく恐ろしい代償を払う覚悟ができない。しかも長命種である私には幼少期に魔法の訓練を始めることのメリットがほとんどと言っていいほどない。テンプレ通りに魔力の枯渇を繰り返せば魔力量が飛躍的に伸びて人外並みに!とかないのである。
テンプレ仕事しろ!
短命種の魔法使いの家系の子供ならば技量を早く伸ばすことで到達できる地点が高くなることも多いようだが、長命種は焦らなくても同じ地点までたどり着くだけの時間的余裕がある。なんとも残酷な話だ。ちなみに女性はツルペタ男性はツルピカが代償です(はぁと)。しかしながらと言うべきか、さればこそと言うべきか歴代の大魔法使いと呼ばれる人たちは短命種の方が圧倒的に多い。代償を払った者たちは、魔法に対する執念が違うのでしょうな、物理的に身を削ってまで道を究めんとするその心意気、リスペクトしかありません。「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」という負け惜し・・・ゲフン、ゲフン、魂の叫びが聞こえてきますね。
胸部装甲と毛髪に合掌。
「大方、魔法の訓練を始めるかどうかで悩んでおるのじゃろう。」
父上の背後から見知った顔が覗いている。背丈は私より頭一つ分だけ高く、一見すると少年の様な不思議な老人だ。
「ランドルさん!」
私はハッとして、ランドルさんのもとに駆け寄った。「ねえパパは?パパにおかえりは?」という声は聞こえない。世の中は残酷なのだ。
「久しいのう、マリエール、元気にしとったか?」
ランドルさんは、勢い余って、抱き着くかたちになってしまった私を優しく受け止めると、もともと細い目をさらに細くする。その顔には確かに年輪の様に、彼の経てきた歳月が皺として刻まれているのに、私にはやや年の離れたお兄ちゃんに思えてしまう。そして私とランドルさんは久闊を叙する・・・
「ところでマリエール、歓迎してくれるのはとてもうれしいんじゃが、そろそろヴィル坊にも挨拶をしてやってくれんか?もうすでに半泣きじゃぞ」
そういわれて父上の方を見てみると、マジで涙目で母上によしよしされていた。
お、おぅ ソーリー マイ ダディ。
スッと居住まいを正し、優雅にお辞儀する。
「お父様も無事のお戻り、何よりでございます。お出迎えもせず大変失礼いたしました。」
なんだか少しよそよそしくなったのは決してその光景にひいたからではない。貴族の娘としての作法の一環だよ。きっと
「う、うむ。ただいまマリー。何か悩みごとがあるのかな?」
「・・・はい。」
「先程、ランドル翁が言ってた魔法のことかい?」
「ええ、まあ。あの、つかぬことをお聞きしますが、私のおばあさまはどのような方なのでしょう?」
私に遺伝学の知識はないけど、胸部装甲だって無関係ではあるまい。あるまい?
母上に似れば夢いっぱい胸いっぱいだけど、母上は元精霊なので参考になるのかよく分からない。父上のためだけに人の肉体を得たからだ。ということは母上は父上の理想の姿なのかもしれない。そうすると母上の豊かな胸部装甲は・・・フッ、所詮は父上も男の子だったわけだな。私の勝手な妄想のせいで、今日は父上の株がストップ安だね。
元々望み薄ならば、これから先10年以上も魔法を我慢することはない。前世の真里の体だってまあなんだ、大してアレじゃなかったわけだし・・・ぐすん。
というわけで、おばあさま次第では魔法を習い始めることにしよう、そうしよう。
「ん?母上か?母上はおっとりした優しい方だぞ?」
「・・・いえ、そういうことではなくですね。」
察せよ!バカオヤジ!おっと、つい心の口がすべったぜ
「ほっほ、ミカエラ嬢は、ナーマ山の様に大きな心の持ち主じゃよ。」
さすがランドルさん!ナイス!私が聞きたかったことをよくわかってるぅ~
そうか、私には希望があるのか!それなら長い人生だ、10年ちょっとくらい我慢しようじゃないか!
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何か一人で熟考しているマリエールを3人は見ていた。
「余程、魔法に興味があるようじゃな?」
「ええ、魔法を教えてあげてもいいと言ってからずっとあの調子でしたわ。」
「何?おぬしが魔法を教えるのか?それはちょっと危ういのう。」
「あら、それはちょっとひどいのではありませんか?」
「いやー、アルウィンの魔法は過激で大雑把だからなあ。」
「ま!あなたまでそんなことをおっしゃるの!?」
ぷぅ~と頬を膨らますアルウィンはかわいかったが、ほんの少し揺らめく怒気にこれ以上からかうのはやめようとヴィリヴァルトは話題を逸らす。
「アハハハハ・・・ところでランドル翁、どうしてマリーが魔法について悩んでいるとわかったのです?」
「前回マリエールに会った時に、それとなく魔法に関して探りを入れてきたからの。」
「そうだったのですか。でもなあアルウィン、いくら何でもマリーに魔法はまだ早すぎるんじゃないか?」
「私もそう思っていたのだけど、あの子は私たちが思っている以上に賢いわ。だから今すぐに魔法を習い始めることに対するメリットとデメリットを話して自分で決めさせることにしたの。ダメだったかしら?」
「いや、君が母親としてそう決めたのなら僕としても異論はないよ。あれだけ真剣に悩んでいるということが自分で考えられているという証明みたいなものだしね。」
マリエールは何か納得がいく答えが出たのか今度は一人でコクコクと頷いている。そんな彼女をしばらくの間じっと見ていたランドルが口を開いた。
「なあ、お二人さん。どうせわしはしばらくの間ここにいるんじゃ、その間、わしがマリーに魔法を教えようと思う。」