魔法の代償!
父上が未練タラタラで何とか出かけていったその日の夜、私と母上は同じベッドの上にいた。二人してベッドの背にもたれて、私は母の左肩に頭を預けている。最近、母上は寝る前に本を読んでくれる。
この本たちは先日、私の4歳の誕生日におじいちゃんが大量に贈ってくれたプレゼントの内のひとつだ。なんと私に送られた本だけで本棚が二つ埋まってしまった。
3歳を過ぎてだいぶ意識がはっきりしてきた頃、私は文字を覚えたいのとこの世界の情報が欲しいのとで父上に本をおねだりした事がある。その時は父上が一冊の絵本をくれて済んだ。ところが私が割とすぐにその絵本を自力で読めてしまうと、親バカな父上はやや自慢げにそのことを報告したらしく、おじいちゃんは「マリーは天才だ!!」と大騒ぎしてこの度、大量の本を送ってきた。過度な期待なのか、それともとりあえず本という本を集めてみたのか、中にはかなり高度な専門書らしきものまで混じっていた。
ちなみに私はまだおじいちゃんに会ったことがない。ここから領都まではかなりの距離があるらしく、私の体力じゃまだまだ旅はつらいだろうからと言うのと、領主が孫娘に会うためだけに何日も領都を空けるのは難しいからと言うのが理由だ。どうしても私の顔が見たいらしいおじいちゃんは苦肉の策でクロイツェル家お抱えの絵師を毎年プレゼントと一緒に送り込んできて、私の肖像画を描かせている。幼女の絵を描くためだけに数十日をかけて往復する絵師さんたちが気の毒である。私がおじいちゃんのことを祖父とかお爺様とは呼ばずに「おじいちゃん」と呼ぶのは聞き及ぶ行動が前世の祖父に似ているからかもしれない。
閑話休題
そんなおじいちゃんの孫への愛執が篭った今日の本の内容は、なんと、クロイツェル家の初代当主が精霊王ランドルの力を借りてナーマ山脈に住み着いた魔物を倒したというものだった。多少の脚色はあるが史実なんだって。
「ねえ、お母様。お母様はランドルさんと同じで昔は妖精さんだったのですよね?」
「ええそうよ、言ってみればランドルおじさんはママの大先輩ね。」
母上は本を閉じてサイドテーブルに置くと大きく膨らんだお腹を愛おしそうに撫でる。時折元気よく動いてるようだ。
「母上もランドルさんの様に魔法が使えるのですか?」
私は最重要事項に関する質問をする。そう魔法ですよ魔法!精霊がいる世界ですもの!やっぱりありますよね魔法!さっきのお話のクライマックスで、圧倒的な暴威を振るう魔物にとどめを刺したのは強力な魔法だったし。今までに魔法が使えないかと試してみたことはあるけどちょっとアレな子の一人遊び以上の何かにはならず、その様子を見ていたサラに生暖かい目を向けられただけだった。あぅ
「マリーは魔法に興味があるの?」
「はい!とっても!」
「そうなの・・・見てみたいだけ?それとも使えるようになりたいの?」
「私にも使えるようになるのですか!?」
「うーん、マリーが今よりずっとずっと大きくなったら、もしかしたら使えるようになるかもしれないわね。」
ものすごい勢いで食いつく私に母上は微妙な笑顔で答える。自分にも魔法が使えるかもしれないとわかった私は舞い上がってしまって、そんな母上の表情に気付かずにたたみかける。
「今すぐ!今すぐは無理なのですか?私、いっぱい、いっぱい頑張ります!修行でも勉強でも!」
「落ち着いてマリー。そう、そんなに魔法が気になるの・・・」
そっと抱き寄せられた後、頭をポンポンと撫でられ、私はキョトンとして母上の顔を見る。そこでようやく母上があからさまに苦笑いしていることに気付いた。いくら何でも気が逸り過ぎだね、失敗失敗。
「何か不都合があるのでしょうか?」
「そうね、今すぐってのはさすがにマズいわね。」
「そうですか・・・」
「あのねマリー、魔法ってのは『法を無視して現象を引き起こす術』のことなの。これはママが精霊だったから感覚的に知っていることだけれど、全ての源である『何か』の本質は混沌なの、つまり無法、そこでは形有るものは存在できないのね。でも今ここには私とあなたがいて扉の外には世界が広がっている。これは混沌の中から法が編み出されたからなの。この法を編み出した存在のことを人によっては『神』とよんでいるわ。私たち精霊は『偶然』だと思っているけれどね。ふふふ、奇跡のような偶然を神と呼ぶかどうかの違いね。で、話を戻すけど、魔法は『法』謂わば『世界のルール』を意図的に破るのね。正確に言えば混沌から編み出された法に私たちの意思で手を加えて今ここにある現象を書き換えるというのが魔法なの。だからそれなりに危険が伴うものなのよ。」
ちょ、ちょっと待ってください!母上!びっくりする程しゃべりますね!
それもなんだか哲学的・・・
こういう話って登場人物が一生懸命しゃべったって読み飛ばされちゃうんですよ!
とはいえ、安全確認は大事です!何やら魔法は思ってた以上にリスクが高いみたいですし、ステータス画面からポンポンとコマンドで放てる代物ではないようです。
「危険っていうと、もし失敗しちゃったら、世界が崩壊したりするのですか?」
「え、マリーちゃん今のママの話わかっちゃったの!?難しい話で煙に巻こうと思っていたのに・・・」
「・・・・・・・」
ジトー
「ちょっと、そんな目で見ないで!ママが悪かったから!」
「・・・それで?」
「魔法に関してさっき言ったことは全部ホントのことよ。ただ世界の修復力を上回るような魔法なんてそれこそ神の御業よ。山一つ消し飛ばそうが、国一つ沈めようが、世界はビクともしないから安心していいわよ。」
「それは、母上はその気になれば山一つ消し飛ばせるということですか?」
「ええ、まあすごく疲れるからそんな無駄なことはしないけど・・・あら笑顔に戻ってくれてうれしいわ!」
ジト目をそっこうでキャンセル!プリティスマイルをフェイスオン!
「ではなぜ、大きくなってからではないとダメなのですか?」
「あー、あんまり小さいころから魔法を使っていると体に良くないのよ。」
「そうなのですか・・・でもそれならそう言ってくだされば素直に引き下がりましたのに。」
「そうなんだけどね、あなたはまだ小さいから事の重大さがわからないんじゃないかと思ってね。魔法に対する食いつき方が尋常じゃなかったし、『そんなこと』はどうでもいいから魔法をってなるんじゃないかとね。」
どんだけがっついていたんだ私は、反省。
「自分の健康を『そんなこと』とは言いませんよ。」
「マリーちゃんが思ったより大人な対応してくれて助かるわ。じゃあ正直に言うけど幼少期に魔法を使うことのデメリットは人によっては割とどうでもいいことなのよ。」
「え?」
「あなたは本当に賢いから自分で判断していいわ、将来『胸が膨らまなくてもいい』ってあなたが判断したなら、明日からでもママが魔法を教えてあげるわ。」
「え?」