第2話 夜の訪問者
ヤギのミルクが入った大きな瓶を右手に、たけのこご飯と菜っ葉のおひたしの入ったタッパー二つを左手に持ち、俺は帰路についた。
この村に来た一か月前から俺は都市部に移住した村人が以前住んでいた家に住まわせてもらっている。
前の住人は一人暮らしの若い女性だったそうだが都市部の生活に憧れて村を出ていったらしい。
勝手に住んで大丈夫なのか? とは思ったがデボラさん曰はく、その女性はもうこの村には戻ってこないと言っていたそうなので俺はちゃっかりその家に住み着いてしまっていた。
「ただいまっと」
誰もいない家だがつい口にする。
この村に来てから他人と話す機会が増えたせいか独り言も多くなっている気がする。
魔王退治の旅をしていた時は緊張感と使命感とで殺伐としていたから口数も少なかった。
俺は背中に背負っていたかごを下ろすと玄関口に置いた。
かごの中にはムカデ草らしき草が大量に入っている。
もし本当にムカデ草なら薬草屋に持っていけば結構な値段で買い取ってもらえるはずだが、ただの雑草というオチもある。
「もう夜だし明日朝一で持っていくか」
俺はあまり期待はせずに明日を待つことにした。
デボラさんにもらったたけのこご飯と菜っ葉のおひたしをおいしくいただいてから風呂に入り二階の自室でベッドに横になる。
天井を見上げ、
「あれから一か月が経つのかぁ……」
ふとリックたちの顔を思い浮かべた。
あいつら今頃何してるんだろうな。
魔王退治の旅は順調にいっているのだろうか。
俺の代わりに戦士か僧侶か、もしかして賢者でも仲間にしたのかな。
この名もなき村ではそういった情報は一切届いてこないのでまったくわからない。
「ふんっ……俺がいなくなって困ってても別にもう関係ないけどな」
俺は自分に言い聞かすようにつぶやくと目を閉じて眠りについた。
☆ ☆ ☆
ガタン。
「……ん?」
今何か下の階から物音が聞こえたような……。
俺は部屋の明かりをつけ時計を確認する。
時刻は夜の十一時半。
村には娯楽がないのでこの時間にはみんな寝静まっているはずだが。
半開きの目をこすりながら階段を下りていくと一階には明かりがついていた。
「おいおい……勘弁してくれよ」
この村には鍵をかけるという習慣がないらしく一度俺が家に鍵をかけていたら「男のくせに」とわけのわからない理由でデボラさんに注意されたことがあるのだ。
それからは家を留守にする時も夜寝る時も鍵はかけていないのだがたまに勝手に入ってくる村人がいるのでそれに関しては未だに慣れない。
「誰だよ、こんな時間に……」
カコーン。
物音は風呂場の方から聞こえてくる。
「嘘だろ……いくら開放的な村だからって人ん家の風呂に勝手に入る奴がいるか……?」
脱衣所には服がたたんで置かれていた。
すりガラスには肌色の人影が映っている。
はぁ……やっぱり誰か入っているぞ。
後から考えるとここで本来なら声をかけるなりガラス戸をノックするなりすればよかったのだが、起き抜けでぼーっとしていた俺は脱衣所にあった服が女物だったことさえ気にも留めずにガラス戸を一気に開け放った。
するともちろんそこには裸の女性がいて俺と目が合うなり、
「きゃああああああぁぁぁぁー!!!」
鼓膜が破れるんじゃないかというほどの大きな悲鳴を上げた。
「な、な、な、な、なんなんですかっ!?」
女性は急いでバスタブに飛び込み顔だけ出す。
顔が紅潮しているのは風呂に入っていたからという理由だけではないだろう。
「いいから早く閉めてくださいっ!」
俺はハッと我に返りすぐさま戸を閉めた。
「へ、へ、へ、変態ですかっ!?」
「いや、俺は変態じゃないっ」
風呂場から投げかけられる声に返事をする。
「そっちこそなんで勝手に風呂入ってるんだよっ」
「勝手ってどういうことですかっ! お風呂を覗いたのはそっちでしょう、変態っ!」
「俺の家で風呂入ってるお前の方が変態だろうがっ」
「ええぇーっ!? こ、ここは私のうちですよっ!!」
恥ずかしさと戸惑いが入り混じった女性の叫び声が家中に響き渡った。