第1話 大魔法導士クロード・ディスタンス
よろしくお願いいたしますm(__)m
「なあ、今さらなんだけどよお……魔法使い三人て多くねぇか?」
リックが発したその言葉がすべての始まりだった。
「なんじゃい、藪から棒に」
「どうしたのよ、リック。難しい顔しちゃって」
魔王退治の旅の道中立ち寄った宿場町の宿屋の一室でリックが俺たちの顔を見比べる。
「いやあ、勇者のパーティーっていったら普通は戦士とか僧侶とか賢者とかがいるだろ。でもうちはおれ以外みんな魔法使いなんだよな、それってどうなのかって思ってよ」
「ほんに今さらじゃのう。そんなことはミネーナたちを仲間にするときにわかりきっておったことじゃろうが」
白いあごひげをわしゃわしゃ触りながら一番古株のダンテが口にした。
いかにも魔法使い然とした緑色のローブは年季が入っている。
「そりゃそうなんだけどよお、盾役と回復役がいないって結構な負担なんだぜ、ダンテじいちゃん」
「じゃあリックはどうしたいわけ?」
ミネーナが魔法使いらしからぬタイトなミニスカートから伸びた長い脚を組み替えながらリックに目を向ける。
「正直言っちまうとだなぁ、誰か一人だけでもパーティーから抜けてもらえねぇかなぁって思ってるんだけどよ……」
「はあ? わたしたちを追い出すつもりなの? ねえリック、わたしとあなたの仲でしょう? わたしたちはいつまでも一緒よね」
立ち上がりリックの膝の上に乗るとリックの胸を人差し指でつーっと撫でるミネーナ。
「わ、わかってるって、ミネーナを追い出したりなんかしねぇよ。おれだってお前とは別れたくねぇもんよ」
鼻の下を伸ばしたリックがふんふんと鼻息荒くミネーナの腰に手を回した。
「ふふ、それならいいのよ」
「まさかわしを追い出したりなんかせんよな、リックよ。わしとお主はお主の両親がまだ生きていた頃からの付き合いじゃからのう」
「そ、そうだな」
白い眉毛の下から覗くダンテの眼光鋭い眼差しにリックはひるんだ様子で二度三度小さくうなずく。
「ほっほっほ。そうじゃろう、そうじゃろう」
「まったく。いきなり変なこと言うから喉乾いちゃったわ」
ミネーナはコップに入った水を手にしてこくりと飲んだ。
……ん?
おいおい待てよ。
そうなると残っているのは……。
気付くとリックとダンテとミネーナの三人はとても冷たい目で俺をみつめていた。
「な、なんだよみんなその目……お、俺たちはずっと仲間だよな?」
「悪いな、クロード。そういうことだからよ、ここでお別れだ」
「ま、待ってくれ! 俺にはお前たちと一緒に魔王を倒すっていう目的が――」
「クロード。魔王退治はわしらに任せてお主は故郷に帰るがよい」
「そりゃないだろ、どんな顔して帰れっていうんだよっ。親戚一同に盛大に見送られてきたんだぞ、それを――」
「ごめんね、クロード。恨まないでよね、チュッ」
俺の肩に手を置いて次々と部屋を出ていくリックにダンテにミネーナ。
「そ、そんな……」
ばたんとドアが閉まり、部屋に一人取り残される俺。
勇者パーティーの一員として魔王を倒すという最大にして唯一の目的をあっけなく失った俺はただ茫然とその場に立ちつくすしかなかった。
☆ ☆ ☆
そして現在。
「これは、えっと……ムカデ草かな?」
俺は額の汗を拭いながら薬草図鑑をぱらぱらとめくり、描いてある絵と実物を照らし合わせる。
「いや、違うか? う~ん、わからん……」
首をひねる俺。
これが本当にムカデ草なら1キロあたり金貨1枚と交換出来るらしいのだが。
「……一応採っておくか」
悩んだ末俺は山道に自生していたムカデ草らしき草を持ち帰ることにした。
草を摘みとると次々と背中に背負ったかごに入れていく。
俺は辺り一面に生えていたムカデ草らしき草を小気味よく両手で採っていった。
時間も忘れ無心で薬草採集に励む。
しばらくしてふと顔を上げると辺りは薄暗くなっていた。
かごの中は既にムカデ草らしき草でいっぱいになっている。
「ふぅ……今日はそろそろ帰るかな」
慣れない山道で遭難したくはない。俺はきびすを返しもと来た道を歩き出す。
すると、
がさがさっ。
目の前の茂みが揺れた。
……なんだ?
茂みを注視していると大きめの野犬が飛び出てきた。
「うおっ!?」
「グルル!」
野犬はよだれを垂らし牙をむき出しにして今にも飛び掛かってきそうなほど興奮している。
あんなのにかまれたらただじゃすまない。
俺は野犬から目を離さずにじりじりと後ずさる。
「襲ってくるなよ……」
小声で祈るようにつぶやきながらそうっとそうっと。
俺は犬は好きなんだ。出来る限り手荒なことはしたくない。
だが、次の瞬間俺の望みとは裏腹に野犬が飛び掛かってきた。
「グルルァア!」
大きな口を開け目の前に迫ってくる野犬。
くそ……仕方ない。
「プチフレイム」
俺はデコピンの要領で指をはじいた。
ぼうっと中指から小さい火の玉が飛び出す。
火の玉は野犬にぶつかると燃え上がった。
野犬はたまらず近くを流れていた小川に顔から突っ込んでいって体に燃え広がっている火を消すと、そのまま「キャイン、キャイン」と文字通りしっぽを巻いて逃げ去っていく。
かなり手加減したおかげで野犬は体毛を焦がすだけでほぼ無傷だったようだ。
ほんの一か月前まで伊達に魔王討伐を目標として掲げる勇者パーティーの一員だったわけではない。
野犬を追い払うことくらい俺にとっては赤子の手をひねるくらい簡単だ。
……もちろんそんなことはしないがな。
大体実のところ勇者パーティーの魔法使いの中では俺が一番の魔法の使い手だったんだ。
最高の魔法使いに贈られる称号、大魔法導士をジョパン国王から弱冠十四歳で授与されたこともある。
それなのにあのじじい離れ出来ない色ボケ勇者が俺を見限ったりするから……っていやいや、あいつらのことを思い出すのはもうやめよう。
俺はここで第二の人生を満喫してやるんだ。
今さら勇者や魔王なんか知ったことか。
俺が勇者パーティーをクビになったことは大都市では周知の事実として知られているし、魔王を倒すまで帰らないと大口を叩いて出てきた手前故郷にも帰れない。
そんなこんなで俺はクロードという名前を捨て、人目を避けるように俺の存在を知らないであろう辺境の村につい一か月ほど前にやってきたのだった。
「あらスタンスじゃないか、ちょうどよかったうちに寄っていきなよ。たけのこご飯を炊きすぎちゃったからもらっていっとくれ」
村の入り口付近でデボラさんに声をかけられる。
考え事をしていたらいつの間にか村に着いていたようだ。
ちなみに辺境すぎてこの村には名前がない。おそらく地図にも載っていないだろう。
「あ、どうも。いつもすいません」
「何言ってるんだい、たまたま作りすぎちゃっただけなんだから気にすることないよ。ほら早くついてきな」
大きく手招きしながらデボラさんは早足で自宅に向かう。
俺がこの村に移り住んでから何かと世話を焼いてくれるデボラさん。
今は都市部に働きに出ている二人の息子を女手一つで育て上げた肝っ玉母さんらしいが見た目はかなり若い。
親子くらい年が離れているはずだがこうして二人で歩いているところを知らない人が見たら、若いカップルだと思われてもなんらおかしくないだろう。
「なんだい? あたしの顔に何かついてるかい?」
横目でちらちら見ていたのを気付かれたようだ。
「あ、いえ別に……」
「言いたいことがあるならはっきり言いなよ。男だろ」
俺の背中をばしっと叩きながら都市部ではセクハラとも受け取られかねないセリフを口にするデボラさん。
「あの、デボラさんて息子さんがいるんですよね?」
「そうさ、出来の悪いのが二人ね。スタンスは年いくつだい?」
「十七ですけど……」
「そうかい。だったらあたしの下の息子と同い年だね」
とデボラさん。
やっぱりデボラさんと俺とでは親子ほど年が離れているようだ。
「おんやデボラちゃんいい男連れてるじゃないか、うらやましいねぇ」
正面から歩いてきたおばあさんが冗談めかして言う。
確か村はずれに住むイリーナさんだったかな……。
「わたしもあと三十若ければねぇ」
「はははっ、いいでしょイリーナばあさん。さっき村の入り口で捕まえたんだよっ」
デボラさんは俺の腕に胸を押し当てるようにして抱きついてみせる。
「スタンスくんだっけ? あんたデボラちゃんに飽きたらわたしんとこにおいで、いつでも面倒見てやるからさ。ひゃっひゃっひゃっ」
「は、はぁ……どうも」
俺はなんて返したらいいのかわからなかったのでとりあえず頭を下げておいた。
「デボラさん、スタンスさん、こんばんはー」
「スタンス、食うもんに困ってたら遠慮しねぇで言うんだぞ。野菜なら捨てるほどあっからな」
「明日は一緒に遊ぼうね~、スタンスさん」
「うちのヤギの乳だ。持っていけスタンス」
その後も行きかう村人たちが、気さくに話しかけてきてくれる。
ここに来て一か月が経つが村のみんなに受け入れられているようで嬉しい。
自然と顔がほころんでしまう。
「にやにやしてどうかしたかい? スタンス」
デボラさんが下から俺の顔を覗き込むようにして訊いてきた。
「いえ、村の人たちが優しくしてくれるのでつい……」
「別に優しかないだろ、普通さ」
「いいえ。充分優しいですよ」
勇者パーティーを消去法で外された俺からすれば涙が出るほどこの村の人たちは温かい。
どこの馬の骨ともわからない俺をすんなりと受け入れてくれたことには感謝しかない。
それと一応断っておくが、さっきから村の人たちにスタンスと呼ばれているのは俺のことだ。
勇者の仲間になって必ず魔王を倒してくると大見栄切って故郷を出てきたので、万が一俺が勇者パーティーを追放された魔法使いだと知られるとこの上なく恥ずかしい。
だから俺は本名のクロード・ディスタンスという名前は名乗らずに、ふらっと立ち寄った旅人のスタンスとしてこの村に居ついているのだった。
「ちょっとスタンス、どこ行くんだい。あたしのうちはここだよっ」
「あっ、すいません」
行き過ぎたところでデボラさんに呼び止められる。
「じゃあたけのこご飯持ってくるからここで待っといで」
玄関先でそう言い残し家の中へと入っていくデボラさん。
俺はついさっきもらったばかりのヤギのミルクを抱えながらデボラさんを待つことにした。
それにしても……。
「この村に移り住んで正解だったな」
空気が澄んでいて村人は優しい。
夜は静かで毎日満天の星空が拝める。
とにかく都市部からうんと離れて、俺の素性を誰も知らない土地へ行こうと山道を歩き回った甲斐があったというものだ。
「はいはい、待たせたねスタンス」
星空を見上げているとデボラさんが家の中から出てきた。
両手に大きなタッパーを二つ持っている。
「こっちがたけのこご飯でこっちは菜っ葉のおひたしだよ。若いからどうせ野菜なんて好きじゃないんだろうけど好き嫌いしてると大きくなれないからね、持っていきなっ」
「ありがとうございます、デボラさん」
十七歳にして既に身長百八十センチを超えている俺としては、これ以上大きくなりたくはないなと思いながらもそれらを受け取るとお辞儀をしてデボラさんと別れた。
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