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短編集

ファンタジー世界で支援職や治療術師などを蔑ろにしたら、そりゃあ当然それなりの報復を受けるというだけの話

作者: よぎそーと

「はいはい、すぐに治すから」

 ため息交じりにそう応える。

 その声に、

「早くしろ!」

「こののろまが!」

と怒声・罵声が叩きつけられる。

 仲間に頼んでるとは思えない調子だ。

 それも、命に関わる事にもかかわらず。

 しかし、彼らにとってそれは当然の事となっている。

「モンスターに襲われたらどうすんだ」

「怪我が治らないと、お前も危ないんだぞ」

 これが全てではないが、こういった所に態度の悪さの原因が出ている。



 怒声と罵声を放ってるのと、放たれてる者。

 彼らは冒険者と呼ばれる者達である。

 その仕事は、迷宮と呼ばれる場所に入り、モンスターを倒してお宝を持ち帰ること。

 これによって生計を得ている。

 その為に集団を組んでもいる。

 一人で攻略するには迷宮と呼ばれる場所は危険だからだ。

 最低でも数人で挑むのが通例となっている。

 よほどの高位冒険者でもない限りは。



 そんな冒険者集団の一つであるこの者達。

 その内部事情は悪いというしかない。

 戦闘系の技術をもつものが幅をきかせ、支援・回復系の者達が低く見られている。

 もともと戦闘系の能力を持ってる者達が中心になっていたので、その名残があるのだろう。

 とはいえ、それでも彼らの態度は常軌を逸してると言って良い。



 迷宮において、支援・回復を為す者達の必要性・重要性は既にひろく認識されている。

 戦闘に直接関与しなくても、これらの力がなければ攻略はおぼつかない。

 そもそもとして、迷宮内部の活動はこれらなしでは成り立たない。

 移動中や休止中などで活躍する支援系の能力。

 そして、怪我などをした時に回復する能力。

 これなくして、どうして長期間の迷宮活動が出来ようか?

 日帰りで戻ってくるならともかくだ。

 迷宮の奥深くまで侵入するには、支援と回復は必要不可欠になる。



 なのだが、この集団の中心となってる者達にそういう認識はないようだった。

 残念ながら、こういう者達もいるにはいる。

 派手で目立つ戦闘の方だけ注目し、他が見えてないという輩だ。

 迷宮内での活動に必要な支援系も、怪我を治してくれる回復役も軽んじている。

 経験が少ない者や、そこまで気や頭が回らない者にこういう傾向がある。

 その為、今や支援系や回復役の者達からそっぽを向かれている。

 それはそうだろう。

 迷宮内での扱いの悪さと、帰還後の報酬分配。

 ここで不当な扱いをされるのだから。



 迷宮内ではそれこそ小間使い扱い。

 荷物の持ち運びや、地図による現在地把握。

 定期的な栄養補給の為の食事に、倒したモンスターから手に入る核と呼ばれる物質の回収と管理。

 更には、物資を運搬する荷車や馬車の操作など。

 これらを行うのが支援系の冒険者である。

 その為、戦闘以外の時には常に何らかの仕事をしてる事になる。

 にもかかわらず、そんな支援系冒険者をここの集団の連中はこき使ってるのだ。

「戦闘してねえだろ」

というふざけた理屈で。



 確かに支援系は戦闘にはほとんど参加しない。

 身を守る為に、多少は応戦するくらいだ。

 だが、そんな彼らにこの集団の中心となる連中は無理な仕事をふっかける。

 そうでなくてもあからさまに見下した態度をとる。

「俺たちが戦ってるから報酬が手に入るんだろうが」

と宣って。



 回復役にも同じような態度をとる。

 確かに回復を担当する魔術師の出番はそう多くは無い。

 怪我をすれば必要になるが、そうでなければやる事がないからだ。

 戦闘においても、敵を攻撃出来るわけでもない。

 もちろん、誰も死なないよう気を配ってはいる。

 しかし、それでも攻撃が出来る魔術師ほどには目立たない。

 この戦闘に傾倒している冒険者集団では、それが仕事における手抜きのように見えていた。



 実に馬鹿げた話だ。

 しかし、戦闘こそ本分、それ以外はおまけといった考えなのがこの集団である。

 そんな所で支援・回復役は、戦闘に直接参加する者達に養われてるものと思われていた。

 決して、互いに助け合ってる協力者ではない。

 そんないびつな認識を、ただす事も無く今に至っている。

 ただすような者もいなかった。



 何より、そういう考えで、戦闘一辺倒な思考と行動でそれなりに成功したのもある。

 大きな失敗もなくそれなりの強さと稼ぎを得ている。

 深層まではさすがに無理だが、そこそこ奥まで進める。

 そういった実績が、抱いた考えを訂正・修正するという発想を奪っていた。



 そうした事がどれだけ危険であるのかにも思い至ることなく。



 この日もそんな調子で迷宮の中を進んでいった。

 浅い部分はとうに過ぎている。

 潜入して既に三日。

 引き返すにも同じ時間がかかるような場所だ。

 モンスターもそれに応じて強力なものが出てきている。

 それなりの経験をつんだものでなければ、活動するのが難しいあたりだ。

 だが、この冒険者集団にとっては、このあたりが稼ぎ場である。



 出てくるモンスターは、一般人なら一撃で即死させるほどの強さを持っている。

 そんな連中が相手でも互角以上に戦う事が出来る。

 迷宮に挑んで数年の成果だ。

 態度や考え方はともかく、戦闘においては無能ではない。

 それだけの実績と実力をもって、この日もモンスターとの戦闘に臨んでいった。



 ただ、これくらいの場所にもなると、モンスターにも色々な種類が出てくる。

 単純に攻撃を仕掛けてくるだけというわけではない。

 命を削っていく毒をもっているもの。

 体の動きを鈍くさせる麻痺をさせてくるもの。

 眠りを誘う効果を持つ香りなどを放つもの。

 砂粒のような小さな粉末を吹き付けて目くらましをしてくるもの。

 こういった嫌らしい攻撃をしかけてくるモンスターが出てくる。

 こういったものは、直接の死因になる事は無い。

 だが、戦闘や行動不能、そこまでいかなくても障害になるようなものが多い。

 迷宮の中でそうなったら、よい的になる。

 なので、たんなるぶつかりあいで勝てるとしても、決して油断は出来なかった。



 そして、今。

 この冒険者集団はそんな嫌らしいモンスターと遭遇していた。



「畜生が!」

 前に出ている戦士の一人が叫ぶ。

 運悪く吹き付けられた砂粒が目に入ったのだ。

 目が潰れるという事は無いが、しばらく目は見えない。

 それは、戦闘においてとてつもなく危険な状態だ。

「早く回復しろ!」

 後ろにいるであろう回復役に向かって叫ぶ。

 常ならば、こういう時には即座に目を回復させる治療魔術が飛んでくる。

 それにより、瞬時に視界を回復させ、戦線に復帰する。

 はずなのだが、この時はそうはならなかった。



「おい、こっちは麻痺だ!」

 剣を手にした腕をだらりと下げた戦士が叫ぶ。

 こちらは腕にモンスターが突き刺した麻痺毒が入ったようだ。

 腕から感覚がなくなり、思うように動かせなくなっている。

 当然ながら攻撃が出来ない。

 ただ、他の部分は問題なく動かせるので、防御は出来る。

 左手にある盾で繰り出されるモンスターの攻撃をはじいていた。

 もちろん、そんな事を続けるつもりもない。

 麻痺が解除されたら、持ってる剣でモンスターを切り伏せる事になるだろう。

「早くしろ!」

 まだ回復しない右腕の調子にいらつきながら叫ぶ。

 しかし、回復するにしても多少は時間がかかる。

 魔術が起動するまで、どうしても少々の間があいてしまうのだ。

 その事は体感的にこの戦士も理解している。

 それでも、瞬時に回復しない事に常に文句を言い、ケチをつけてるのだが。

 そんな戦士の右腕だが。

 いつもなら回復し始める瞬間になっても。

 回復魔術が効果をあらわす頃合いになっても。

 思い通りにはけっして動いてくれなかった。



「おい、どうなってる!」

 この冒険者集団の頭領をつとめる男が怒鳴る。

「さっさと回復しねえか!」

 目の前に居るモンスターと戦いながら叫ぶ。

 前線にいる彼には後方の様子は分からない。

 しかし、肩を並べている者達くらいは目に入る。

 一人が目をやられ、別の一人が麻痺にやられてるのが。

 時間がたってもそれらが回復されてないのも。

「何してやがる!」

 こんな時にすぐに行動するべき回復役が何もしてない。

 その事に頭領はすぐに気づいた。

 でなければ、二人の状態異常が長引くわけがない。

「さっさと回復しやがれ!」

 叫ぶも反応は無い。

 いつもなら、返事が出てくるはずだ。

 無言であったとしても、動く気配が伝わってくる。

 回復のための魔術を唱えたり、治療薬を支援担当の者達が投与しに来るとか。

 だが、今日はそんな気配がない。



「てめえら!」

 そう叫んだ直後であっただろうか。

 頭領は突然体の調子が悪くなるのを感じた。

 何が起こったのか分からない。

 ただ、いきなり体力が失われたように感じられた。

「んが?!」

 何事か、と思った。

 いきなり目眩がした。

 肩が重くなった。

 足が上がらない。

 今まで感じた事もないような体の鈍さ。

 それを頭領は生まれて初めて感じた。

「な……?」

 何だ?

 そう思った、口走ろうとした。

 しかし、それより先に目の前にいるモンスターをとらえた。

 攻撃をしかけてくる。

 いつものように振り払おうとした。

 そこで、

(…………?)

 違和感を感じた。



 体の鈍さもそうだが、頭も鈍くなっている。

 次にどうしようかというのが思いつかない。

 考えがまとまらない。

 様々なやり方が頭に浮かぶが、それらの中の何を選べばいいのか迷う。

 今までになかった事だ。

 これまでなら瞬時に決めていたのに。

 それも、意識にのぼる事もなく。

 ほとんど無意識に決めていた。

 なのにそれが出来ない。

 その結果、

「────がっ!」

 敵の攻撃を受けてしまう。

 攻撃とも防御ともとれない半端な姿勢で。

 不安定な状態だったので、体がわずかに吹き飛んでしまった。



「な、なんだ……」

 わずかに後ずさった、吹き飛ばされた頭領。

 思わず疑問を抱く。

 何がどうなってるのだと。

 しかし、それもすぐに止める。

 今は迷ったり悩んだりする時間がない。

 重く鈍くなってしまった体を動かし、目の前の敵に剣をたたき込む。

 幅広で分厚い刃を持つ剣だ。

 切るよりも叩きつけるように使う。

 どちらかというと、剣といよりは斧といった方が性質が近い。

 切れ味はその分、通常の剣よりは落ちる。

 しかし、モンスター相手ならこれが適していた。

 硬く分厚い皮膚を持つものも多い。

 通常の刃ではそれを貫けない、切り裂けない事が多い。

 それよりは打撃を与えるように叩きつける事が出来る、斧のようなこの剣の方が役に立つ。

 その分腕力も必要だが、それは問題ない。

 そんな剣を軽く扱える力を頭領は持っているのだから。

 今までだったら。

 なのだが、

「う……」

 重かった。

 軽く振ってた剣が。

 持ち上がらないほどではないが、今までに比べて動きが微妙に遅い。

 体の重さのせいだろう。

 おかげで、モンスターに有効な損傷を与える事が出来ない。



 持って生まれた恵まれた体格を、日々の鍛錬と戦闘で鍛え上げた男だ。

 体は筋肉でビア樽のように膨れ上がっている。

 全身筋肉と言っても過言では無いような体型。

 そんな体格・体型が秘めてる尋常ならざる体力・持久力。

 それが今は全く感じられない。



「くそ……」

 悪態を吐きながらも剣をふるう。

 幸い、まだ敵に致命的な遅れをとるほど酷くは無い。

 いつもよりは鈍いが、動きはまだまだなんとかなる。

 とりあえず目の前のモンスターを倒し、他のモンスターもどうにかしようとする。

 ただ、今の状況はそれほど良くはない。

 目潰しと麻痺を受けた者はいまだになおってない。

 そんな状態なので、敵の攻撃を受け続けている。

 剣を持つ腕が麻痺してる方はまだいい。

 攻撃は出来ないが、回避や盾での防御は出来るのだから。

 だが目潰しをされた方は悲惨だ。

 どこから来るか分からない攻撃を受け続けてしまう。

 防御もままならないまま。

 いずれ死ぬだろう、このままでは。

 そうなる前に回復させねばならない。

 しかし。

「なんで回復しねえ!」



 頭領が求める回復が全然やってこない。

 今すぐにでも欲しいのに。

 叫べど怒鳴れど、後ろからの援護は全くこない。

 そうしてるうちに、他の者も状態異常になっていく。

 眠気に襲われ頭をもうろうとさせてる者。

 毒を受けて次第に命を失っていく者。

 既になってる者とは別に、新たに目潰しを受けて攻撃も防御もままならなくなる者。

 足を麻痺させられ、思うように動けなくなる者。

 とにかく悲惨な状態だった。

 大量に戦士のいる冒険者集団であるが、その戦線は崩壊しつつあった。



「おい、攻撃魔術くらいかけろ!」

 全くとんでこない回復の事は忘れ、攻撃魔術による援護を求める。

 常ならば、広範囲に影響を及ぼす眠りの魔術や意識をもうろうとさせる魔術。

 場合によっては広範囲を巻き込む火炎による攻撃などが放たれる。

 それらは敵の前線を崩壊させ、攻撃する隙間を生み出す。

 この集団に限らず、冒険者の典型的な戦闘手法だ。

 なのだが、その援護射撃がこない。

「どうした、何やってる!」

 叫ぶ頭領。

 だが、答えは無い。

「くそが!」

 やむをえず、一人で戦闘を続行する。

 体は重いが、目の前のモンスターをどうにか倒す。

 しかし、それだけで戦況が良くなる事はない。

 動けなくなったこちらの数に対して、敵はほぼ全員が動いている。

 無傷というわけではないが、戦闘不能になったものはいない。

 彼我の戦力差は確実に悪くなっていた。



 そんな頭領の体から更に体力が失われる。

 目眩、怠さ、思考力の低下。

 様々なものが襲いかかってくる。

 攻撃を受けるのとは別の負担が頭領に絡みついてくる。

 そのせいで頭領は、新たにやってきたモンスターの攻撃を受けてしまう。

 この辺りのモンスターらしい、重い一撃だ。

 受け止めた頭領が後ろにずり下がる。

 傷は受けなかったが、衝撃が全身に走る。

 それは内臓を揺さぶり、見えない損害を頭領に与えていった。



 そこからは悲惨なものだった。

 前線の者達は次々に動けなくなり、モンスターにのしかかられる。

 そうなったら最後、あとはモンスターについばまれていくだけだ。

 生きたまま食われる彼らは、

「ぎゃあああああああ!」

と叫びながらゆっくりと絶命していった。

 全身が引きちぎられていきながら。



「くそ!

 くそ!

 くそおおおおおおおおおお!」

 叫びながら頭領は剣を振るう。

 しかし、いつもなら簡単にモンスターを葬るそれは、全く致命傷を与えない。

 動きが鈍くて相手をとらえられない。

 当たったとしても威力がいつも通りに出ない。

 当たった瞬間にやってくる打撃の感触は、これまで感じた事がなかったほどに硬い。

 岩や鉄を叩いてるような気がした。

「く……そ……が…………」

 やがて声すらも出せなくなる。

 立ってるのがやっとだ。

 それなのにモンスターはほとんど数を減らす事無く目の前にいる。

 ここに来て頭領は、ようやく今一番有効な手段をとる事を決めた。

「逃げ…………逃げるぞ…………!」

 かすれた声で叫ぶ。

 それは発した本人が驚くほど元気がなかった。

 いったいどれだけの者に伝わったことか。

 だが、考えたり確認してる余裕は無い。

 頭領自身が危険な状況なのだ。

 さっさと退かねばならない。



 その判断は遅すぎたと言うしか無い。

 前線を支えてる戦士達のほとんどは壊滅。

 半数が戦闘不可能になっている。

 そのうち、実際に死んでるのはその半分以下である。

 だが、残りの半分以上もまともに動ける状態ではない。

 既にモンスターにのしかかられて、体と命を失ってる最中なのだから。

 そして、まだ生きてる残り半分もあまり良い状態ではない。

 生き残りの半分、その更に半分は何らかの状態異常に陥ってる。

 そうでない残りの半分は、疲労という状態異常に陥っていた。

 実際に戦闘が可能なのは、全体の2割といったところだろうか。

 それらもモンスターによって分断され、各個撃破されてる状態だ。

 また、頭領の撤退指示を聞いたものは更に少ない。

 聞こえた者達も、撤退が出来るほど楽な状況ではなかった。



 それでも、運良くまだ動ける者は。

 状態異常にかかわらず、疲労もそれほどではなく、モンスターにも囲まれてない。

 更には頭領の声を聞き、撤退の指示を聞いた者もいた。

 それらは迷う事なくこの状況から逃げだそうとした。

 しかし。

 そんな彼らに襲ってくる。

 唐突な疲労感が。

 それは頭領が突然感じたものと全く同じものだった。

 いきなりの事に彼らも戸惑う。

 何が起こったのだと。

 しかし、それを知る事はない。

 他より多少はマシとはいえ、彼らも疲労に苛まれていた。

 そこに更に疲労が襲ってきたのだ。

 まともに動けるわけがない。

 逃げだそうと振り返ったところだったのも不運だった。

 モンスターに背中をみせる形になったのだから。

 当然ながらモンスターはそこに襲いかかる。

 かろうじて生き残る可能性があった彼らは、結局その場で全滅していった。

 最後に、振り返った先に思ってもいなかったものを見ながら。



 それを見たのは頭領も同じだ。

 振り返った先に、彼らからすれば後衛の方に。

 全く予想もしてなかったものが展開されていた。

 それは、手足を縛られた攻撃魔術担当の冒険者達であり。

 頭領達をニヤニヤといやらしく見ている支援・回復担当冒険者達だった。



「意外とがんばったな」

「意地になってたんだろ」

「それか、頭が回らなかったとか」

「こういう事がそもそも無かったんだろうな」

「だろうな。

 だから撤退の機会をつかめなかったんだと思う」

「まずいよな、それって」

「ああ、迷宮に挑む冒険者としてはまずい」

「いつも勝てると思ってたんだろうよ」

「威勢の良い奴らだったからなあ」

 そんな声が頭領の耳に入った。

 それを言ってる者達の姿と共に。



「な、何してやがる」

 疲労困憊ながらもどうにか下がってくる頭領。

 その声は情けないほど疲れていて、ふるえていた。

 言った本人は怒鳴りつけたつもりだったのだが。

 もうそんな気力も体力も残ってない。

 そのことにすら頭領は気づいてない。

 そんな頭領に、回復魔術を使う冒険者達が魔術を使う。

 頭領にもみおぼえのあるものだった。

 回復魔術。

 傷を癒やし、体力を復活させる魔術。

(今更…………!)

 頭領に浮かんできた気持ちはこれだった。

 安堵や安心よりも、怒りや憤り。

 今まで使わなかったのに、何をしてると。

 だが、それでも今は喉から手が出るほど欲しいものだ。

 それを受け止めるべく頭領は、どうにかこうにか後衛まで到達しようと足を動かす。

 その背後で、モンスターが他の仲間に襲いかかってるうちに。

 そうして、時間を稼いでもらってるうちに。

 もっとも頭領はそんな事にも気づいてない。

 重い体に引きずられた頭は、周囲の状況をとらえる事も出来なくしていた。



 そんな頭領に回復魔術が放たれる。

 淡い光が回復役の手に集まり、それがはじける。

 それが合図となり、怪我が消えて体力が回復する。

 その瞬間の感覚を思い出しながら、頭領はそれを待った。

 時間にしてほんのわずか。

 一秒にも満たないほんの一瞬。

 それで魔術は効果をあらわす。

 ご多分にもれず、今回も魔術はその効果を瞬時にあらわす。

 頭領の体に魔術の効果がしみこんでいく。

 それが結実したとき頭領は…………、



 体を動かせないほどの疲労感に襲われた。



 全身から力が一気に抜けた。

 腰が抜けたとかいうべきか。

 全身から本当に力が抜けた。

 体の重さに耐えかねた膝が崩れる。

 地面に勢いよくぶつかっていく。

 その衝撃は痛みとして意識されるより早く体全体を貫いた。



 膝だけではない。

 膝を地面にぶつけた勢いで上半身が前のめりに倒れていく。

 当然頭から地面にぶつかっていく。

 受け身をとる事など出来ないままに。

 無意識に働く防衛本能すらも機能しない。

 たとえそれが動いていたとしても、体がそれの応じる余力がない。

 勢いそのままに地面にぶつかった頭に、膝の時とは比べものにならないほどの振動が襲ってくる。

 兜があったから割れる事はなかったが、脳みそを揺さぶる重い一撃を免れる事はなかった。


「が……あ……」

 悲鳴でありうめきである声が頭領から漏れる。

 それを見ながら支援・回復担当の者達はゲラゲラ笑う。

「いやあ、本当に呆気ないな」

「まさかこんなに簡単にいくとは」

「威勢が良くても、こうなったら終わりだな」

 その声には頭領や他の者を心配する声は一切無い。

 むしろ、この状況において気持ちよく笑っている。

 頭領の耳にもそれは届く。

 意識はまとまらないが、それを理解する事はできた。

 幸いにもそれだけの能力は残っていた。

 それ以上の事は出来なかったが。

 そんな頭領の耳に、声が次々に飛び込んでくる。



「まあ、今まで威張り散らしていたんだ。

 最後くらいは楽しませてもらわないと」

「そうそう」

「いいよなあ、これ」

「いつ見ても面白いよな」

「たまんないよな。

 今まで偉そうにしてた奴らが、情けなく潰れていくの」

 動けないままだが、頭領はその声を聞いていた。

「今回もなかなかだったな」

「まあ、そこそこ頑張ってるようだから、結構ため込んでたけど」

「慰謝料としてはそれなりだな。

 割に合ってるとは思わないけど」

「こいつらの不愉快さは最悪だからな」

「普通にモンスター倒してる方が安全で快適だぞ」

「そっちの方が稼げるしなあ」

 何を言ってるのかわからなかった。

 支援や回復しか出来ないものにモンスターが倒せるはずがない。

 少なくとも頭領の認識ではそういうものである。

 なのに、後衛の者達はそれをたやすく行うと言っている。

 どういう事なのかさっぱり分からない。



「まあ、こういう連中を潰すためだ。

 そこは文句言わずに頑張ろう」

「だな。

 勘違い野郎はさっさと潰すに限る」

「どうしてこうなんだろうな。

 力だけが全てって」

「それしかないんだろうな、こいつらの頭に」

 呆れるやらからかうやら。

 何にしても嘆いてるやら。

 そんな声が届く。

「支援も回復もなけりゃ、まともに戦闘も出来ないっていうのに」

 その声が頭領の耳と頭にとびこみ、怒りに火をつける。

(ふざけるな!)

 声にも態度にも出せないが、頭領はそう叫んだ。

 胸の中で。

 だが、それが聞こえるわけもない。

「今だって、回復がないからこうなってんだけど。

 気づいてるかな?」

「いや、まだ分かってないと思うぞ」

「だよなあ。

 こういう連中って、とにかく自分の思い込みから抜け出さないから」

 支援・回復役の声は続く。



「だから支援や回復の連中から愛想尽かされるんだけどな」

「それで困って声を駆け回って。

 そこで気づけばいいのに」

「なんで気づかないんだろうね。

 いなくて困るから声をかけてるのに」

「それでも分からないんだろ、いないと困る大事な存在だって」

「そうなんだよな。

 困ってるのはそっちなのに、なんでか偉そうなんだよな」

「こいつらも俺たちに声をかけてきた時に言ってたよな。

『俺たちが迷宮まで連れていってやる。

 だから協力しろ』だったっけ?」

「ああ、そうだったそうだった。

 そんな事言ってたな」

「偉そうに。

 この程度の連中ならいなくても俺たちだけでどうにかなるっての」

「たかだか迷宮のこのあたりだしな。

 こんな所でくすぶってるのに、妙に偉そうだったな」

「『こんな所までなんて来たことないだろ。

 けどな、ここが俺たちの稼ぎ場だ』だったな。

 いや、笑うしか無いよな」

「こんな所、まともな支援や回復がいればとっくに越えてるっての」

「それが出来ないくらい、支援や回復に嫌われてたんだろうな」

「情報出回ってたからなあ。

 こいつらは最悪だって」

「確かに最悪だったな。

 実力もないのに威張り散らしてただけはある」



(嘘だ)

 信じられない話だった。

 頭領の頭では理解できない内容だった。

 その口ぶりでは、もっと奥に彼らが行ってきたという事になる。

 頭領達ですら到達出来なかった場所に。

 そんな事が出来るのは、より高レベルな冒険者だけである。

 少なくとも頭領達などよりずっと上位でなければ不可能だ。

(こいつらに……出来るわけが……)

 そう思うのも無理は無いだろう。

 戦闘がからっきしのはずの支援・回復役だけでいけるわけが無い。

 しかし、その後も続く後衛達の会話は、そんな頭領の考えを次々に否定していく。



「だいたい力だけに頼って動いてる連中じゃあね」

「連携はそこそことれてるけど、力押しのためのものだし」

「撤退とか考えてないよね」

「怪我人や戦闘不能者の交代も。

 全員で前に出るんだからやってらんないよ」

 それは戦闘の仕方の問題点である。

 戦士が多いこの集団なら、全員が前に出る必要は無い。

 何人かは予備として後方に残る事が可能だ。

 それらが状態異常で戦闘不可能になった者を後方に引きずり、そして交代で前線に入る事が出来る。

 だが、この集団ではその連携がほとんど出来てなかった。

 全員が我先にと敵に殺到していく。

 そこに戦術などあったものではない。

「勢いで敵を切り崩せる場合はいいけど」

「そんなの入り口付近の雑魚相手がせいぜいだし」

 奥に行けば行くほど、そんな単純な戦法は通じなくなる。

 ある程度持久戦を覚悟しての動きが必要になる。

 なのだが、それはこの集団にはなかった。



「交代もしないから回復も出来ないし」

「後ろに回してくれれば、俺たちが回収するんだけどな」

 前線の戦闘員がわざわざ後衛まで連れてくる必要は無い。

 ほんの数メートル。

 その距離だけ引きずってきてくれれば良い。

 そうすれば、その更に後方の後衛までは支援役の者が引きずっていく。

 なんなら、そこで回復効果のある薬や護符を使ってもよい。

 そうすれば、状態異常を一瞬にして解除して戦線復帰出来る。

 回復手段は魔術だけではないのだから。

 程度が軽ければ、魔術以外の手段を使う事も出来るのだ。

「そうした方が、回復が手広く出来るんだけど」

 回復魔術以外にも回復手段があるならば、その分回転は良くなる。

 その為にも、連携が必要になる。

 その連携が全く出来てないから、回復はどうしても回復魔術を使える者に限られてしまった。

 おかげで、回復が間に合わなくなる事もあった。



「だから怪我人が多いんだよな」

「それで奥まで進めなくて、こんな手前でくすぶってる」

「まあ、何言っても無駄だろうけど」

「聞く耳もたねえからな、こういう連中」

「それ以前に頭ついてんのか心配になる」

「その心配も今日限りだ」

「そう思うと…………幸せだな!」

「気分が晴れるぜ!」

「明日は良い天気だ!」

 ははははは、と朗らかな笑い声が響く。

 それを聞いてる頭領は、もう何も考えられなくなりつつあった。

 おいついたモンスターが体をついばみ始めたからだ。

 痛みが体の中を走り回る。

 だが、のたうつ事も出来ない程体は重かった。



「あ、死んじゃう」

「待て待て、まだ死ぬな」

 回復魔術が使われる。

 効力は小さく、体の傷と体力がわずかに回復する程度だ。

 モンスターを押しのける事など出来ない。

 ただ、死ぬまでの時間を延長しただけだ。

 苦痛の時間も。

「おーい、聞こえてるかー」

 問いかけの声が頭領に届く。

「あんたらには嫌な目にあわされたから、その分楽しませてもらうぞー」

「動き出さない程度に回復し続けてやるから。

 そいつらに食われる感触を存分に味わってくれ」

 その意味を理解できる程度に回復していた。

 だから最悪だった。

 これからどうなるのかが分かってしまったから。

「あ、それと。

 荷物とかは俺らが回収するんで。

 一応、俺らもあんたらの一員だったから」

「生き残った連中が受け取るから、遺品は」

「大丈夫、有効活用してあげるから」

 痛みの中でそんな事も聞く。

 腹が立った。

 だが、憤慨してる余裕も無い。

 いつ終わるのか分からない苦痛に襲われていたから。



「これも、あんたらが支援役や回復役達を潰してきたせいだから」

「その恨み辛みをしっかりと受け止めてくれ」

「ああ、安心してくれ。

 そいつらは今じゃ立派にやってるから」

「良い子達だよ」

「しっかりと仕事をしようとしてくれる」

「あんたらの所に行かなけりゃ、もっと早く活躍出来ただろうなあ」

「人生を無駄にする事もなかっただろうに」

 そこだけはしんみりと、あるいは怒りを込めた声があがってくる。

「本当にお前らみたいな冒険者は邪魔だ」

「いると他の冒険者の邪魔になる」

「さっさとくたばってくれ」

 その声が頭領の耳に届く。

 何を言ってるんだと思った。

 だが、これから終わってしまう人生の最後。

 その瞬間に聞くのが、こんな事だというのは堪えがたいものがあった。



(俺は……)

 声に出せないながらも、胸の中で思う。

(俺は、上手くやってたんだ)

 それは一人の人間としての誇りである。

 自分は今の今まで精一杯やってきた。

 何に恥じる事もなく、堂々とやってきた。

 そういう自負があった。

 だが、それを最後の最後で徹底的に粉砕されていく。

 人生の中で最も輝かしかった、冒険者としての活動。

 食い扶持にありつく為に迷宮にやってきて、なりふり構わず励んできた。

 そうしてようやく一つの集団を作り上げ、どうにかここまでやってきた。

 出費も多いが、そこそこ贅沢な暮らしも出来るようになった。

 出身の村にいた時よりは羽振りが良いのは間違いない。

 上位にいる冒険者には、それは及ばないが、それでもそこそこの成功者であったはずだ。

 なのに、その全てを否定されていく。

(俺は、上手くやったんだ!)

 そう叫びたかった。

 だが、それをモンスターがゆるさない。

 壊れた体がやらせてくれない。

 何より、笑っている支援・回復役の者達が全てを否定してくる。



「冒険者になって10年とか言ってたよな」

「そんだけありゃあ、もっと奥までいけるだろうに」

「誰だっけ、こいつらの所にいた子」

「いっぱい居て分からねえよ」

「そうなんだけどさ。

 ほら、一番最初に会った子。

 あの子って、もうもっと奥まで言ってるよね」

「……ああ、はいはい。

 あいつか」

「支援係の奴だったよな。

 ああ、あいつな」

「凄いよな。

 俺たちの所に来てから、もう四年か」

「早いなあ。

 その間にあいつ、凄く伸びたよな」

「もう俺たちがあれこれ言う必要もないし」

「独立してもいいんじゃねえか?」

「それくらい出来るな、あいつなら」

 誰のことかは分からない。

 だが、その会話は頭領の胸を貫いた。

 もし本当なら、自分より後から来た者に、自分より劣っていた者に抜かされた事になる。

 それも、役立たずの支援役に。

(嘘だ……!)

 心の底からそう思う。

 しかし、実感を伴う後衛達の声がそんな気持ちを揺り動かす。

 否定したくてもしきれない現実味が、思い込みでしか無い考えを崩そうとする。



「仮に、あいつらが優秀でなかったとしてもさ。

 普通ならこんな所はとっくに通過するわな」

「まあね。

 こんな所に留まってるのって、安全確実に稼ぎたいっていう連中だしね」

「粋がる理由にはならないよな」

「ここまで来れるって、別にたいした事じゃないし」

「普通の冒険者の一団やってるんなら、こんな所くらい来れるだろ。

 時間をかけて、安全にやってりゃ」

「だよな。

 だからあいつらはもっと先に行ってるんだし」

 その『あいつら』というのが、自分の所から出て行った数々の支援・回復役の事だと頭領は気づいた。

「俺らが教えたってのもあるだろうけど。

 でも、三年か四年あればもっと先まで行くよな」

「よほど運が悪くないかぎりな」

「こいつら、相当運が悪かったのか?」

「いや、悪かったのは頭だろ」

「おいおい、それは言い過ぎ……でもないか」

「全然言い過ぎじゃない。

 むしろ、こいつらは運がめちゃくちゃ良かった方だろ」

「なんで?」

「この程度でここまでやってこれたんだから」

「ああ、なるほど」

「確かに」

「違いない」

 そこでまた大笑い。

 頭領はだんだんいたたまれなくなっていった。



「でも、粘った甲斐があったよな」

「ああ。

 上手くはまってくれた」

「ようやくモンスターに絡め取られてくれたよ」

 その声に、頭領は一瞬だが痛みを忘れた。

「苦労したよな。

 状態異常のモンスターが大量に出てくる場所までつれてくるの」

「こいつら、地図もまともに見ないから、そこはあまり苦労しなかったぞ」

「それでもさ、普通は気づくだろ。

 このあたりが面倒なモンスターが出てくる場所だって」

「どうかな。

 あまり情報集めてるようには見えなかったし」

「知ってたら何か言ってきただろうよ」

「じゃあ、本当に知らなかったんだな」

 その口ぶりから、後衛の連中がここまで頭領達を誘導した事がうかがえる。



「それに、モンスターの事も知らなかったみたいだぞ」

「信じられねえよ」

「いや、俺も目の前で見るまでまさかと思ったけど」

「あいつらに突っ込んでいったのを見ると、どうも本当に知らなかったみたいだな」

「あんだけ状態異常を持ってるモンスターばかりだってのに」

「普通、冒険者ならあんなの相手にしないからな」

「面倒だから逃げるか、何かしら対策するよな」

 それが彼らの常識だった。

「毒でも麻痺でも眠りでもなんでもそうだけど。

 それってどんだけ力が強くても体力があっても関係ないからなあ」

「体力自慢の戦士でも、そうなったら死ぬしか無いんだけど」

「こいつら、そういうの全然気にしてなかったよなあ」

「じゃあ、本当に……」

「たぶん、間違いなく……」

「モンスターの事、知らなかったんだろうな」

 その通りである。

 話を聞いてる頭領も初めて聞いた。

 いや、そういうモンスターがいる事は知っている。

 名前も耳にした事はあった。

 詳しい特徴や姿形などはほとんど知らない。

 あまり興味がなかったからだ。

 というか、頭領をはじめとしたこの集団の連中の頭の中にあったのは一つ。

『モンスターは見つけたら速攻で倒せばいい』

 これである。

 この力任せな手段がこの集団の基本戦術であった。

 なので、モンスターについてあれこれ考えるような事はなかった。

 事前の情報収集も。

 そういった事をするのが面倒だったというのも理由である。



「だからこっちまでついて来たんだな」

「ほとんどの冒険者が近寄らない場所なのに」

「そういう場所だってのも分かってない。

 ここにどんなモンスターがいるのかも知らない。

 そんな所だったんだろうな」

「だからあんだけ威勢良く突っ込んだんだろうよ」

「頭悪すぎる」

 実際その通りである。

 彼らは正確にこの集団の内面を言い当てていた。



「それに」

 回復役の者が呆れ声で語っていく。

「俺たちが何をしたのかも分かってないだろうな」

「それこそ分かるわけないだろうよ」

「攻撃できない回復役が、とか言ってたし」

「支援の方も同じように言ってたぞ」

「今でもそういう連中がいるってのが凄い」

「天然記念物ものだな」

「絶滅してると思ったんだけど、こういう奴ら」

 一様に呆れていく。

「回復魔術が回復だけだと本気で思ってたのかな?」



 回復魔術。

 確かにそれは、怪我を癒やし毒や麻痺などを解除していく。

 主に治療方面での効能が注目される魔術である。

 だが、その本質は決して回復や治療だけのものではない。

 むしろそれは、本来の姿の一面でしかない。



 それらは基本的に生命に関わるものである。

 生命とそれに関わるものに作用する。

 それを慈しみやいたわりといった方向に用いてるから、回復や治療の効果が出る。

 だが、それを反転させれば瞬時におぞましい攻撃手段になる。



 怪我を癒やし、体力を回復する。

 それが出来るならば、怪我を生み出し、体力を消耗させる事も出来る。



 毒や麻痺を消し去る。

 それが出来るなら、毒や麻痺を与える事も出来る。



 目から汚れをとりのぞき、意識のもやを晴らす。

 ならば塵を集めて目に吹きかける事も。

 意識を混濁させる事だって可能だ。



 正気を失った心に平静さを取り戻す。

 それを反転させて、落ち着いた気持ちをかき乱す事も出来る。



 これにより、熟達した回復魔術の使い手は、恐るべき攻撃の担い手にもなれる。

 その事を知るからこそ、高位の回復魔術師達は自分の力を悪い方向に使う事を律している。

 また、回復魔術のもう一つの側面を伝える事を控える。

 それでも高度な使い手になれば自然とこういった事に気づく事もある。

 だが、みだりに人を傷つける手段に用いる事は控えるものだ。

 まともな考えの持ち主ならば。



 また、攻撃手段としてこれらを用いた場合、回復に用いる回数が減ってしまう。

 それを避けるために、回復魔術の使い手達は自分の持ってる魔術を攻撃に使うのは控える。

 状況次第ではあるが。

 他に攻撃の担い手がいない場合などは、やむなく戦いに用いる事もある。

 その場合の戦闘力は攻撃魔術の使い手に匹敵する事もある。



 支援役もそれは同じだ。

 確かに剣や槍などを手にとっての戦闘などの能力は戦士に劣る。

 だが、地形を把握し、道具の使い方を熟知している支援役は侮れない力を発揮する。

 その場にある物を使い、その場の状況を利用して動く。

 奇襲戦法が基本になるが、その戦闘力は戦士に匹敵する事もある。

 単純な威力なら戦士にはかなわないが、隙を狙ってくる攻撃は、一撃で致命傷になる事もある。

 また、迷宮内部の構造を頭にたたき込んだ支援役なら、相手に気づかれずに奇襲しやすい位置をとる事も出来る。

 そんな支援役を好んで敵に回そうとする者はいない。

 最悪、戦わずして負ける事もあるのだ。

 道案内も兼ねる支援役に見捨てられたら、迷宮内に取り残される事になる。

 帰り道が分かるならともかく、そうでなければ生還は絶望的になる。

 それが迷宮の奥であるならばなおさらだ。



 そんな者達をコケにして馬鹿にしてきた連中の末路は決まってる。

 何らかの形で報復を受けて死ぬ。

 ただそれだけだ。

 丁度、今まさに死のうとしてる頭領のように。



「おっと、忘れるところだった」

 縛り上げて転がしていた攻撃魔術師達。

 それらもモンスターの方に向けて放り投げる。

 魔術を封じられた彼らに抵抗手段があるわけもない。

 そのままモンスター達にまとわりつかれ、他の者達と同様に餌になっていく。

 その際の断末魔がモンスター達の間から上がった。



「さて、それじゃ行くか」

「そうだな」

「回復もこれ以上やると帰り道が心配だ」

「薬があるからある程度は大丈夫だけど」

「まあ、それをこんな所で使うのはもったいないから」

「後で使おうぜ、そういうのは」

「今度の探索でか?」

「それが良いんじゃないかな。

 もっと奥まで行く予定だし」

「いくらあっても足りないから、消耗品は」

「そうだな」

「じゃあ、とっておくか」

 そう言って後衛だった者達はこの場から立ち去ろうとする。

 最後に、いくらかの回復を頭領にかけて。

 おかげで頭領はいくらか体を動かせるようになった。

 モンスターを退けるほどではないが。



「ま、待て…………!」

 それでも、そう叫ぶ。

 立ち去ろうとする者達を止める為に。

 そんな頭領に、

「がんばれー」

「状態異常はそのままだから」

「あれだと、麻痺がいくつか、それと毒にかかってるね」

「じゃあ、食い殺されなくても、そのうち死ぬか」

「こいつららしい哀れな末路だな」

「出来れば最後の様子まで見ていたいけど」

「さすがにやばいだろ、俺たちが」

「状態異常が無けりゃあな」

「本当にそれだけが面倒なんだよな」

 うんざりした調子で口にする。

 その言葉が頭領の自尊心をえぐる。



 この近隣のモンスターは、状態異常抜きでも頭領達にとってはそこそこの脅威だった。

 半々以上の確率で倒せるが、それは半分近くの確率でやられるという事でもある。

 どうしたって気が抜けない連中だ。

 なのに後衛にいた連中はそれをさほど大きな脅威とみなしていない。

 状態異常こそ苦慮してるようだが、それだけしか問題視していない。

 ならば、単純な強さだけならそれほど問題にしてないという事なのだろう。



「……嘘だ」

 信じられなかった。

 ここにいるモンスターをその程度にしかとらえてないという事が。

 だから嘘だと信じたかった。

 実際、頭領は後衛達が戦ってるのを見たことがない。

 だから彼らの言ってることが嘘だと思いたかった。

 残った自尊心を守るために。



 それすらも状況は粉砕していく。

 何せ周囲はモンスターだらけ。

 それらは頭領だけに向かっているわけではない。

 あぶれた連中が後衛に襲いかかる。

 それらを後衛達は苦戦する事無く退けていく。

 支援役といっていた者達は、武器を手に取り、手慣れた動きでモンスターを切り捨てていく。

 回復役も迫るモンスターに魔術をかけて倒していく。

 その手際・威力共にかなりのものだった。

 頭領達が戦うよりも簡単にあっさりとモンスターを倒していく。

 また、それぞれの連携も上手い。

 攻撃の邪魔になるほど密集せず、それでいて効果的な前線を作っていく。

 支援のための魔術も必要な所に必要なだけ注ぎ込まれていく。

 それが敵を倒し、状態異常に陥った者を治していく。

 それは頭領達が全く出来ていなかった、集団としての戦闘だった。



「こんなもんか」

 襲いかかってくるモンスターを撃退した者はそう言って撤退を始めていく。

 遠ざかっていくその姿を頭領は見ている。

 モンスターに押さえつけられ、体をむしばまれながら。

 そんな彼の耳に、

「でも、これで夜中の警備も楽になるな」

「あいつら本当に使えないからな」

「接近してくるモンスターを何度倒したことか」

「見張りすら眠り込んでたからな」

「本当に、よく今まで生き残ってたな」

「そもそもとしてさ、このあたりのモンスターってあいつらの手におえないだろ」

「やっぱりそう思う?」

「そりゃ、あいつらを見てるとな」

「体力しか取り柄のなさそうな連中ばっかだし」

「その体力だってモンスターに負けてるだろ」

「だからさ、やってたのよ。

 あいつらじゃどうしようもないのは、遠くまでおびき出して始末をな」

「俺もやってたよ」

「俺も」

「本当に苦労したな」

 その言葉が頭領の自信を完全に潰した。

 嘘だと思いたいが、もうそれも出来ない。

 最後の最後でほんの少しだけ見た後衛達の実力。

 それが言葉に信憑性を与えている。

 おそらく、それは全て真実だろうと。

 そう思った時、頭領の中にあった生きる事への執着。

 それが完全に潰えた。

 己の全てを否定され。

 己の信じた何かを粉砕され。

 そんな頭領にモンスター達が食らいついていく。

 もう二度と回復しないその体は、やがて完全に生命活動を消失させていった。



 そこからの帰り道。

 支援役と回復役の冒険者達は危なげなく進んでいく。

 周囲を警戒する支援役のおかげで、モンスターの接近などもかなり早く察知出来る。

 その為、モンスターを避けて進む事が出来た。

 遭遇したとしても、彼らにとって問題となるほど脅威になる存在はいない。

 手間取る事無く倒していける。

 むしろ、余計な荷物だった頭領達が居ない分、進むのは楽だ。

 迷宮の奥に向かう時は、それらの意向を優先せねばならなかったのだから。

 さすがに一日で帰還というわけにはいかなかったが、それでも行きの時よりは早く外に出ることが出来た。



「終わったな」

「ああ」

 外に出た彼らは、安全を感じて少しだけ緊張をほどく。

 大きいな脅威がないとはいえ、それでも迷宮である。

 どこで何があるか分からない。

 帰還を果たすまでは油断出来ない。

「それじゃ、荷物をまとめに行くか」

「面倒だよな」

「また潰れたって報告しなくちゃならんからな」

「何度目だよ、これで」

「いちいち数えてられるかよ」

 そう言いながらも彼らはするべき措置をしていく。



 報告しなくちゃいけない所には一報をいれる。

 絶対に避けねばならない所には何も伝えない。

 物は出来るだけ回収し、処分した連中の痕跡も消していく。

 迷宮で冒険者が消えた場合に行われる措置を淡々と。

 それでいて、誰の口からも存在が上がらないように存在した証を消していく。

 そもそも、今回消した者達なぞ、誰も気にとめてない。

 注目を集めていたわけではない。

 いなくなっても誰も困らない。

 そんな連中だ。

 消えても気にする者はいないだろう。

 いたとしても、日々の生活の中でやがて忘れていく。

 その程度の連中だった。



 正確に言うならば。

 消えた事を喜ぶ者の方が多い。

 こちらは圧倒的多数にのぼる。

 かつて彼らと行動を共にし。

 嫌気がさして離反していった者達だ。

 また、強引な行動の目立つ連中である。

 迷惑を被った者も多い。

 それらは頭領達が消えた事を喜ぶだろう。

 そういう連中である。



「それで、次はどうする?」

「うっとうしいのは粗方片付けたけど」

「もうそろそろ、本業に戻ってもいいんじゃないか」

「そうだな」

「ここ最近、迷宮の奥まで潜ってないし」

「懐具合もだんだん寂しくなってきたし」

「じゃあ、行くか」



「でも、またああいのうのがのさばってきてるらしいぞ」

「え、まだ出てくるの?」

「潰しても潰しても生えてくるな」

「なんか周期性でもあるのかな。

 ああいうのが出てくる」

「そんな事はないと思いたいけど」

「こうも定期的に出てくると、あながち嘘ともいいきれん」

「どうする、少し放っておくか?」

「でも、被害者が出るのもなあ」

「悲惨な事になる前に片付けておかないか?」

「そうだな」

「ああ」

「そうしたいな」

「俺たちみたいなのは、俺たちだけで終わらせようぜ」



「じゃあ、迷宮探索はまたおあずけか?」

「いや、奥から帰ってくるのがそろそろだから、そいつらと交代で」

「そういや、そろそろだったな」

「こういうの、やりたがってる奴もいるから、そいつらにもやらせてやろう」

「みんな、色々大変な目にあってるからな」

「落とし前はつけておかないとな」

「じゃあ、そいつらと交代で」

「分かった。

 それで、誰が迷宮に入る?」

「俺はまだ余裕があるけど」

「俺もやりたいけど、懐がな」

「稼がないといけないし」

「迷うよな、本当に」

「ま、無理せずやろう。

 命あってのものだねなんだから」

「全くだ」

思い付きを形にしてみた。

あともうちょっとこういうのを出すつもり。

それから、連載の続きを書く予定。



それと、ここの下のほうにあるブログもよろしく。


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