第6話 公爵家で働いて10年
イノリとミレアは公爵家で働いて10年が経った。
思えば時とは短く感じるものだ。
そして今日もイノリは仕事をしない。
さぼりである。
彼女がこんなにやる気がなくても、
やるときはやるので放置されているのだ。
「イノリ、いい加減にまじめに働きなさい」
このイノリに命令するのは、
公爵家長女のイレイナ・フォルグレインである。
「え~え、嫌ですよ」
イノリは心底面倒くさそうに仕事を拒否する。
「え~、じゃありません」
イノリをまじめに叱るイレイナだが、
彼女はイノリがこれでも動かないことを知っている。
なので、仕方なくヒールでイノリの尻を踏みつける。
「あの、イレイナ様、踏み踏みしないでください」
イノリがのんびりと答えるが、
イレイナの踏みつける足にさらに力を入れる。
「ふふ、働かない雌豚はこれで十分です」
イレイナは色気を出しながら、
楽し気にイノリを踏みつける。
イレイナは根っからのサディストだ。
しかし、イノリ以外のメイドにはこのようなことをしない。
イノリがある意味、特別なのだ。
イレイナからすれば、働かないイノリを飼ってあげているのだ。
「ほらほらぁあああ!
ブヒブヒ泣きなさいめすぶたがぁああああ!」
お嬢様のご乱心である。
しかし、踏みつけられるイノリはノーダメージだ。
「ぶひー、ぶひー」
イノリはとりあえず暇なので、
棒読みで豚の鳴きまねをする。
「いい豚ね。
ならば、これはどうかしら」
そういいながら、イレイナは腰から鞭を取り出す。
これには、絵面的にまずいと思ったメイドが、
とびかかりイレイナを取り押さえる。
「ちょっと……話……なさいよぉおおおおお!!!」
「誰かぁあああ!
イレイナ様がまたご乱心だぁああああ!」
これが、フォルグレイン公爵家の日常である。
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いつも通り、暴れるイレイナに猿轡と拘束着を着せたイノリは、
休憩がてら、食堂に忍び込む。
だが、それはすぐにばれてしまう。
「おいイノリ、まさかとは思うがつまみ食いじゃないよなぁあああ!」
この男の女性の名前はサラ・ハーシー。
このフォルグレイン公爵家の料理長である。
イノリは毎回、つまみ食いに現れるので、
常に料理人達から警戒されているのだ。
「いや、掃除するところがないかなぁ~て」
「お前、それ本気で言っているのか?」
あのサラ、包丁を持たないでくれますか。
確実に脅していますよね。
はい、悪いのは私です。
だから、許してね?
「ごめんなさい……」
「それ何度目だ?」
「覚えていません」
イノリは目を逸らし、空口笛を吹く。
だが、その態度がサラの怒りを爆発させる。
「ちょっと、こっちこいやぁあああああ!」
イノリはサラに捕まり、
じゃがいもの皮をひたすら剥かされるのであった。
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イノリはサラから解放され、
息抜きに中庭へと向かう。
サラは乱暴だ。
女性なのにあの口調と言い、
すぐに手を出すところと言い治したほうがいいと思う。
サラの悪口をブツブツとつぶやきながら、
中庭に行くと、そこには先客がいた。
フォルグレイン公爵家長男、ロンディアス・フォルグレインである。
「ロン様、こんなところでどうしたの?」
ロンはイノリをみた瞬間に距離を取る。
ロンはイノリを避ける節があるのだ。
その理由は10年前、彼が12歳だった時に、
イノリが気まぐれで彼のファーストキスを奪ったのだ。
それから、彼はイノリのことを意識してしまい距離を取っているのだ。
「この両刀の変態め。近づくな、身の危険を感じる」
そうイノリは男性も女性もいけるのだ。
そのために顔の整ったロンもターゲットなのである。
「変態とは侵害ですね。
未だに女性も抱いたことのないヘタレが……」
「なっ……今、何を言おうとしたぁああああああ!」
ロンは怒りに任せてイノリを押し倒そうとするが、
イノリに力で勝てるわけもなく、
イノリに羽交い絞めにされるロン。
「すんすん……ロン様、汗のにおいがしますよ。」
「イノリ、やめろ嗅ぐなぁあああああ!」
抵抗する男性を軽々と抑えつけるイノリの力はもはや人を辞めている。
これは、からかい甲斐がありますね。
年上を馬鹿に罰です。
イノリはロンのうなじを優しく舐め上げる。
「貴様、何をする……」
ロンは静かにイノリの次の行動を期待する。
しかし、一向に何もしないイノリである。
「もしかして、期待しましたか?
これだから女性経験のない男性は……」
「うわぁあああああああ!」
イノリが拘束を解いた瞬間、
ロンは恥ずかしさのあまり走って逃げだしてしまった。