優しい男の死
少々過激な内容を含みます。
「いってきます。」
黒髪に黒目のモブ顔の青年が家からで出てきた。彼の名前は高月仙。今年、高校を卒業して今日地元の企業に初出社をする何処にでもいる一般人だ。
(長かった。本当に長かった。)
ただし、俺の人生は普通ではなかった。
仙の父親は彼が産まれるまえに蒸発しておらず、母親はろくでなしの寄生虫。その為、母親のお婆ちゃんに育てられたのだ。
そのお婆ちゃんはとても優しく、元気な人で真心こめて、仙を貧しいながら育てた。そして仙は優しい子どもに育っていった。
しかし、学校ではそうはいかなかった。俺は貧乏人であったため、小、中学校ではいじめにあっていたのだ。
小学生のとき、理科の実験中にいじめっ子が実験用のバーナーで俺の右手を焼き、一生残る大火傷をおってしまった。
中学生の時は、昼休みに、顔を画鋲が散らばっている机に叩きつけられ、左目が失明したため、距離感が掴めなくなってしまった。
先生たちもこれらのことを知っていた。けれど『クラスが纏まるから。』という理由で黙認していた。さらに、何か問題がおきれ起きれば仙のやったことにして責任を押し付けていた。
そんな生活が嫌になり、高校はその近くの中学生がほとんどの人が行かないような遠い高校に通った。
そこの高校ではとにかく目立たないように生活した。ほとんど空気のような、いてもいなくてもいいようなつまらない高校生活だった。
そんな仙が生きてこれた理由はただ一つ。
『お婆ちゃんに恩返ししたい。』
ただ、本当にそれだけのために生きてきたのだ。
(よし、会社で一杯働いてお婆ちゃんに恩返ししよう。)
俺は初出社で遅刻しないよう、時間に余裕を持って歩き始めた。俺が勤務する企業は徒歩10分のところにあるが、彼は20分前に家を出たのだ。
俺は歩き始め、会社の近くの交差点に来たとき、後ろから一人の同い年位の男に話しかけられた。
「あれ?まさか貧乏神?」
『貧乏神』それは小、中学校の頃の仙に付けられたあだ名だ。
(それを知っているってことは小、中学校時代の同級生か。っち、面倒な。)
「……どうかしたのか?」
俺は内心舌打ちしながら男の方をみた。男は満面の笑みで笑っていた。まるで、嘲笑のような笑みだった。
「あ、本当に貧乏神だ~。ねえねえ、何処の会社にはいったのー?」
(くそっ、イライラする喋り方だな。)
男の友達に話しかけるような喋り方に内心怒りつつもすぐ近くに立っている会社の方を指をさした。
「ん?あそこ?」
「ああ、そうだが?」
「……………」
男は急に押し黙りまるで憎い人間を見るような目で俺を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「……ううん、何でもない。じゃあね。」
そういって男は立ち去っていった。
(なんだったんだ?っと、そろそろ信号が青になるな。)
俺は信号を渡ろうと前の方にむきなおった。
が、次の瞬間
ドンッ!!
「………えっ?」
仙は誰かに突き飛ばされ、そのまま赤信号の車道に突き出されてしまった。
(何が……!?)
何とか突き飛ばした方を見ようと体をひねったらそこにはさっきまで話していた男がいたのだ。まさか、俺を突き飛ばしたのはあの男か……!
そして男はこう唇を動かした。
『死ねよ、社会のごみくず』
俺の耳には聞こえなかったものの男は確かにそう言った。
そして、急に出て来た仙を避けることができなかったトラックが俺の体にぶつかり
ドグシャッ!!
赤い血を身体中から流して仙は倒れこんだ。
(ああ…ごめんな、お婆ちゃん、親不孝の息子ですまない。)
俺は体から流れる血と痛みのなか、死を悟り、心の中で謝罪しながら息を引き取った。
この日、優しい普通の男の生涯が終わった………はずだった。
突き飛ばした男はその後逮捕されたものの親の力を借りて釈放され、新聞にも書かれなかった。
お婆ちゃんは孫の殺しされたことを聞き、ショックのあまり患っていた心臓病により死亡
母親は二人の保険金が手に入り生涯金に困る事がなく、豪邸の中で大往生した。