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第八幕「十三階段」

 

 同時刻、《モンストロ》前方20kmの沖合。

 同船と同等のサイズを持つ一隻の巨大帆船が停船していた。

 垂れ下がった帆はずたぼろに引き裂け、船体を形作る舟板は腐り破れている。

 しかし一見航行能力を持たないその幽霊船じみた外殻は、

 技術の粋が詰め込まれた空母を覆い隠すための “はりぼて”だ。

 フリークショウ拠点船ベースシップ 《フライング・ダッチマン》――


「モンストロはここで、沈んでけ!!」


 艦橋ブリッジでマイクに向かって声を張り上げるミシェル・マイヤーズを、

 さもうるさそうに見物する少女がいた。


 烏の濡れ羽色のおかっぱに、黒目がちな瞳。

 五つ紋付きの黒喪服に身を包んだ和装美人の名は《清姫》。

 フリークショウの女王クイーンだ。

 

「大いに疑問じゃな。ミシェル。

 かような挑発にいったい何の意味がある?

 拠点船ベースシップは対空火器を備え、アヴァロンにはドロシーがおる。

 撃沈など夢のまた夢、羽虫のごとく沈められるのがオチじゃ。

 旧式の雑魚とはいえ無人攻撃機《UCAV》もタダではないのじゃぞ」


「ヘイ、頼むぜ女王クイーン

 今のあたしたちに足りないのははなか? それとも実力か?」


わらわはどちらも備えておる。それも十二分にな」


「そう。足りないのはズバリ、情報だ。四大PMCの中じゃあたしらは新参。

 モンストロはどんな武装を積んでいて、射程はどれほどある?

 ドロシーの飛行速度は? 距離と高度の限界は?

 どれも知らないことばかり、いくら積んでも買えねぇ値千金の情報だ。

 相手を知るのはメタゲームの基本だぜぃ?」


 清姫は扇で口元を覆い、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「……ふん、腐ってもエディテッドか。

 最低限の頭は備わっておるようじゃの」


「『腐っても』ォ!? ゾンビだけにってか!? ギャハハのハッ」


「前言撤回。やはりウツケじゃお主」


「へっへっへ、社長に『精一杯 悪役ヒールぶってこい』って言われたんでね、

 目立ってナンボの商売、せいぜい()()()行かせてもらうよ。

 清姫、ライブの再生数は上々か!?」


「今十万そこそこじゃの。まぁ、まだオートマタ出てきとらんしこんなもんじゃろ」


「オーケー。んじゃ、ちょいと揺さぶりかけてご出演願いますか!!

 魚雷発射、ポチッとな〜」


 コンソールを操作すると、数機の無人攻撃機(UCAV)が魚雷を発射する。

 モニターの中でほくそ笑みながらその様子を見ていたミシェルの表情が、突然驚愕に変わった。

 すべての魚雷が、モンストロの船体からはるか遠くで爆発したのだ。


「……なんだぁ!? 熱反応、発射音ともになし。

 モンストロからの迎撃ではありえない……。なら魚雷は一体、何にぶつかった!?

 まるで見えない壁にぶつかったみてぇな……」


「ほれ、ミシェル。ドロシーが出てきおったぞ。

 ともにおるのが……ほぅ、あれが緒丘睦おおか むつみとかいう小娘かの?」


「へぇ……あれがアヴァロンのマスター、あたしと同じ “一回生” か。

 次こそ受け取ってもらうぜ、あたしからの着任祝いを!! おらね!!」


 髑髏どくろのリングをはめたミシェルの指が、再びコンソールを叩きつけた。



 ◆◆◆



 遠くで上がった水柱が、潮風に乗って睦の頬まで吹き付ける。

 押し寄せる波にモンストロの船体がわずかに揺れた。


「……今のは?」


「どうせ魚雷でしょ」


 さらりとしたドロシーの回答に、睦の背筋が冷える。


 ……当たったら、ボクなんて簡単に木っ端微塵だよね。

 この人たちは本当に戦争をしてるんだ。

 魚雷を向けられることが、あたりまえに思えてしまうほどに。


「怖いの? ……やだよね、怖いのは。

 待ってて。すぐ、片付けるから」

 

 そう言うとドロシーは腰の双剣を抜き放ち、甲板を舳先めがけて駆け出した。


吸気インテイク


 風の音。


 風向きが、変わっていた。

 背後から睦を追い抜いてゆく風が、渦を巻きドロシーに向かって集まる。


 ……空気を、吸い込んでる?


展開オープン


 鋭い金属音とともに、回転式拳銃リボルバーを模したドロシーの脚部が展開した。

 急激な空気の断熱圧縮により、赤熱した内部の放熱機構ラジエータが露出する。

 ドロシーは大きく膝を沈め、そして、

 

発射ショット!!」

 

 銃声によく似た、衝撃音。

 銀の軌跡を残してドロシーは飛翔し、灼けた薬莢が甲板を跳ねた。


 銃弾のような速度でドロシーが通り過ぎた後、数機の無人攻撃機(UCAV)が爆煙となって散る。


 空気の圧縮放出により、全オートマタ中最大の加速力を持つ女王クイーン、ドロシー。

 名高い固有兵装、空圧加速器 《銀の靴(シルヴァーシューズ)》の離陸シーケンスを、

 肉眼でこれほどまでに克明に見るのは、睦にとっても初めてのことだった。


 黒煙を引きずる双剣を身体に引きつけたドロシーは、そのまますばやくターン。

 そして再び、銃声。

 オートロックの照準を置き去りにする、神速の切り返し。


「ドロシーの剣はね、翼の代わりなの」


 遅れて現れたロゼが睦の肩に手を起き、得意げに語る。


「スズリの剣に比べれば切れ味は大したことないんだけど、

 代わりに優れた空力特性を持ってる。

 速度と航行距離は戦闘機には敵わないけど、ドッグファイトの肝はターンの速さ。

 最初に相手の砲の後ろを取った方が勝つの。

 その点において、彼女を追い抜ける兵器はこの世のどこにも存在しないわ」


 銃声が鳴る度に、空に銀の軌跡が描かれ、遅れて赤い炎の花が咲く。

 自動操縦オートパイロットの機銃は敵陣の合間を縫って飛ぶドロシーの機影を捉えきれず、放たれた銃弾は無様な同士討ちを演じた。

 

「ああ、なんて綺麗なのかしら、あたしたちの女王クイーンは。

 ガラスのケースに入れて、飾っておきたいくらい。

 ねぇ、あの銀色のキラキラしたもの、なんだかわかる?」


「ダイヤモンドダスト……」


 断熱膨張による温度の急激な低下。

 圧縮された空気が一気に拡散するとき、空気の温度は下がる。

 唇をすぼめて吹きかけられた吐息が冷たいのと同じ原理だ。


「そう。銀の靴(シルヴァーシューズ)の名前の由来はね、

 武装そのものの塗装色じゃなく、あのダイヤモンドダストから来てるの」


 とても敵わないと悟ったのか、残った数機の無人攻撃機(UCAV)が退却を始める。

 しかしドロシーは続けざまに空圧を放ち、自らを加速させた。


「……ちょうど、ピッタリってところね。

 一度の装填につき、片足に七発ずつ。

 減速着地のための一発を残した計十三発。

 何人も逃れ得ない、死へと至る十三歩の飛翔は、人呼んで――」


 爆音とともに、最後の敵影が空に散った。


「――『十三階段ガロウズ』。

 この連撃を受けきれた相手は、これまでただ一機しか存在しない」



挿絵(By みてみん)



 空中に大きな弧を描いて、ドロシーが甲板へと戻ってくる。

 片膝を着く華麗な着地は、最後まで見られることを意識した戦いだった。


「すごい。生スーパーヒーロー着地だ」


 睦は思わず拍手をする。


「お帰り、ドロシー。今回は二発残したわね?」


「余裕だったから。相手にわたしの限界見せてやることないでしょ?」


 女王クイーンに要求される素養は数多い。

 強いだけ、美しいだけではクイーン級たり得ないのだ。


「……でも、機雷原はどうするの?

 海の中はわたしじゃどうにもならないよ」


「モンストロの武装を使ってもいいんだけど、時間もお金もかかるのよね。

 でも大丈夫。浮上中の今はブルーメロゥが外を泳いでるから。

 彼女に任せれば、何も心配いらないわ」


「そうだね」


 ドロシーがうなずいた瞬間、前方の海上に白い壁が立ち上がった。

 空を覆うほどの、巨大な水柱だ。


 やがて降り注ぐ大量の水しぶきに睦がずぶ濡れになっていると、

 波間から滑るようにブルーメロゥが甲板に飛び乗った。


「海の中に物騒なものがあったので指示を待たずに処理しましたけど、

 問題ありました?」


 ロゼはブルーメロゥにタオルを手渡して微笑む。


「……ううん。ありがとうブルーメロゥ。

 フリークショウの連中にお披露目前の《イクテュエス》を見せちゃったのは、

 ちょっともったいなかったかもしれないけど」


「ただ出力を上げて目の前を払っただけです。

 こんなもの、技でもなんでもない……。

 いくら見せたところで、私には支障ありません」


 よしよし、と頭を撫でるロゼの手を、ブルーメロゥは気恥ずかしげに押しのける。


「睦さん。相手のマスターは多分、色々考えて今回の襲撃をしかけて来ました。

 だけどあなたは、ただそこで口を開けてドロシー先輩を見てただけですか。

 ……そんなマスターなら、いなくてもいいんじゃないですか」


「あ、ブルーメロゥ、ボクの名前覚えてくれたんだ!! やったね」


「……もういいです。お疲れ様」


 睦の反応が期待と違ったのか、ブルーメロゥは苦虫を噛み潰したような表情で船内へ戻った。

 

「うーん……。語り合うしかないかなぁ……」


「睦ちゃんがそう思っても、ブルーメロゥが素直にお話してくれるかしら」

 

 ロゼは睦にもタオルを手渡す。


「そこは、ほら、拳で!!」


「……案外、武闘派なんだね。スズリと気が合うわけだ」


 手のひらに拳を打ち付ける睦を、ドロシーとロゼは目を丸くして見つめていた。

 





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