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第七幕「モンストロ」


「陸地、見えないんだけど……QP、現在地の位置情報を――」


着信コール、水城遊離』


 GPSを起動しようとした矢先、電話が着信する。


『やっほー、睦ちゃん起きてた?

 天才美少女科学者の遊離ちゃんでーす!!

 そろそろ起きたかな〜って思ってお電話してみましたぁ』


 番号を教えたつもりがないのはいまさらとして、


「遊離さん。どこすか、ココ……」


 睦は今まで出したこともないような低くドスの効いた声で問いかける。


『やーん、睦ちゃんてば怖い〜。

 拒否されたり抵抗されたりすると面倒だから、

 寝てる間に乗せちゃったの。ゴメンね』


「乗せるって、一体何に……」

 

 睦は改めて自分の周囲を見回す。

 クジラを思わせる長大な漆黒の艦体。

 睦が出てきたハッチは、背後にそびえる高い艦橋ブリッジの扉だったらしい。

 随所に流線型が配されたデザインは、軍艦というよりむしろ――


「潜水艦……」


 ここから舳先へさきまで、水上に見える部分だけでもゆうに150メートル以上。

 睦の乗る船はその言葉から連想されるサイズから、

 あまりにもかけ離れて巨大だった。


『ミドルアース社アヴァロン拠点船ベースシップ 《モンストロ》。

 グランギニョールへの入港が許された、世界にただ四隻の船のうちひとつだよ。

 現在その船は、浮上と沈降を繰り返しながら極めてゆっくりと航行している。

 行き先は太平洋上の人工浮島 《グランギニョール》。

 開会までの一ヶ月、その船の中で睦ちゃんを鍛え上げる』


「つまりこの船は、ボクにとっての監獄ってワケですか。

 どんなに辛くても、逃げ出したりできないように」


『悪く思わないでね。キミを守るためでもあるの。

 海上の移動要塞までキミを殺しに来られる奴なんていないし、そこなら駆け落ちの心配もない。

 ブルーメロゥがいれば、海に落ちても死なないしね』


「心配しなくても、ボクは自殺したりしませんって」


『どうかな。スズリ次第かも。

 あの子はアヴァロンのオートマタの戦闘教導機でもあるの。

 ……どういう評判か、聞きたくない?』


「……いや、なんとなく分かるんでいいです」


 電話の向こうで遊離の笑い声が聴こえた。


『ブルーメロゥだけかな。スズリの火加減がちょうどいいって言ってたのは。

 他の子は皆、最低一回はスズリに泣かされてるんだよ』


「自分の悪口大会はここでありますかな?」


 皮肉めいた声に振り返ると、スズリが帽子をちょいと上げて挨拶する。


「睦殿は羽のように軽いのですなぁ。

 まるでお姫様のようであります」


「寝てるボクのこと、運んでくれたのってスズリだったんだ。

 ありが……もがっ!?」


 お礼を最後まで口にする前に、口の中に柔らかい棒のようなものを突っ込まれる。

 ほんのりとしょっぱく弾力のあるそれは、


「ササミであります」


「ササミ……」


「軽いのは筋肉量が足りない証拠。タンパク質をお取りなさい。

 うがいの時以外、プロテインを含まない水を口にするのを禁じるであります。

 一ヶ月で腹筋バッキバキにしてやるゆえ、お覚悟を」 


「か、かわいくないよ、バッキバキなんて。

 グランギニョールは見た目も大事でしょ!?」


「脱がなきゃバレない。脱いだらすごい。

 赤信号、皆で渡れば怖くない、であります」


「全然わかんない……」


「さあ、睦殿。善は急げ。早速訓練室に行くでありますよ」


「い、嫌ぁ……待ってぇ。せめてササミくらい最後まで食べさせて……」


『あっはっは。早速やられてるねぇ。

 モンストロにはもう、今回のメンバーが全員乗船してる。

 ドロシーにはまだ会ってないでしょ? せめて訓練の前に、挨拶してきたら?』


 スズリに視線で問いかけると、鬼教官は「仕方ない」というように肩をすくめた。



 ◆◆◆



「怖い」


 睦とスズリを見たドロシーの第一声だった。

 

 子どもたちのヒーロー、押しも押されぬアヴァロンの女王クイーンドロシーは、

 ベッドの上で膝を抱えて、頭から毛布を被っていた。


「なんで私の部屋で平然とお肉食べてるの……。

 普通に意味わかんないし普通に怖いよ。

 スズリは怖い。もうただ怖い。

 グランギニョールはひと月も先でしょ? 

 おうち帰りたい。陸地に帰して……」


「彼女もだいぶイメージと違うんだねぇ……もぐもぐ」


 ササミをみながら呟く睦に、スズリは苦笑を浮かべる。


「オンオフが激しいタイプなのであります。我らがクイーンは。

 誰も彼もが、観客の前では自らをいつわる。

 演じているのはなにも、睦殿だけではないということでありますな」


「スズリも?」


「愚問でありましょう」


 彼女と初めて架橋クロスリンクしたとき、睦の前に現れた二つの扉。

 睦が開けたのっぺらぼうの扉が、普段のスズリに張り付いた軽薄な笑みを意味しているのだとしたら。

 きっと、もう一つの黒い扉の奥には……。


「ぐす……。出てってよぅ。

 あなたが新しいマスターなんでしょ?

 こんな出来損ないのクイーンと組んでもいいことないよ。

 護送対象は殺されちゃうし、捕まえた子には自爆されるし。

 おまけに大怪我してロゼのこと泣かせちゃって……」


「泣いてないわ。びた一文泣いてない。勝手なこと言わないで」


「……うわ、びっくりした」

 

 いつの間にか腕組みしたロゼが背後に立っていた。


「泣いてないからね」


「何度言うんでありますか」


「ドロシー、身体の調子はどう?」


「ありがとうロゼ。おかげでもうなんともない」


「メンタルの方は……」


「ブラーもリーサリィライムのオートマタもいなくなっちゃったのに、

 おかげさまで私だけ元気で……はは、あははは……」


「駄目っぽいわね……。

 まぁ、これでいざ仕事の時はしゃっきりしてるから不思議なんだけど」


 ロゼは睦の方に向き直る。


「これがウチのクイーンです。

 癖の強い子で戸惑うかもだけど、

 責任感の強いとってもいい子だから、よろしくね、マスター。

 ドロシーと顔合わせに来てくれたんでしょ?」


「うん。ロゼは皆の修理や調整が専門なんだね」


「そうそう。それからモンストロの操船もあたしの領分ね。

 他に先生から睦ちゃんの監視もおおせつかってるけど、

 それはまぁ、あたしがやんなくてもスズリが金魚のフンみたいにくっついて歩くでしょ」


「照れるであります」


「褒めてないけど……。

 とにかく、あたしは非戦闘型なんだから、戦いには期待しないでね」


「そうは言っても、ロゼは遊離殿自らが手がけた実験機プロトタイプ

 いわば愛娘のようなものであります。

 遊離殿のあの性格からして、サポート機だからと言って単に弱いはずがないと再三申しているのでありますが……」


「嫌よ。あなたみたいな戦闘狂と殺し合いなんて。

 一回だけ訓練に付き合ってあげたけど、あんなのもう二度とごめんなんだから」


「この通り、つれないのであります」


 スズリは肩をすくめる。


「スズリの右腕も、直してもらえばいいのに」


「ああ、これは生まれつき(デザイン)なのですよ。

 新しい腕をいだところで、繋がらないのであります」


 スズリはがらんどうの右袖をぷらぷらと振る。


「そっか……じゃあ両腕になったら倍強くなるとかじゃないんだ」


「ふっふっふ、残念でありましたなぁ」


「教導機ってことは、ドロシーの剣術も、スズリが教えたんだよね。

 片腕で二刀流教えるのって、どうやるんだろ……」


「ドロシーに聞いてみてはいかがかな?」


 スズリが流し目を送ると、ドロシーは「ひっ」と毛布の下に身を隠した。

 どうやらろくでもない方法なのは確からしい。


 ドロシーはぷるぷると震えている。

 ブルーメロゥには嫌われている。

 ロゼは戦いたくないと言う。


「……もしかしてアヴァロンって、相当ヤバい?」


「やっと気づいたのでありますか。

 もとより当ブランドは少数精鋭。

 それが二年前に壊滅して、なんとか新造したのがナイトとルークの二機。

 遊離殿からビショップを借り受けて、やっと揃ったと思えばルークの自殺であります。

 今のチームは寄せ集めもいいとこでありますな。

 まぁ、だからといって弱い個体など、一人もいないのでありますが」


 スズリがニィ、と唇の端をつり上げると、天井の照明が真っ赤に明滅し、艦内に警告音が鳴り響く。


「「な、なに……!?」」


 睦とドロシーが声を揃えて周囲を見回す。

 

 ロゼが目を閉じると、燃えるような赤髪がふわりと広がり、青い電光を帯びた。


挿絵(By みてみん)


「ビショップ級ロゼよりモンストロにレーダーとの接続を要求。……認証」


 両手を拡げるロゼの目の前に、空中エアリアルディスプレイが展開。

 レーダー画像とモンストロ船外の映像を映し出す。


「12時方向の空中と海中に反応多数。

 不明勢力の無人攻撃機(UCAV)及び敷設ふせつされた機雷原と推測」


 垂直離着陸タイプの機体が何機もホバリングしているのが、船外カメラからもはっきりと見て取れた。


「えぇ……この船に乗ってれば安全だって言ってたのに」


「やれやれ、こういう品のないことするのはフリークショウの連中かしら」


 ロゼが心底うんざりしたように言った矢先、

 何機かの無人攻撃機(UCAV)にマウントされたスピーカーから、

 陽気で陰気なハロウィンミュージックが大音量で流れ出す。


 《FREAKSHOWテーマソング》


 〽この世は地獄、悪の天国

  気のいいやつから死んでゆく

  そうさ墓掘人グレイブディガー いつもおれたち

  愉快な異形フリーク 陽気な怪物フリーク

  FREAK-FREAKSHOW〜♪


「趣味わるっ」


 睦は思わずつぶやいた。


「バカなのであります。

 バカのくせにモンストロの位置を探知できる程度には有能だから、

 始末に負えないのであります」


「ハァーーーーッハッハ!! 停ェェィ船せよモンストロォ!!

 マイネームイズ、ミシェェェェル・マイヤーズ!! フリークショウのマスターだっ」


 無人攻撃機(UCAV)の前に展開された巨大な空中ディスプレイに、

 ピアスつきの舌を突き出した女性の顔が映し出される。

 本来整っているらしい顔立ちが、ド派手なゾンビメイクで台無しだ。


「聞いたぜテメェら!!

 《くるみ割り人形》の件で、グランギニョールの主役ヅラだってなぁ!!

 初出演のあたしたちを差し置いて、許すまじアヴァロン!!

 モンストロはここで、沈んでけ!!」


 マイクが近すぎるのか、スピーカーの大音響は音が割れている。


「……うるさいなぁ。おちおち落ち込んでもいられない」

 

 ふらりと立ち上がったドロシーの身体から、毛布がずり落ちる。


「ロゼ、わたしあれ、ちょっと黙らせてくるよ」


 部屋を出るドロシーに手を振ると、ロゼは睦に微笑んだ。


「良かったわね、睦ちゃん。

 アヴァロンのいい意味で “ヤバい”とこ、見せられそうよ」



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