表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

有恋期限

作者: anemone

 みなさんはじめまして。突然ですが現在、皆さんに伝えないといけない事が3つあります。


1つ目、僕の名前が中村 大だということ。


2つ目、僕は本合高校の1年だということ。


そして3つ目は今日の放課後、2年生の真中先輩に告白するということ。


 皆さん僕について知って頂けましたか?


おっと失礼、3つ目についての説明が不足していました。


 本合高校2年、真中 美空。帰宅部。この高校で彼女の名を聞いて振り向かない者はいない。誰もが皆、彼女の美しさに心を奪われる。それに加えて男女問わず気さくな対応で、悪い噂は聞いたことない。こんな人現実にいるのかと思わせるほどの完璧さで、誰もが認める本校1の美人だ。



 んで、そんな彼女に今日俺は告白する。

え?無謀すぎるって?そんなの俺が1番わかってるわ、ばか。


 彼女に出会ったのはちょうど3ヵ月前。何気なく入った美化委員に彼女はいた。

ーーーー


「こんにちは。美化委員副委員長を務めます。真中といいます。本校1暇な委員会と呼ばれていますが、それなりに頑張っていきましょう」


涼しげに笑う彼女の顔に思わずにやけた。隣に座ってた田中と顔を見合わせて頷いた。そして確信した。先輩が言ってた本校1の美人が彼女だということを。


それからというもの、委員会が楽しみでしかたが無かった。

わざと暇な委員会を選んだのを後悔するぐらいだ。あ、でもこの委員会じゃなかったら真中先輩に出会えていなかったのか。

んーなんともいえない気持ちだなぁ。



 真中先輩は、俺に掃除の仕方を丁寧に教えてくれた。

彼女は廊下にいても校門にいても便所にいても美しく輝いてみえた。


ましてや花畑にいる時なんて…、写真集が5億部売れそうなくらいきれいだった。



ある放課後、先輩とトイレットペーパーの整理をしている時、俺は勇気を出して聞いてみた。



「あの、先輩って彼氏とかいるんですか?」



先輩はトイレットペーパーをみつめて髪を耳にかけながら答えた。



「え、急だなぁ。 いないよ、いない。」



それを聞いて俺は間髪入れずに聞いた。


「好きなタイプ教えてください!あと、年上と年下どっちが好きですか?てか、年下とかアリですか?」


先輩はトイレットペーパーを数える手を止めて答えた。


「んー好きなタイプかぁ…。でも真っ直ぐな人が好きだな、うん。年齢は…別にどうでもいいかな。あ、10歳差とかはちょっと考えるけどね。むしろ年下とか気を使わなくて楽そうね。…あっねぇ、大が話しかけるからトイレットペーパーの数忘れちゃったじゃん、もう。」


少し照れくさそうに彼女は笑った。そして思わず俺も笑った。なんだよこれ、脈ありじゃないか。いや。脈アリどころじゃない。脈が有り余るぐらいだ。そう俺は確信した。


ーーーー


 そして今に至る。あと五分でHRが終わる。

俺はド定番の体育館裏に先輩を呼び出している。やっべ、緊張して歯がガタガタいってる。果たして先輩は来てくれるだろうか。



 HRが終わると俺は筆箱とクリアファイルを無造作にリュックに詰めて階段を駆け下りた。まだHRが終わっていない隣のクラスの先生と目が合ってしまった。


昨日の雨のせいでぬかるんでいた小道を通って俺は体育館裏に行った。



拳を握りしめて待っていると、先輩が来た。


「あちゃーもう昨日の雨のせいで靴がどろどろ。まいるなぁ」


あぁ。先輩は今日も文句のつけ所が無いほど美しい。


「あっごめんなさい。」


俺は思わず謝ってしまった。


「別に大のせいじゃないでしょ。で、なんのようですか、てか…この状況って、そーいう事ですか?」


彼女がチラッと俺の方を見る。


「はい。そーいう事です。先輩。俺、委員会で先輩と出会った時からずっと先輩のことが好きでした。俺と付き合って下さい。」


彼女に差し出した手が震えている。視界に入るぬかるみに俺の顔が少し反射していた。


「えぇっと…。大さ、苗字なんだっけ?」


ん?苗字?てか告白の返事は?…頭の中が混乱してこんがらがりそうだ。


「苗字…ですか。中村です。中村大。」


「そっか中村か…。うん。ごめん大、大とは付き合えない。私なんかを好きになってくれてありがとう。あっ、私今日寄るところあるからもう帰るね。じゃ、また委員会で!」


彼女は俺に愛想笑いを向けて帰ろうとした。俺は無意識のうちに彼女を呼び止めていた。



「真中先輩!どうしてですか!どうして俺じゃ駄目なんですか!せめてそれだけでも教えてください。俺、例え何言われても傷つかないんで。」


徐々に声が震えていった。振り返った彼女は心做しかすこし目が赤かった。


「あのさ、私の名前知ってる?」


「え、んと、真中 美空先輩ですよね。」


「私の名前漢字で書ける?」


「えっと真ん中って書いて真中で、美しい空で美空ですよね。てか、それがどうしたんですか?」


「その漢字聞いて何か思いつかない?」


「ん、いや得には…」


「……なの。」


「え、今なんて言いました?」


「左右対称なの! 私の名前の漢字全て。縁起が良いでしょう?だから…私、結婚しても左右対称が良いの!左右対称じゃなきゃだめなの! ごめんね、大の事は嫌いじゃないの、むしろ好きよ。でもだめなの、ごめんなさい。」


「えっ…」


俺は頭の中が整理出来無かった。え、なんなの?俺の苗字がだめなの?てか逆に苗字が左右対称だったら付き合ってくれてたの?いやまず、そんなに左右対称って大事なの?もう、なんなんだよ。この気持ち。嬉しいのか嬉しくないのかわっかんねぇよ。俺はそのぐちゃぐちゃな頭のまま話し出していた。



「先輩。先輩が俺と付き合えない理由、よく分かりました。…そこで、こんなのはどうですか?先輩が高校卒業するまでの約1年半、俺と付き合ってみませんか?卒業式には、振ってもらっても大丈夫です。そこから先輩は大学生になって、左右対称の苗字の彼氏をつくって結婚すればいいじゃないですか!ね、どうです?」


我ながらイミフな事を言ってしまった。先輩はどう感じただろうか。


「んー確かにそれなら大丈夫だけど…大はそれでもいいの?あと1年半しか付き合えないのよ?」


「はい。それでも先輩と付き合えるならかまいません!先輩、もう一度告白させてください。……好きです!付き合って下さい!」


「はい。」




こうして俺と真中先輩の有効期限付きの恋が始まった。


 それからというもの、毎日が幸せだった。

放課後は部活終わりに本屋に寄ると、先輩が本を読みながらまっている。恥ずかしそうに手を繋いで川原を歩く。オレンジ色に輝く彼女の顔の美しさは俺が独り占めするのはもったいないぐらいだ。でも、誰にも譲れない。俺だけのだ。彼女との会話は他愛なく、よく俺の仲の悪い両親の愚痴などを聞いてくれた。


 体育祭は俺が緑組で先輩が青組だった。敵と一緒にいるとアレだと思ったので2人で体育館裏でこっそりと会った。「頑張って」先輩のその一言が涙が出るほど嬉しかった。お互いにハチマキにメッセージを書きあって、別々にグラウンドに帰った。


 学校1の美人と付き合ったせいでほかの先輩に目を付けられることもあった。なんと3年生からも。それはちょっと誇らしい事でもあったがやはり辛い事でもあった。だがそれを心配する真中先輩をみて、俺がしっかりしなきゃ、と、我慢した。


 そして、この高校で過ごす、2度目の春が来た。2人で桜舞う川原道を歩きながら新しいクラスについて話し合った。春になって真中先輩は受験生になるので、少し気怠げだった。そして俺は、なんと美化委員の副委員長になった。副委員長に決まった瞬間俺は思わず真中先輩にLINEしてしまった。なんて偶然なんだろう。そして、もうひとつ大きく変わったことがひとつ、俺は真中先輩を美空と呼ぶようになった。



 それからしばらく経つと、美空と一緒に帰る頻度は少なくなった。彼女は意外にも勉強に一生懸命で、そのせいで俺と気持ちがすれ違う時もあった。だがその度に2人で話し合って、帰り際に優しいキスをした。


 ちなみに、俺が美空と付き合っていた期間、彼女は7人から告白されたらしい。その内の4人は俺の目の前で告ってきやがった。そんな時俺は困り顔の彼女の手をひいて2人で逃げた。


 幸せな時間は、桜の花びらが落ちるが如く過ぎ、もう雪が降り始めた。美空はいよいよ受験1色モードで会うことは本当に少なくなった。深夜、少しだけ電話で彼女の声をきいて何度もどかしい気持ちになったことか。それと同時に俺と美空との別れの期限も迫っていた。


 ある放課後、俺はグラウンドで田中と喋っていた。


「いいよなぁ…お前は田中で」


「は?なんだよいきなり、平凡な苗字だからってばかにしてるのかよ」


「俺も田中だったらなぁ」


「え、人の話聞いてる?てかそんなに田中がいいの?俺は中村もかっこいいと思うよ、うん。」


「中村じゃだめなんだよ!!」


「え、急にキレないでよ。いいじゃん。中村でも」


「田中ぁ。どうしてお前は田中で俺は中村なの?ねぇ、どうして?」


「ちょっ、おいなに泣いてんだよ。やめろって」


「もう俺お前と結婚して田中になろうかな」


「おい、嫌味かよ、お前にゃ勿体無いぐらい素敵な彼女いるじゃんよ」


「うん…。お前と結婚してから美空と結婚する。」


「一夫多妻制かよ。…てかおれ妻じゃねぇよ。お前今日変だよなんか。ほら、涙拭けよ。彼女が待ってるんだろ?もう帰ろ。」



俺はぐだぐだ田中に支えられながら歩き、家まで帰った。


「ただいまぁ」


玄関を開けるといつものかあさんの声が聞こえなかった。


「かあさん?いるの?」



 雪降る2月、美空は無事、第一希望の大学に合格した。2人でネット当落をみて抱き合った。そこから俺らはまた毎日一緒に帰るようになった。勉強から解放された彼女は毎日思いっきり笑うようになり休日は必ずどこかに出掛けた。俺のサッカーの試合を見に来てくれたこともあった。


 だが、俺らに残された日数はもう多くはなかった。卒業式の予行が始まった。ひな壇に立つ彼女の顔をずっと眺めていられるのは幸せだったが複雑な心境だ。


 そして迎えた卒業式。髪を編み込んで小さめの黄色い花を付けた彼女の美しさは言うまでもない。厳かな雰囲気の式が始まった。時間は刻一刻と過ぎていく。合唱が始まると、ちらほら泣き出す生徒が出てきた。俺が彼女を見つめていると彼女もこっちをみて少し笑った。そして静かに裾で目を拭った。


 式が終わっていよいよ生徒達がグラウンドに出た。美空は案の定同級生、後輩に男女問わず大人気で囲まれていた。彼女は遠くに俺をみつけると、申し訳なさそうに手を振った。俺は静かに振り返して、部活の先輩のところにむかった。


 辺りは輝きを薄め、オレンジ色に染まっていく。美空の周りの人だかりが収まるまで俺はあの川原で待っていた。そこら辺の草をむしっていたら少し駆け足の足音が聞こえた。


「お待たせ、大」


冬なのに少し汗ばんだ彼女が俺の顔を覗き込んだ。黄色い花がオレンジめいていた。


「いよいよ、だね」


彼女が川の向こうを眺めて話しだした。頭上で声が聞こえる。


「…ですね。」


俺は彼女の顔を真っ直ぐ見れずにただ同じ方向を眺めていた。


「大が告白してきてから1年半。ほんとに楽しかったよ。あんな変な付き合い方したから、正直不安だったけどここまできたね。…でもなんだろう。ここまできたらきたで、なんか、だめね、別れるのが辛くなってきちゃった。大とのデートが終わる度になんかちょっと名残惜しい感じが残ってさ。

でも、約束は守んなきゃね。いままで本当にありがとう。大。大好きだったよ。」


頭上の彼女の声はか細く震えていた。いつも元気な彼女からは想像がつかないほどだ。


俺は握りしめた草をさらに強く握りしめて話し始めた。


「美空」


「ん、なに?」


「好きです。付き合って下さい。」


「なによ急に。あの約束は今日まででしょう。私は、悲しいけどもう左右対称の彼氏を探すしかないの。」


「美空」


「だから、なに?」


「美空、俺の名前、知ってる?」


「え、中村 大でしょ?なによ今更」


「ぶぶー。残念?」


「えっ?ちょっと、ふざけてるの?」


「俺さ、両親が離婚したんだよね。元々仲悪かったからさ、別にいいんだけどね」


「そっか…前から言ってたもんね」


「それでさ、俺、母側についたんだよね」


「うん。」


「母の旧姓さ、なんだと思う?」


「え、分かる訳ないじゃん。…って、え、まさか」


「改めまして、僕、栗田 大って言います。栗ご飯の栗に田んぼの田ね」



 俺はそう言い終わると立ち上がって彼女の前に立った。そして彼女に手を差し出した。今度は震えてない。


「真中先輩、俺と付き合って下さい。」


彼女は目に浮かべた涙がを拭って言った。


「…はい!」


「もう、1年半じゃ嫌ですよ?」


「もちろん。こんなに縁起がいい2人、他にいないよ。」


 これは僕と妻が出会うまでの長く短い1年半のお話。



そして今も俺は美空とあの河原で、2人座って川を眺めている。


「ねぇ、大。この子の名前、なんか思いついた?」


「んー、まだ。…でもとりあえず、左右対称の漢字なのは欠かせないかな。」


「ふふっ。そうね。きっと幸せになるわ。私達みたいにね。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 苗字だけでなく名前も左右対称になっている点 苗字にこだわるところ共感します……! 名前に対して苗字があっているかどうか、女の子は姓が変わるので大事なポイントですよね! 私も一時期、自…
[一言] ヒロインの可愛いわがままが良かったです。 若い頃ってそういう妙なこだわりってあったなぁ、と思いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ