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デリート(DELETE)   作者: 赤の虜
日本・願望成就の光玉
5/17

5 託された願い、走るダン三郎!

 光玉特急ダン三郎。車体をダンボールで製造されたダンボールの乗り物。一見すれば子どもの戯れで作られたと勘違いされてもおかしくはない、乗り物。もしもダン三郎が東京まであなたを運んでくれると言われて信じる人間がどれほどいるだろうか。

 常識に則って考えるなら、まず不可能。

 乗用車を利用する方がいいのでは? 

 普通に新幹線で近くまで行けばいいのでは?

 そう言われると、言い返せないのが普通であり、当たり前だ。

 ――――だが。

 今日。十一月二日はその常識が覆される日となった。

 ダン三郎というダンボールとそれを繋ぐガムテープだけで構成させた乗り物は、四人もの乗客を乗せ、大空に羽ばたく。ダン三郎は石見が使用した光玉という願いを叶える奇跡の力を借り、東京へと、走る。

 光玉は願いを果たすまで、その助力を止めず、ダン三郎は見る見るうちに高速の弾丸となって、滑るように空を走る。


「本当に飛んでる……」


 ダン三郎の車内では咲が驚きの声を上げていた。ただし、彼女はダン三郎がどれほどの速度で走っているかを把握しているわけではない。そして、それは他の乗客である三人も同様だ。なぜなら、ダン三郎の車内からは外は見えない。

 ダン三郎の走行は静かなもので、『車内安全』という願いのお陰で、車内はダン三郎がいくら高速で走行しようとも安全に保たれ、速度が実感できない。それはまるで新幹線に乗ったときの感覚に似ている。

 では、咲がなぜ飛んでると判断したのか。それは彼女がダン三郎の最後尾にある、唯一の外と接する箇所である、出入口から外を覗いたからだった。


「外を眺めるのもいいですが、気をつけてください。そこから一歩でも外に出ようものなら、『車内安全』という願いの対象外となり、安全は保障することはできません」


 石見は忠告する。咲もそれほど外に興味があったわけではないようで、すぐに引き下がる。


「石見さん、ダン三郎の走行も落ち着いてきた。そろそろさっきの奴らが何者なのか教えてくれた」


 ある意味、この車内では石見さんに続き、ダン三郎に信頼を寄せている沖人が尋ねる。


「そうですね。本当は東京に行ってから話そうと思っていましたが、既に追手から逃げていますし、教えておきましょう」


 石見は咳をしてから、言う。


「彼らは『神人会』、もしくは『平和労働者会』のどちらかのメンバーでしょう。私も逃げることに必死で彼らがどちらかの追手なのか判断できなかった」


「どうして今までそのことを黙ってたんです?」


 秀一が石見に疑いの目を向ける。危険があるなら先に言う。そう考える秀一からすると石見の考えが理解できなかった。

 石見は少し言葉に詰まり……すぐに溜め息を吐いて、続ける。


「私は東京の現状を知って、あなた達が願いを諦めてしまうのではないと不安でした」


 石見はそう言ってから、身体の向きを変え、先ほど彼が咲に忠告していたのに、自分の手でダン三郎の出入口を少し、開く。そこからは障害物もなく、ただ、ただ青い空がある。


「光玉は東京タワーにある最大級のものを除いても、ただのダンボールが空を走ることさえ、可能にする奇跡です。そんなものを他人に好んで他人に受け渡そうとする人間など……いない」


 石見は沖人達に振りぬく。


「東京には二つの勢力が東京タワーの巨大な光玉をめぐって争っています。『神人会』のリーダーであるケントは、光玉を使って自分達だけの理想郷をつくろうとしている。その中には『神人会』以外の人間は含ませず、彼は光玉を私利私欲のためだけに、使うつもりだ」


 沖人達は何も言えなかった。なぜなら、彼らもまた光玉を使って、一人の少女を生き返らせるという私利私欲のために願いを叶えるつもりだから。


「そして、もう一つの勢力は『平和労働者会』と言い、東京に光玉が出現して間もなく結成された社会人の集団です。彼らは光玉を個人のためではなく、現在のおかしくなってしまった社会を変えるために使わなければならないと考えている。つまりは『平和』ために使おうと考えている者達です」


 沖人は『平和労働者会』という勢力の掲げる願いが正しいと思った。死んだ人間を生き返らせたいだけの自分の願いなどよりも、全てを救い、『平和』のために光玉を使う道が正しいと思った。

 だから、沖人は尋ねることにした。


「石見さん、俺はその『平和労働者会』の人達が言っていることが間違っているとは思えない。石見さんはどうして俺達の……いや、俺の願いを叶えてくれようとしてるんだ?」


 沖人の質問に石見は驚いた顔をする。だが、すぐに微笑んで、


「それは『平和労働者会』の願いがあまりにも無謀だからです」


 と言った。

 石見の言葉に沖人は納得いかない。


「なんで? あの巨大な光玉なら無謀な願いでも叶うと石見さんは言ってたじゃないか!」


「ええ。ですが、私は思うのです。『平和労働者会』はあの巨大な光玉を、世界を平和にするために使おうとしている。ですが、それは不可能でしょう。なぜなら、大陸ごとに起きている異常は様々あり、その異常は他の大陸に干渉しない」


「そんなこと、どうして断言できるんですか?」


 大陸ごとの異常について、興味を示していた秀一が聞く。


「オーストラリア大陸があれほど走り回っているのに、他の大陸には何の影響もないからです。おかしいでしょう。あんな大質量が走り回って地震や津波が他の大陸襲うこともない。ならば、大陸ごとの異常は他の大陸に関与しない、もしくは関与できないと考えるのが自然です」


「だから、『平和労働者会』の願いは叶わないと?」


「ええ。彼らは崇高な志をもって、あの光玉を無駄遣いするでしょう。だから、『神人会』と同様に願いを叶える資格はない」


 いつになく厳しい口調の石見。そして、石見の説明は秀一の違和感をもっていたこととも一致しており、秀一はそれ以上言い返す気にはならなかった。


「何度も言いますが、あなた達の願いは、あなた達が考えてよりもずっと尊い。私は『神人会』や『平和労働者会』ではなく、あなた達に願いを叶えてほしいのです」


「……わかったよ。俺は石見さんを信じる」


 沖人はまだ石見の言葉に納得したわけではなかった。だが、石見が沖人達に嘘を言う必要はあるのかと考えて、疑う必要はないのではと思った。そもそも最初から東京にいた石見ならばわざわざ沖人達を連れて来てから騙す必要はないのだから。

 だから、沖人は石見の言葉ではなく、彼に奈々を生き返らせるチャンスをくれた石見を信じると決めた。

 石見は目頭を抑えて、


「ありがとう」


 とだけ言った。


「いや、そんな感謝しなくても……」


 石見の態度の変わりように戸惑う沖人。咲と秀一は肩を竦めていた。

 ――――そのとき。

 急にダン三郎の激しく、揺れた。


「きゃあっ!」


 咲が悲鳴を上げ、秀一が彼女の身体を受け止める。

 石見と沖人は慌てて、車外を見ると。


「逃げられるとでも思ったか!」


 乗り物に乗るでもなく、その身一つで、ダン三郎に追従する追手三人の姿があった。彼らの背中に翼が生えているわけでもない。彼らはまるでダン三郎の動きについてきているだけみたいに、ダン三郎との距離を一定に保って追従してくる。

 追手の身体には薄い光が身を包み、ベールのようだ。


「もう一回、行くぜ! 『突風よ、吹き荒れろ!』。ぎゃあっ!」


 追手の一人の言葉と同時、ダン三郎が再び激しく揺れる。


「くっ! ダン三郎になんてことを!」


 石見さんは下唇を噛みながら、悔しがり、沖人がそんな石見さんを宥める。


「大丈夫。ダン三郎はどこも破損していない!」


「ねえっ! ちょっとは女の子の心配もしなさいよ!」


 怒鳴る咲に、沖人は同じように言い返す。


「できない! 今はダン三郎のことでいっぱいなんだよ!」


「沖人の馬鹿!」


「咲もダン三郎のパッションが理解できれば、俺の気持ちがわかるはずだ!」


「わかんないしっ、わかりたくもないわよ!」


「二人とも静かにしてください! ダン三郎の邪魔をしないでいただきたい!」


「うるさいわよっ! 元はと言えば、あんたがこんなダンボールの乗り物つくるからでしょ!」


「ダン三郎を馬鹿にするのですか!」


「咲っ、それはいけないぞ!」


「だから、知らないわよ! バーカ!」


 追手からの追撃が襲ってきているというのに、ダン三郎についての討論が加熱する車内。

 それを黙って聞いていた秀一は沖人を見て、顔を歪めていた。だが、すぐに溜め息を吐いて、


「咲、その二人の相手をしても疲れるだけだって」


 と言った。咲は秀一の言葉を受けて、渋々引き下がる。

 …………。

 光玉に願い、突風を生み出した男は、いつの間にかいなくなっていた。


「あの馬鹿っ!」


「……突風を願うなら、反作用を無効にしてからやれよ。だから、突風で自分が吹き飛ぶ羽目になるんだ! というかあいつ光玉四つ持って来てたのか! 俺も自前で持ってくるんだった……」


 追手三人の内、一人が自滅。あとは女と男が一人ずつとなった。

 追手の男が、ポケットから小石を片手いっぱい持ち、光玉を手に声を張り上げる。


「俺がそのダンボールを穴だらけにしてやるよ! 『石達よ、どんな障害も突破して、ダンボールの乗員まで届け!』」


 小石がダン三郎に向かって飛んでくる。ダン三郎の高速で移動しているはずなのに、その距離は見る見るうちに詰められていく。


「みなさん、何でもいいので捕まってください! 今からダン三郎はあの石から逃れるために、回避行動をとります!」


「捕まれって言ったって!」


「どれにですか!」


 咲と秀一が叫ぶ。沖人はダン三郎に「いけるぞ、お前なら楽勝だ。がんばれ、ダン三郎!」とダン三郎を励ましていた。

 ダン三郎の背後に小石が接近。

 ――――瞬間。ダン三郎が上下左右、縦横無尽の軌道で、小石から距離をとろうとする。

 しかし、『ダンボールの乗員まで届け』という願いを叶えるために、小石もその後ろをつかず、離れず、ついていく。

 ダン三郎と小石。光玉のベールが二つを包み、光の線が舞う。

 ただし、このままではダン三郎が逃げ切ることはできない。

 次に、ダン三郎は地上付近に降りていき、森の木々、街の建物の間を縫うようにして、小石を振り切ろうとする。

 敵もさるもの。ダン三郎の軌道と全く一緒の動きで障害物を避けていく。だが、ここで願いの違いによって、ダン三郎と小石に差が現れ始める。

 ダン三郎には『どんなものにもぶつかるな』という願いが。

 小石には『どんな障害も突破して……』という願いが。

 つまり、ダン三郎はぶつからないが、小石は障害を破壊することも選択肢にあるのだ。

 小石は木々や建物を破壊しながら進むのに対して、ダン三郎はその隙により距離をかせぐ。

 ダン三郎と小石の追いかけっこはダン三郎に軍配が上がっていた。

 ただし。

 その超絶な動きに付き合わないといけないのは、敵も味方も一緒であり。


「死ぬ! 死ぬ! これ絶対死ぬ!」


 ダン三郎の出入口から見えてくる、空や地面、木々、建物、道路、信号といったものが次々と移り変わる光景に咲はとにかく叫んだ。


「もう……無理」


 秀一は静かに死期を悟り、黙ってしまう。


「「いけー! ダン三郎―!」」


 石見と沖人はダン三郎と小石との壮絶な戦いに、恐怖など吹き飛んでいた。

 対して、追手の男と女はと言うと。


「あんたっ、なんて願いしてんのよ!」


「すみません! 俺もまさかダンボールの奴がこんなにできるとは思わなかったんです! もう、嫌だー! 『助けてくれー!』」


 そして、小石に願った男が願いを暴発させ、脱落。緩やかに失速していき、どこかに消えていた。

 ――――結果。どちらも疲労することとなった。

 最後に残った追手の女は歯嚙みしながら、懐からナイフを取り出す。


「どいつもこいつも役に立たない部下ばかり。このままじゃあケント様の命令を遂行できないじゃないか」


 女は片手に光玉、もう一方の手にはナイフを手にして、光玉に願う。


「『私が手に持つナイフを自由自在に操れるようにしろ』。『ナイフよ、百倍大きくなれ』」


 願いを受けて、光玉は女の願いを叶える。

 ナイフは願いのまま百倍の大きさとなる。その大きさならダン三郎は一撃でも当てられると壊れてしまうだろう。

 ダン三郎には『壊れるな』という願いが込められている。


「それ、それ、それ、それー!」


 追手の女が手を振る度、それに呼応して巨大化したナイフがその軌跡に従い、ダン三郎に襲い掛かる。

 ダン三郎はそれをひたすら回避していく。

 何度も、何度も、ナイフがダン三郎を襲うが、ダン三郎は悉くそれを避ける。

 やがて追手の女にも疲労が見えるようになり、ダン三郎の前方に大きな光のドームが姿を現す。

 光のドーム。つまり、東京の人間によって生み出された、東京の中と外を別つ障壁であった。


「逃すかっ! 東京には入らせない!」


 光の障壁を見て、激しくナイフを振り回す女。

 その怒号を耳にして、石見が慌てて、


「なんとっ! もう東京についてしまったのですか! ならば早くあの障壁を越えられるように願わなければ……」


 と言い、背負っていたリュックサックから何かを探し始める。


「むっ……確か光玉はここにしまったはず……どうして見つからないんだ!」


 切羽詰まった様子の石見に、咲が恐る恐ると尋ねる。


「もしかして……このままだと入れない?」


「静かにしてくれませんか! 今は光玉を見つけないと障壁にぶつかってしまう!」


「なら早く見つけてください! 死んじゃうじゃないですか!」


「わかってますよ!」


 石見が光玉を探し、咲と秀一が障壁にぶつかることに怯えている中、沖人はダン三郎の応援を続けていた。


「いけー、ダン三郎!」


「沖人もいつまでやってるのよ! このままだと私達、死んじゃうのよ!」


「大丈夫だ。ダン三郎がついてる!」


 依然として、ダン三郎への信頼が厚い沖人。彼は咲や秀一、石見の焦りをものともせず、ダン三郎への応援を続ける。

 ――――その応援のために突き出した手に、光る玉を手に。


「ちょっ……どうして沖人君が光玉を持ってるんですか!」


 気づいた石見が沖人の手から光玉をひったくる。


「ダン三郎が傷ついたとき、余った光玉を使って救ってやろうと思っていた」


 まったく反省の意思を見せない沖人に、石見は青筋を立てる。


「この光玉は余っていたわけではありません! 東京に入るためには欠かせないものなのです! あと、ダン三郎を心配してくれてありがとう!」


 怒りと感謝が入り乱れる石見。咲と秀一は安心して力が抜けていた。

 そして、石見はすぐさま光玉を手に、願う。


「『ダン三郎とその乗客を東京に入れてくれ』」


「くそ!」


 ダン三郎の背後から障壁の前で立ち往生する追手の女の姿がある。彼女はダン三郎を破壊することに集中しすぎて、ここに来るまでに光玉の願いを使い切ってしまい、障壁の中には戻ることができなかったのだ。

 かくして。

 光玉特急ダン三郎は無事、乗客を東京へと送り届けたのだった。


次話は5時です。

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