4 いざ、東京へ! 光玉特急ダン三郎
十一月二日。早朝。
まだ暗い内から沖人は家を出て、昨日石見が集合場所として場所へと赴いていた。あの道は沖人や咲、秀一にとってもよく近道として利用する場所なので、迷うことはなかった。
沖人が集合場所に着くと、咲と秀一が既にいる。沖人は彼らに近づきながら足元にまだサンタクロースの帽子が残っているか確認する。もし帽子は残っていなければ石見が既に東京へと旅立ってしまったかもしれないからだ。
幸いサンタクロースの帽子はまだ残っていたので石見がもう到着していて、沖人達を待てずに出発した、ということはないようだ。
沖人は安堵の溜め息を吐く。
というのも、あの石見という小柄で薄毛な中年のおじさんは格好よく沖人達に考える時間をくれたことはよかったけれど、あの笑顔は信用に値しないと沖人は思っていたのだ。
「よかった。石見さんはまだ来てないか」
「当然でしょ? まだ約束の時間には一時間以上あるわよ」
沖人の言葉に咲が答える。そう、三人とも集合時刻よりもかなり早く到着していたのだ。
「仕方ないよ、咲。僕らだって石見さんをまだ信用しきれていない。あんな怪しい格好した中年のおじさんの言葉を全て信用なんてできるわけない。念のため早く来ておいて、『待っても来なかった』なんて言われて約束を反故にされるのは嫌だからね」
「まあ、そうよね」
「なんだよ。三人そろって疑っていたのか」
三人は笑い合う。
石見はそれから予定通り朝七時ちょうどに息を上げながら、走りながら到着した。背中にはリュックサックを背負っていて、服にはデカデカと救世主と書かれていた。
「いやー、お待たせして申し訳ない。少しお色直しに時間がかかってしまいました」
石見はズボンのポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭いながら言う。
「お色直しって絶対嘘だろ」
沖人が言った。
「いや、沖人。そうすぐに結論を出すのはいけない。石見さんにもどこかお色直しできる場所があるはずだよ」
「あるわけないでしょ。見てみなさい。どこか変わった? 秀一もふざけるのはやめて」
「そうだね。やっぱりないかもしれない」
「当たり前だ」
秀一による石見の弁護も咲の言葉で無駄に終わる。そして、たった一言の冗談から高校生達にここまで容赦ない攻めを受けるとは想像していなかったのか、石見は口をつぐんで泣きそうになっていた。
「あ、やばい。咲も秀一もやめろ。見ろ、石見さんが帰ろうとしてるぞ」
「みなさん止めないでください。私は今から帰ってお色直しを勉強してきます。そして、私が立派なお色直し職人となった暁には一緒に願いを叶えに行きましょう」
そう言って、帰ろうとする石見。その後、消沈する彼を必死になって宥めることで、なんとか帰ることは止めることはできた。しかし、高校生から励ましを受ける中年のおじさんというのも充分帰宅する理由になるのだが、どうやら石見はそれには気づかなかったようだ。
石見は落ち着きを取り戻してから、
「では、最後にもう一度だけ問います。あなた達は本当に東京に行って、願いを叶える気がありますか?」
「ああ」
沖人が答え、咲と秀一がそれに追従して頷く。
「しかし、何度も言いますが叶えることができる願いは一つだけですよ? それでも行きますか?」
「……行く。そして、俺は恋人を……奈々を生き返らせる!」
「別に私に言わなくともよかったのですが……」
「いいよ。手伝ってくれる人に何も伝えないのも嫌だし」
「そうですか。三人とも願いは『奈々さんを生き返らせること』でよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「ええ」
確認をする石見に三人は言った。
石見は三人の結束に眩しい輝きを感じ、目を細める。
そして、ハンカチを取り出したのとは別のポケットから一枚枚の紙を取り出した。
「これは私の個人的なお願いであって、別に嫌ならばやらなくても東京に行くことにも、願いを叶えることにも支障はないのですが……」
石見の取り出した紙は白紙だった。何かの説明書でもなく、ただの白いだけの紙。
「この紙にあなた方の紙に名前を書いてはもらえないでしょうか?」
石見はそう言って、手渡す。
「名前?」
呟いてから沖人は自分達がまだ石見に対して名乗っていないことを思い出した。咲と秀一もそれは同様だった様子だった。
「わざわざ書かなくても俺たちが名前を教えればいいだけじゃないか?」
「いえ、出来ればあなた方に書いていただきたいのです。これは私がこれから願いを叶える手伝いをした者達の記録であり、思い出となります。あなた方には理解できないかもしれない。ですが、妻と離婚し、娘とは会えず、会社を首になった私にはこの紙こそが生きる拠り所となるのです」
出来ればという言葉を口にしているが石見の名を書いてほしいという要望はそんなに軽いものではなかった。彼の真っ直ぐな瞳を見て、沖人はそれを確信する。
「わかった」
沖人が率先して、石見からボールペンを借り、名前を白紙に書く。それに続いて咲と秀一も名前を書く。石見は沖人に背を向けて、沖人達が書いた名前をしばらく凝視していた。名前の紙を見続けて、あまりにもずっと動きを止めるものだから、心配した咲が声をかける
「石見さん?」
「ああ、すみません。嬉しくてつい……。ありがとうございます。あなたが茅打沖人さん、あなたが松原秀一さん、あなたが芦屋咲さんですね」
三人の名前が書かれたそれぞれの紙を大事そうにリュックサックから取り出したクリアファイルにしまう。
それから石見は場所を変えると言った。
「まあ、それほど距離はありません。五分歩いたところに東京に行くために必要な乗り物があるのです」
反対する理由もないので、沖人たちは石見に随行し、ボロボロの廃工場の前に来た。
「ここです」
石見はキョロキョロと廃工場と沖人たちを交互に見る。その顔はいかにも早くその乗り物というのも紹介したいというように見える。
「それで、俺たちはどんな乗り物で東京に行くんだ?」
沖人が言った。
石見は待っていたと言わんばかりに廃工場の扉を開く。
「よくぞ聞いてくれました! このまま誰も尋ねてくれなかったならば、私が勝手に喋り出していたことでしょう!」
「うわっ! いきなり騒がないでよ!」
石見が急に声を張り上げ、咲が驚く。しかし、石見は気にした様子もなく、ライトのない廃工場の中へと歩いて行く。
「東京へはこの……ダン三郎で向かいます!」
石見が指差す先にはクラフト色の新幹線のような先鋭的なフォルムのものがある。大体幅と高さが二メートルほど、長さは四メートルほどあり、四人でも乗れそうなサイズだ。細くなっている先頭には二つの黒塗りされたつり目。しかも無駄に丁寧に塗られている。
しかし、咲と秀一はそれを見て、冷たい視線を石見に向けていた。
「石見さん、これどう見てもダンボールだから」
「流石に手作りのダンボールで東京まで、というのは笑えないね」
「ええ、確かにダン三郎とはダンボールです。ですが、それが何か? 咲さんと秀一さんはダン三郎がただのダンボールだと思っていられるのか!」
今まで一番鋭い視線を向けて石見に、咲と秀一はなぜか自分たちが間違っているのだろうか思ってしまう。
「ダン三郎は昨日私がつくり上げた最高傑作です」
「昨日?」
「勘違いしないでいただきたい! ダン三郎をこれまでの失敗作、ダン太郎やダン次郎と一緒にしてしないでいただきたい!」
「石見さん……僕らはそのダン太郎もダン次郎も知らないから。勘違いもしてないから」
「それでダン太郎とダン次郎はどうなった?」
沖人は真剣な表情で石見に問い詰める。
石見は悔しそうに言う。
「ダン太郎は空飛ぶ絨毯をイメージしたシンプルなデザインの力作でした。しかし、すぐに私を残してどこかに飛んで行きました。ダン次郎は箱型にして風から乗員を守る安全重視のものでしたが、これも私を残してどこかに飛んで行ってしまったのです」
石見は続ける。
「ダン太郎は破損しました。ダン次郎は依然として行方不明なので今でも守る乗員のいない孤独な乗り物として無限の空を彷徨っているかもしれません」
「普通に潰れたんじゃない?」
「咲っ!」
沖人が咲を睨む。
「な……何よ」
沖人は沈痛な面持ちで言う。
「ダン次郎が潰れたなんて言うな。ダン三郎を見ればわかるはずだ! 石見さんがダン次郎をどれだけ愛していたかが」
「はあっ?」
こいつは何を言っているのかと、咲は目で秀一に問う。
「咲、諦めた方がいい。こういうときの……、変なことに感化されたときの沖人の鬱陶しさに真っ向から対立しても疲れるだけだよ」
「沖人さん! あなたはダン次郎のことを心配してくれるのですね!」
「もちろんだ! ダン三郎こそがダン次郎の素晴らしさを物語っているじゃないか!」
「そうですとも! ダン三郎は私の最高傑作。沖人さんには私がどれだけダン三郎を思い込めたのか、わかりますかっ?」
「わかるに決まっている! ダン三郎から迸る石見さんのパッションが俺には見える! そして、ダン三郎自身のパッションが必ず俺達を東京へと導くはずだ!」
ダン三郎によって、あっと言う間に意気投合してしまった沖人と石見。その二人の様子を冷ややかに見ていた咲と秀一は言う。
「私……あれに乗りたくない」
「それは僕もだよ。あれに乗って東京に辿り着く気がしない」
しかし、ダン三郎に熱いパッションを感じているらしい二人が耳を貸すはずもなく、ダン三郎に乗ること回避できなかった。
「まあ、安心してください。ダン三郎は未完成。ここから光玉の力によって、真の姿へと生まれ変わり、ダン三郎は光玉特急ダン三郎へと昇華します」
「へー」
咲は適当に返事をする。もうどうにでもなれといった様子。
石見はリュックサックから黄色の結晶を七つ取り出す。
「これが結晶化した光玉です。物質化した光玉は所有者のもの。他人が使用することも可能ではあります。ですが、それには所有者の許可が必要です」
石見は「説明はこんなところですかね」と言って、結晶化した光玉を一つ手に取っては願いを口にしていき、その度に光玉は一瞬、眩く輝き、消えていく。
石見の願いは列挙するとこういうものだった。
『ダン三郎に風除けがほしい』
『ダン三郎よ、壊れるな』
『ダン三郎よ、どんなものにもぶつかるな』
『ダン三郎の車内安全』
残った三つの光玉はダン三郎に乗ってからだそうで、四人はダン三郎の後ろにある入り口に立つ。
「ホントにこれで行くの?」
依然として嫌がる咲。秀一は諦めているようで、「仕方ない、仕方ない」と自分に言い聞かせている。
「当たり前だろ。ダン三郎を信じろ! こいつのパッションは本物だ」
そして、依然としてダン三郎に魅せられている沖人。
そこに乱入する者達がいた。
「ケント様が外から自衛隊や警察を呼ぶかもしれないから処分しろって言っていたから、来てみたが……」
「まさか若者三人連れて東京に戻るとは拍子抜けですね」
「いいじゃないですか。どうせ自衛隊に警察とやり合うには所有を許された光玉はあまりに少なかったんですから」
廃工場の入り口前に長い黒髪の女が一人とその取り巻きらしく男が二人いた。
彼らは一様に手にさっき石見が手にしていた光玉を手にしていた。
「三人とも急いでダン三郎に乗ってください!」
焦る石見だが、沖人たちは彼らが何者なのかわからず、反応できない。
「早くしてください! あれは東京の追手です!」
石見がもう一度急かすことでようやく事態を把握した三人は言われるがままダン三郎に乗り込む。
「あんな若者三人だけなら逃しても問題なさそうだけど、一応、ケント様からの直々の命令だからね。『神人会』としては引くわけにはいかないよ」
光玉を手に口に開こうとする追手たち。
沖人たちの後に続いて、石見も慌ててダン三郎に乗り込んで、
『ダン三郎よ、空を飛べ』
『ダン三郎、新幹線のように走行しろ』
『ダン三郎、目的地は東京タワーだ』
「やばい! あのおっさん、既にあのダンボールに光玉を使って準備終えてやがる!」
追手の男が叫ぶ。
石見の願いを光玉が叶える。
ダン三郎が宙に浮き、廃工場の入り口を『ぶつかる』ことなく潜り抜け、どんどんと高度を上げていき、やがて高速で東京へ向けて疾走し始めた。
そのとき、ダン三郎はジェットコースター以上の軌道を通ったけれど、『車内は安全』に保たれる。結果として沖人たちは無事に東京へと向かって出発することには成功した。
ただし、『神人会』という追手付きではあるけれど。
次話は4時です。