Area《4-13》
「…………こんな終わり方は、私は望んでいなかったですよ」
王城の最上階、バレンス国王の居室に入ったリリーシアは、複雑な感情でつぶやいた。
その視線の先には、二つの縄と、そこに垂れ下がっている二つの死体。
「バレンス国王と、王妃、ですわね…………ガロナが負けたことは伝わっていたのでしょうね。その時点で首を吊ったようですわ。……何にせよ、リリィが気に病むことではありません。……誰かが為さねばならなかったのですから」
「……はい」
コルウェは気に病む必要はないというが、自身の選択だということは決して忘れてはならないことだと、リリーシアは思う。
自身が正義だなどということはありえないのだ。
バレンス国の計画が頓挫することによって救われる人がいれば、不幸になる人もいるのだろうということは、意識しておかなければならない。
その上で自分の通したい道を通す。難しいことだが、それが自分の望んだ生き方なのだ。
「外部出力、あったぞ、師匠」
リリーシアの思考を断ち切ってくれたのはゼラであった。
外部出力とは、王城内部からの音声や映像を王城外、つまり首都へ流すための設備である。
「ありがとうございます、ゼラ。拡声結晶と……大画面に出力できる映像結晶もありますね」
要は王城の前に巨大なスクリーンを表示して音と映像を流す装置なわけだが、テレビもインターネットもないこの世界において、どの国の城にもかなりの確率で装備されている設備らしい。
「馬車組も到着して、もうすぐここへ来るそうじゃ」
「……では、彼女らが来る前に部屋を綺麗にしておきましょう」
王城の警備兵たちはあっさりと降伏した。それもそのはず、ガロナが死亡し、王族全員の命が絶たれたのと同時に複製騎士が雲散霧消してしまったのである。
元来無理のある術式だったわけだが、この地に複製騎士を縛り付けていたのは王族との魔術的なつながりであったらしい。カズエラスの討ち漏らしや、他にもあるであろう複製施設の個体も全て消滅していたらいいなあ、というのがリリーシアの希望だ。
そんなことを考えているとドアがノックされ、セレネ、ミコト、アマレが入ってきた。
既に死体は片付けられ保管されている状態になっていたが、部屋に薄く漂う死の匂いはそうそう部屋からなくなるものではない。
ゼラから手短に説明され、一瞬驚いてから納得するセレネとミコト。
「……それでは、セレネ、コルウェさん。よろしくおねがいします」
「ええ、あとはお任せください、リリィ」
「よくやってくれました、リリーシア。あとは、私達が」
コルウェとセレネに微笑まれ、頷いて返すリリーシア。
外部出力設備に魔力を通すと、窓の外に大きなスクリーンが展開され、変装を解いたセレネとコルウェの姿が大写しになる。
そこで語られたのは、おおよそは先に頒布した号外で語られたことと同様の内容と、今回の王城で起きた事の顛末。
そして、バレンス国の中枢の欠如に対して、バツェンブールとグランデの二国から人材を派遣し、国を治めるということ。
後ろ暗い部分の調査には長い年月がかかるだろうが、必ずこの国を綺麗な状態に戻してみせるということ――。
その演説を聞きつつ、リリーシアは部屋の隅でアマレと向き合っていた。
「ぜんぶ……おわった、の?」
「……はい。全て。でも……まだ、全てではありません。貴女の”これ”を消す、大事な仕事が残っていますから」
「消せ……る?」
「――はい、必ず」
アマレの半身を覆う黒い紋様。超級の解呪魔術でも消えなかったものだが、今のリリーシアには解呪の方法が既にわかっていた。
「魔術で介入する必要はなかったんです。その紋様は、《終末》の黒い魔力流が身体の中に定着して、滞留しているもの。そんな魔力がいられなくなる量の魔力を外部から注ぎ込んで、追い出す。それこそが、唯一の解呪方法。……アマレ、額を」
アマレにはリリーシアの言っていることは半分もわからなかったかもしれない。
けれど、アマレは素直に目を閉じ、額を差し出す。
「……、失礼します」
本当は魔力は物理次元に存在するものではなく、物理次元に重なるように独自の次元に存在している。だが、人間が魔力を意識する時は物理次元で意識したほうがわかりやすいもの。つまり、魔力を注ぐには”注ぐ”ということを強く意識できる形が望ましい。
そういう理由で――と理由を脳内で説明しながら――リリーシアはアマレの額にくちづけた。
身体が触れることで、アマレの魔力の流れを感じる。その半分が、どす黒いどろりとした流れに侵されているのが見える。
魔術師ではないため活性化していない魔力の流れは、外からでは紋様という形でしか認識できなかったが、今ならばはっきりと把握できる。。
リリーシアが、魔力を注ぎ込む。身体の触れ合った部分から流入させた魔力を操作し、どす黒い流れを押しのけ、置き換えていく。
「っ……」
身体の中で魔力が蠢く感覚は全く慣れない感覚だろう。ぴくり、ぴくりと反応するアマレをリリーシアは優しく抱く。
更に魔力を注ぎ込む。
アマレの身体を蝕んでいた黒い魔力流を完全に吐き出させる。その後、自身の魔力をアマレのものと混ぜ、自然なものにしていく。
「……終わりました」
リリーシアが身体を離す。
その頃には、アマレの半身に浮かんでいた黒い紋様は完全に消え去っていた。
「……きえ、た……きえた……! ありが、とう、ママ……!」
「いえ、上手くいってほんとうによかっ、え、ママ――!?」
気づけば、リリーシアは飛び込んできたアマレに唇を奪われていた。
一瞬であったが、リリーシアは顔を真っ赤にして固まってしまう。
「アマレ、全て治ったのですね。よかった、です。……師匠? どうしたのです?」
「い、いえ。なんでもありませんよ、ミコト。……演説のほうも終わったようですね」
「はい、です。忌み子はもう発生しないということと、暮らしの見直しを行っていくということで、街から歓声さえ飛んでいる様子、です」
「流石ですね、あの人達は……」
本当にかなわない、と思いつつ。
「この国ともようやくおさらばですね」
「ごめんなさいね、私の用事で長居することになっちゃって」
事件から一ヶ月後。諸々の調整とバツェンブールからやってきた後任への引き継ぎを終わらせ、一行はやっと帰還する流れになっていた。
「いえ、個人の用事などではないのですから、仕方がないですよ……しかし、コルウェさんもこっちについてくるんですね……、国のほうはうるさくないんですか?」
「よゆーですわよ、うちの人間にはバツェンブールと親交を深めてくると理由をつけて言いくるめておきましたので」
「親交ならもう十分深まってるでしょう……まあいいですけど」
リリーシアがためいきをついていると、アマレが小さく袖を引っ張る。
「ママ、わたしもついていって、ほんとうに、いいの?」
アマレはリリーシアにひどくなついたらしく、ママと呼ばれてから完全に呼び方が定着してしまっていた。
曰く、そばにいて頼りになるからだそうだが、リリーシアとしては複雑な顔にならざるをえない。
「当たり前じゃないですか。私の工房――家はまだ空きがありますから、賑やかな方がいいでしょう? ミコト、ゼラ」
「賛成、です」
「おうよ。ゆくゆくはわらわの槍術でも教えてやるとするかのう」
「…………六人いて槍使い三人というのは、なんかバランス悪くないですか? ゼラ」
なんじゃと、とゼラが反論したり、アマレが愉快そうに笑ったり。
極めて賑やかに、帰りの旅路が始まるのであった。
書き溜め連投ここまでです。またちまちま更新していきますので興味があればよろしくおねがいします。




