Area《4-12》
「――せいッ!」
先頭のランスチャージを躱したリリーシアが自身の長剣《女神の祝福》で人馬騎士を一閃する。
ただしその一撃は騎士がすばやく構えた盾に吸い込まれ、黒い盾の半分を切り飛ばすだけにとどまってしまう。
「な、硬い――!?」
「リリィ、この騎士たち、この空間から供給される魔力流でかなり強化されていますわよ!聖属性にも耐性が付与されて――!」
コルウェはといえば、聖属性の攻撃魔術|《光輝浄化槌》で人馬騎士を迎撃しているところであった。
光の柱が伸び人馬騎士に衝突する。だが、直前で突撃を中止し盾を構え踏ん張ったことにより、盾をほとんど溶解させながらも必殺の一撃を耐えることに成功したのである。
(隠密行動のため補助魔術を掛けていないのが仇に……!)
リリーシアは焦りつつも、ランスチャージの波状攻撃を捌き続ける。
「――コルウェさん!」
「――ええ、時間稼ぎは私に任せてくださいませ。――聖光系詠唱魔術:《聖槍郡投擲/自動追尾》!」
とっさに呼んだリリーシアの背中に、コルウェの背中が重なる。
コルウェの召喚した光の槍が周囲の人馬騎士に殺到し、撃破はできないながらもそれぞれの体勢を大きく崩す!
「《術式合成:上位》宣言! ――略式詠唱:術式三重合成《勝利へ導くは我が蒼の剣》――!」
術式合成の略式詠唱はただでさえ大幅に魔力を消費する。その上に魔力を上乗せし、干渉力を増幅したリリーシアの合成魔術が発動する!
自身の半分にもなる魔力を一度に消費し意識が落ちそうになりながらも、リリーシアはなんとか耐える。アリアンロッドとカドゥケウス・リリィに蒼い力が宿り、同時に周囲の空間が氷に覆われはじめる。
「周囲に満ちた魔力流を駆逐できたわけではありませんが……今なら!」
「ええ、流石ですわね、リリィ――行きますわよ!」
とん、と軽い足取りでリリーシアの背中を離れたコルウェ。その手に持つカドゥケウス・リリィから光の刃が伸びる。
「――聖光系詠唱魔術:《聖浄剣》」
本来は武器に光の力を宿し、威力を増大するだけの魔術。だが、コルウェの持つ能力を発揮すれば、物理世界に干渉する刃を現界することができる。
「――敵では、ありませんわね!」
身長ほどもある刃を振ると、コルウェに向かってきていた人馬騎士が何体もまとめて両断される。殺到する第二波は、くるりと舞うように振られた二振り目で残らず切り捨てられる。
「では……私も! 氷雪系詠唱魔術:《氷槍郡招来/威力最大》――!」
リリーシアが詠唱すると、人馬騎士の突撃槍よりも更に太い氷の槍が幾重にも展開され、飛翔。突撃槍による相殺も盾による防御も意味をなさず、全てを貫通して風穴を開ける!
『やはり、この程度では死なぬ、か。そうでなくてはな』
人馬騎士を形成していた黒い魔力流が部屋の奥へと集まり、吸い込まれていく。
『《蒼》のリリーシア。貴様は直接私が殺す。――それを以て、私の覇道に立ちふさがった罪の償いとしよう――!』
「ガロナ・バレンス。……貴方はどうして、こんな――」
リリーシアが言葉を紡ぐより早く、リリーシアの背後から刃が強襲する!
それをなんとか捉えたリリーシアはアリアンロッドで受け止め、切り捨てる。真っ二つになった黒刃は魔力流となり、空間に溶けていく。
完全に気配のない奇襲。否、気配と言うならば部屋の最奥からずっとガロナ・バレンスのものを感じてはいるが、刃は全く感知できない位置からの投擲であった。明らかに魔術によるものである。
「……とにかく、前へ!」
全方位を警戒しながら、リリーシアとコルウェは走る。前に出るほど刃の数と速度は上がっていき、回避しきれないものが少しずつ二人の身体に傷をつけていく。
略式詠唱の合成魔術ではもともと定着していた魔力流を押しのけることはできても、消失させることはできないらしい。速度と貫通力をかなり強化された無数の黒刃は、リリーシアをもってしても捌ききれない戦闘力を持ちながらも魔力の息切れを見せる気配がない。
「これは、チート、でしょう!」
「レイドボス、ってところですわね……! 適正レベルの装備が懐かしいですわ!」
泣き言を言っている場合ではないと知りつつ、漏らさざるを得ない二人。
そして、その二人の先に――鎧武者が立っていた。
黒く、妖しく光る鎧を身にまとい、左右の腰には二振りの大剣。兜の奥に微かに見える顔は、紛れもなくバレンス国第一王子、ガロナ・バレンスであった。
腕を組んで仁王立ちをし、全く動いていないように見える。しかし、リリーシアたちにゆっくりと観察している余裕はない。この間にも、無数の刃が飛来し行く手を遮っているのである。
郡系魔術を放っても同数の刃に相殺され、ガロナには届かない。むしろ剣戟と同時に魔術を行使している現状でやっと均衡が保たれている状態である。
「なにか、あと一手――あと一手あれば……!」
リリーシアが零した、その時。
「秘伝――薊蓮花」
空から、銀槍が突き刺さる。
「な、ゼラ――!?」
流星の如き速度で認識外から突撃したゼラが、鎧をまとったガロナの右肩に銀槍を突き刺していた。
「話は後じゃ、師匠、コルウェ、こいつをはやく――っ!?」
『邪魔を、するなッ!』
完全に右腕は潰せたようであったが、無事な左腕で剣を抜いたガロナの一振りで吹き飛ばされる。
なんとか槍を手放さなかったゼラだが、リリーシアとコルウェの分まで飛来する刃が集中する!
――ゼラが作ってくれたこの時間を、無駄にはしない!
リリーシアとコルウェは刃の群れが切れたこの瞬間に、同時に詠唱していた。
「聖光系超越詠唱魔術:《神祝福貫通槍》――!!」
コルウェの持つカドゥケウス・リリィが長大な光の槍に、
「氷雪系超越詠唱魔術:《氷神貫通斧槍》――!!」
リリーシアの持つアリアンロッドが研ぎ澄まされた氷の斧槍に、
「「投、擲――!」」
気付いたときにはもう遅い。祝福により音速に迫る速度で飛来する槍を黒刃と大剣で防御しようと試みるも、全てを砕き、二本の槍は深々とガロナ・バレンスの腹部に突き刺さっていた。
『なん――――』
「もう、貴方は終わりです。ガロナ・バレンス。本当は国民に貴方の口から話させるつもりでしたが。こんな様子では……討ってしまう他ありません」
『死ぬ、のか……俺が……俺、は………………』
「…………」
ガロナはまだ死にきれないという顔で、絶望、憎しみ、怒り、悲しみの混ざりあった声を漏らす。
左手で腹部の槍を抜こうとするが、槍に触れた先から魔力流になってどろりと溶け落ちていく。
「……あとはお任せなさい、道を誤った者よ」
コルウェが手元で聖印を切って、両手を合わせる。
すると、槍が光の粒子になって溶けていくのと同時に、ガロナの身体もともに光りに包まれて、溶けていった。
「……終わったかえ」
後ろから、銀槍を杖のようについたゼラが歩いてくる。
「――ゼラ! 大丈夫ですか!? どうしてこんな――」
「大丈夫じゃ。全く、自分で作った中級ポーションの性能を自身で確認することになるとはな」
そう言われてゼラを見ると、全身血まみれだが、確かに傷はふさがっているように見える。
「――ミコトがの。こちらは自分とセレネがいるから大丈夫だ、師匠らを助けに行ってくれ、とな。わらわを送り出したんじゃよ。――役には立ったじゃろ?」
「ミコトがそんなことを……。ええ、本当に、助かりました。あと一手があれば、と天に拝んでいましたから……」
「全くですわよ、ゼラ。本当にありがとうございます。でも、その様子だと骨折が治っていないのではなくって?――聖光系詠唱魔術:《聖祝福》」
治癒のかかる感覚に、顔をしかめるゼラ。
「ぐ……」
「でも、こんな無茶はこれっきりにしてくださいよ、ゼラ。大切な仲間が傷つく姿は、見たくないですから……」
「ぐぬ…………ああ、心得た。……師匠らも無茶をするなと言いたいがな!」
照れた様子でフンと鼻を鳴らしたゼラは、一人で歩きだしてしまった。




