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Area《4-11》


「さて。上手く行っているといいんですが」


 バレンス国王族を告発する号外を頒布した翌日の朝。

 バレンス国首都バイヤレースの外れの、とある宿屋の一部屋でリリーシアはつぶやいた。

 首都に号外を流すという手段を思いついた当の本人であるコルウェは、号外の反応を集めてくると言って外に出ている。


 どう考えても反逆罪に問われるような内容の号外を首都中の新聞ギルドから頒布させることができたのは、全て彼女の手腕である。

 どうやって新聞ギルドを説得したのか、リリーシアは全く知らないし想像もつかない。だが、コルウェに聞いても『貴女が気にすることではありませんわよ、リリィ』としか答えてくれないので、努めて気にしないようにしていた。

 ……コルウェの策を無駄にしないためにも、これ以上犠牲を出さないためにも、今日の突入作戦は必ず成功させねばならない。

 アマレにも、必ず助けると誓った。

「……よし」

「あら、気合十分ですわね、リリィ」

 リリーシアが気合を入れ直していると、コルウェがするりと扉を開け戻ってきた。

「ええ、まあ」

 少し照れて目をそらすリリーシアを見て微笑むコルウェ。


「……それで、反響はいかがです?」

「かなり大きいですわね。リリィがしっかり記録結晶で録画していたおかげですよ」

「持っていくように言ってくれたのもコルウェさんじゃないですか……。しかし、果たしてあの程度の情報でみなさんは信じてくれるものでしょうか。……何世代も前から国に騙されていたなんて」

「それはまあ、人それぞれといったところでしょう。元よりバレンス国は軍備の増強傾向が強く、税率も高め、情報統制も行われていたということも相まって不信感を覚えていた国民も多かったようですわ。……今までそれを表に出すことはなかったでしょうけれど」

「……なるほど。しかし、今更ではありますが……国が関わるような大事に首を突っ込むというのは、なかなかに重責ですね……」

「ま、リリィに一国の主が似合わないのは事実ですわね。解決した後のことは私や、セレネ王女にお任せなさい。私も彼女は立派な王女様ですもの」

「それも、そうですね。では――行きましょうか」

「ええ!」



 カドゥケウス・リリィを両手に構えたコルウェが、長い詠唱を行う。

 それは、現実を欺く術法。

 概念を歪め、局所的な世界を改変する。

「――《マボロシ》、と。成功ですわね。効果内容は『違和感の消失』。見えなくなるわけではないですけれど、私達の姿を見ても、少しの時間であれば何も見なかったことにする。多少の足音は聞き逃す。認識の書き換えですわね」

「長時間の発動だと、やはりそのあたりが限界ですね。……それでは、潜入開始です」


 外壁を超え、裏庭から侵入する。

 下調べでは、バレンス国王城は王城というだけあって区画はいくつかに別れており、かなり広い。

 コルウェの見立てでは構造に違和感を感じるのは中央の本棟だということなので、危険は承知の上でまず本棟を当たることにしていた。


「……なるほど、やはり複製騎士で溢れかえっていますね。人間の警備兵も多数いるようですが」

「指示を出すのは警備兵、実際の戦力は複製騎士といったところでしょうね。しかし、これだけ配置されているということはかなり警戒していただいていますわね。どうします、リリィ?」

「目標は事前の確認通り、本棟にしましょう。出来る限り静かに、丁寧に。二人で警備をクリアできる場所を優先して突破しましょう」

「……リリィ、貴女、人間は――」

 斬ったことはないのではないか、と言葉を濁すコルウェ。

「……覚悟の上です。気絶させたのでは、短時間で起きる可能性が少なくない。……やるしか、ないのならば」

「……わかりました。――では、本棟裏口につながる、あの通路から行きましょう」


 コルウェの提示したルートは警備は少なめだったが、当然無人というわけでもなかった。

 それらを音を立てず確実に処理しつつ、リリーシアとコルウェは王城本棟の隠し地下室に侵入していた。

 それなりに広く頑丈な作りだが、薄暗い部屋の中には一切の気配はない。

「この黒い魔力の残り香は――」

「ええ。《終末》のそれですわね。最近まで使われていた様子はあるけれど……」


 コルウェがそう言って一歩踏み出した瞬間、地下室の床が崩れ、崩落する――!


 床石とともに、リリーシアとコルウェは二十メートルほど落下。体勢を整えなんとか着地したのは、湿り気のある巨大な空間であった。暗い中に青白い魔術光がぽつりぽつりと灯り、ゆらめいている。


 リリーシアには、この雰囲気に心当たりがあった。

 忘れるべくもない、《終末》ニグル・ヘルヘイムの根城になっていた空間である。

 雰囲気はもとより、空間に満ちる黒い魔術の波動が問答無用でリリーシアの肌に突き刺さってくる。

 広く暗いため奥は見えないが、おそらく最奥に敵の首魁がいる。そう感じざるを得ない威圧感。


『ようやく、存在を捉えたぞ』


 空間に響く声。

 リリーシアの記憶している限り、ガロナ・バレンスのものと相違ない。

 ただし、その声色は以前会ったときとはまるで違う。負の感情の発露をまるで抑えない、憎しみや怒りに染まった声。


『貴様をここで始末する。そして、私の計画は万全となる』


 部屋の側壁から、続々と湧き出してくる黒い魔力流。無数に形造られるのは、龍を模した鎧を身にまとう四足の騎士。

 黒光りする大きな盾と突撃槍を構えた姿は、神話に語られるケンタウロスを思い起こさせる。


『――消えろ』


 その号令とともに、ランスチャージの構えを取った騎士たちが突撃を開始する――!

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