Area《4-10》
窓はなく明かりは青白い魔術光のみという薄暗い部屋で、バレンス国第一王子ガロナ・バレンスは黒い装束に黒いフードで身を固めた部下たちの報告を受けていた。
ここはバレンス国王城地下。正規の見取り図には存在しない、隠されたフロアである。
「……カズエラスが、襲われただと?」
「ハッ」
《蒼の旅団》のカズエラス襲撃から二週間の後、バレンス国首都のバイヤレースに届いた報せを部下から受け、ガロナは驚愕した。
旧カズエラス神殿はその昔に周囲の村落が途絶えた後、国の管理地帯に入ったまま完全に放置されていた施設であった。
周囲は森林に覆われ立地は首都から遠く、人も寄り付かない遺跡と化していたカズエラスを複製兵計画の拠点に使うと決めたのは五代前の国王であったとガロナは記録で知っている。
あの遺跡はかなり防備が整えられていた上に、中も外も複製騎士で溢れていたはずだ。
「被害は」
「……複製騎士はカズエラスに常駐していた者のうち四割が撃破され、地下の複製施設はその八割が、修復不能なレベルで破壊されました」
「なんだと!? そんな、馬鹿な話が……」
全くもって想像していた以上の内容に、ガロナは再び殴られるような衝撃を受ける。
ガロナが眉間にシワを寄せている間に、部下の一人が床に映像記録結晶を置き、起動した。
そこに映っていたのは、施設内の複製騎士のオリジナルたる死体を複製槽に浸しておくための装置。
だが、その装置は原型を留めないほどに破壊されていた。
粉々に割れた複製槽から床に調整液が一面に広がり、傍にあった大画面を持つ操作盤は内部の部品に至るまでバラバラに破壊されている。
誰がどう見ても、被害は甚大とひと目で分かる惨状であった。
そしてなにより――
「これは、備え付けの監視結晶の映像だろう? これ以前の時間には襲撃者も映っているのではないのか」
「いえ、それが……何らかの干渉を受けたらしく、完全に記録が消えているのです。他の監視結晶も同様です」
「なに……? 個別に干渉したのではなく、空間に魔術を展開していたというのか……? そんな高度なことが……」
バレンス国側が知る理由もないが、これはリリーシアの三重合成魔術《勝利へ導くは我が蒼の剣》の効果である。
この魔術に含まれる空間の理を書き換える魔術はホワイトリスト方式で魔術の行使に抵抗し、制限している。
これによって、ワイレムの攻撃魔術が発動しなかったのと同様に、魔力で駆動する記録結晶の動作も完全に阻害されていたのである。
(ちなみにこれらの監視結晶の存在について、リリーシアたちは全く気がついていなかった。戦闘補助のために合成魔術を発動していたリリーシアの入念な準備が思わぬところで役に立った形である)
「一体、何者の仕業なのだ……」
複製騎士はバツェンブール侵略のための戦力としてバレンス国が密かに製造していた兵器である。
一箇所のみで行っている計画ではないとはいえ、カズエラスはその中核を成す拠点であった。
生産数が最も多いだけではなく、主任技術者のワイレムも詰めているとなれば、その重要性も――
「そうだ、ワイレムは、奴は生きているのか!?」
「……それが、襲撃の後、生死を確認できておりません。崩壊に巻き込まれたか、あるいは――」
逃げ出したか、捕らえられたか。いずれにしても、状況はかなり悪い。
「……首都まで来る可能性は高いな。油断はできん、”アレ”を起動する準備をしておけ」
その命を受けた黒装束の男はごくりと唾を飲み込む。
「……了解致しました」
カズエラスに正面から乗り込み、その戦力をことごとく撃破し壊滅させた者たち。
人数も正体も不明だが、警戒するに越したことはない。
ガロナは今後の推移を想像し、つぶやく。
「……何にせよ、王城内でケリをつけられれば外にも漏れぬ。国民の意識の誘導も上手く行っている。……もしも侵入者がバツェンブールの手の者ならば、上手く仕立て上げればバツェンブール侵略の足掛かりもなろう。そうすれば、適合者セレネ・バツェンブールも我が手に……」
所詮は賊。どうとでも対処できるだろうと勝手に想像を膨らませていたガロナの思考は、部屋をノックする音で途切れた。
特殊な符丁のノック。反応した部下が解錠し扉を開けると、そこにはいくぶんか焦った様子の部下が立っていた。
影で暗躍する黒装束ではなく一般的な街人風の装束を纏ったその男は、バイヤレース市街の情報収集を担当していた者のはずだ。
定時報告の時間ではない以上、市街担当の者が急にこの部屋を訪れるということは、何を意味するのか。
「何があった」
「ハッ……これを。今朝方より複数の新聞ギルドより大々的に頒布されているものです」
その男が提出したのは、号外の新聞と、映像記録結晶であった。
バレンス国に限らずバツェンブールやその他の国でも、この世界での告発やスッパ抜きといったものは新聞と映像記録結晶の組み合わせで行われることが多い。
なぜならば、映像記録結晶は映像と音声を記録できるビデオカメラとしての機能を持つのに加えて、情報の改竄が極めて難しい――実質不可能――という性質を持つ。結晶に偽の映像記録を噛ませる術は誰も発見できておらず、干渉できたとしてもリリーシアがやったように記録を抹消するのが関の山である。
そして、映像を撮影する記録結晶はそれなりに高価だが、その映像を複製して保存・再生するだけの結晶はかなり格安で手に入る。
そういった理由で映像記録結晶と詳細を報じる新聞の組み合わせは、証拠能力を備えた告発手段としてこの世界では一般的であった。
その内容は――
「これ、は」
ガロナが目を見張る。
映像に映っているのは、複製騎士に警備されている旧カズエラス神殿の外観と、各施設を事細かに撮影した内部の映像。
複製槽に死体が浮かんでいる光景だけでも市民にとってはかなり衝撃的であろう。しかし、本命はその後の映像であった。
切り替わった映像の中心には、驚愕し立ち尽くすワイレムの姿。
『……貴様が、そうか……その力……報告は本当だったということか。危険だ――』
『わかっていただけたようで。……それでは、お話を聞かせていただけますか? この神殿のことや、この国の《終末》がやっていることとか』
そして、ワイレムを追い詰める者の声。
自殺を図ろうとしたワイレムの短剣が横から伸びてきた銀槍によって貫かれ、完全に追い詰められる。
それから語られるのは、嘘偽りなく、この国の裏社会で行われている計画の全貌であった。
忌み子の真実。バツェンブール侵略計画。《大疫病堕とし》。
全てを語り尽くし、ワイレムが項垂れたところで、映像は終了する。
映像の再生が終わってからしばらく、ガロナは何も言わずに結晶を見つめていた。
その表情は次第に、怒りに染まっていく。
「《蒼》。……奴の……仕業だ」
忌々しい者の声。それを忘れるはずがない。バツェンブール王城で冷たく自身を跳ね除けた者。《蒼》のリリーシア・ピルグリム。
「……号外新聞程度であれば、情報統制は可能だったでしょう。しかし、映像記録結晶による証拠と、大疫病堕としを裏付ける公的な資料の提示。これでは……」
情報を分析した黒装束が言葉を濁す。
「たしかに」
ガロナは、血走った目を見開いて、言葉をこぼす。
「たしかに、痛手だ。これは。クク……上手くやったものだ、冒険者風情が。だが」
拳を握りしめる。
「だが、これは好機だ。奴は詰めに必ずここへ来る。ならば、我等は自陣で奴と対峙する。最も有利な条件でだ。そこで奴を――《蒼》を殺す。情報統制など、その後どうとでもできるッ!」
握った拳から、黒い魔力が漏れる。
「ここが、我等の人生において、この国の歴史において最大の山場と心得よ。――迎撃の準備にかかれ」
ガロナは、静かにそう宣告した。




