Area《4-8》
ワイレムは驚愕していた。
《蒼》の二つ名を持つ冒険者リリーシア・ピルグリムの噂は、《終末》の情報網のみならずバレンス国の表世界にも流れてきていた。
闘技場で強力な戦士を氷柱魔術の一撃で倒しただの、王城に攻め込んだ数十万の骸骨兵を一人で殲滅しただのという噂話が(脚色されている節はあるものの)全て本当であるということを、ワイレムは《終末》の裏取りで把握していた。
だが、それでもなおワイレムは半信半疑であった。その戦果のいくらかは、ニグル・ヘルヘイムが自身の失態を誤魔化すためにでっちあげた嘘なのではないか、と。
だが、カズエラスに侵入してきたリリーシア・ピルグリムの能力は、本物であった。
人智を超えた能力を持つ竜の複製体を一撃で打ち倒す魔術詠唱者。
そんな存在がいてたまるかと、現実逃避しそうになる自分に鞭打ってすべての手を尽くしたが、結果として自分は今追い詰められてしまっている。
ワイレムは、後ろ盾がなければ基本的に小心者であった。
少しでも生きながらえることになるなら、いずれ組織に消されるとわかっていても、今を切り抜けるため自分の知っていることを話してしまおうと考えるほかなかった。
「……なるほど。おおよそは把握できました」
リリーシアが、渋い顔で頷く。
ワイレムからもたらされた情報は、どれも彼女の眉間の皺を深くするようなものばかりであったが、まず最も驚かされたのは、《終末》がバレンス国王族と深く繋がりがあるということであった。
この国の《終末》の活動資金や必要な資材、拠点などがほぼ全て国から支給されている程度には深い関係らしい。
そんな状況に至るまでバレンス国が《終末》と関わりを持つに至ってしまった理由は複数あるが、最も大きいのが目的の一致であった。
その目的というのがなんと――バツェンブールの打倒である。
交易をしたりと表面上は友好関係を保っているバレンスとバツェンブールであるが、バレンス国は本当のところ、バツェンブールの広大な国土と豊かな資源が欲しくてたまらなかった。
だが、バツェンブールは慎重な国だ。半端な覚悟と準備で攻め込めば、返り討ちに遭う可能性が高い。
そのため、バレンス国は十代も前の王の頃より、少しずつ着実に軍備の増強を図ってきた。
その一環で、バレンス国は《終末》と繋がった。
《終末》は深く根を下ろし研究するための資源や拠点を求める代わりに、バレンス国はその研究から得られる軍事力を求めたのであった。
《終末》の幹部たるワイレムも、死体再利用魔術の分野でバレンス国に貢献し、複製体騎士を量産していた。
異界化したこのカズエラス内で騎士が死亡した場合すぐに魔素に還ってしまうが、カズエラスから外に出した騎士は魔素が定着し、死亡してもまるで生物かのような振る舞いができる。
制御魔術の影響で行動は一定化されてしまうが、単純な戦力としてはかなり有用な技術だったのである。
「――ところで。この国で発生しているという《忌み子》。……あれも、《終末》の仕業ですか?」
極めて平静を装って尋ねるリリーシア。
「……他所から来た割に、物知りなことだ。そうだ、アレも《終末》によるものだ……副産物といったほうが正しいが」
「……副産物?」
ワイレムは、へらりと笑った。
「……わざわざバレンス国に来たということは、《大疫病堕とし》のことは知っているな?」
「パンデミック……フォール? それが、バツェンブール全体を蝕んでいる呪いの名前であれば、知っていますが」
「その認識で合っている。土地を蝕み、バツェンブールの国力を落とす大規模呪術が《大疫病堕とし》だ。……あれは強力な呪術だが、そう都合よくバツェンブールのみを襲わせるなど不可能。バレンスで発動する以上は、バツェンブールよりもむしろバレンス国のほうが強く呪いを受けることになる」
ワイレムの言うことはたしかに筋が通る。発動地点の中心が最も呪いの強い地点になるということは、バレンス国はバツェンブールよりも深刻な被害が出ていてもおかしくない。
「だがそんな馬鹿なことを受け入れられるはずがない。よってバレンスでは――その呪いの全てを、生まれる前の胎児に集めて封じている」
「な――」
驚愕に、リリーシアは目を見開く。
「《大疫病堕とし》は人体を蝕む呪い。それを集めるのであれば、まだ意識の薄い無垢な人体が最も抵抗がない。故にバレンスでは、極稀に発生する病という形で《忌み子》の存在を浸透させ、呪いの効果をしのいでいる。――簡単な話だろう?」
「なんてことを――!」
リリーシアは怒りのあまり腰の剣に手をかける。
バツェンブール全土を覆えるクラスの呪術を身体に集められた子供にどんな悪影響が出るかなど、想像に絶するものがある。
「くくく、今ワシを斬り殺しても意味はない。《大疫病堕とし》を発動しているのはここではないし、ワシでもない」
「じゃあ、誰が――」
「…………それはこの国の中枢、王城だ。 行けるものなら行ってみるがいい、バレンスを敵に回す覚悟が貴様らにあるのなら!」
くく、と壊れたように乾いた笑いを繰り返すワイレム。自分の語ることは終わったとばかりに、がっくりと項垂れてしまった。
「師匠、外から大量の気配が迫って来ている、です」
「……ここまでですね。……貴方もこれに懲りたら、こんな稼業からは足を洗うことです」
リリーシアの言葉には、反応はなかった。




