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Area《4-7》


「……誰です!」

 リリーシアが視線を向ける。


「誰だと問われて答える者がおるか? ――だが、ワシは答えてやろう」

 老人のぎょろりと開いた目は血走っており、とても常人とは思えない。

「ワシはワイレム。このカズエラスを統べる者にして――今から貴様らを殺す者だ」


 ワイレムと名乗った老人は両手に持った杖でカツリと床を鳴らす。

 その杖は魔術具らしく、突かれた場所を中心にして、魔素が震え、励起していく。

 ごぽり、と床、壁、天井のいたるところからかなりの速度で湧き上がっていく魔素。

 黒く淀んだ色のそれは見る間に形を変えていき、実体として顕現する。


「騎士の模倣体どもは片付けられるようだが、これはどうかな?」

 広間に現れたのは、その身体を骨で構成した竜。リリーシアのゲーム知識で言えば、屍骨竜リビングデッドドラゴンの姿が最も近い。その大きさは先に戦った火竜《ガヌトゥ・リ・デトゥール》よりは一回り小さいが、それでも竜の存在感というのは骨の身体になっても尚強大である。

「我がバレンス国の大ダンジョン《ハーレイベア墳墓》最奥のドラゴン《エメラルドドラゴン》、その屍体を再利用し複製した生ける屍体――《リビングデッド・エメラルドドラゴン》だ! 人智を超えた竜の力、味わうがいい!」

 ワイレムが杖をもう一度鳴らす。すると屍体竜は大きく咆哮し、火炎・雷電・水氷等数十を超える魔術を同時に展開する!



 ――古代から存在するハーレイベア墳墓の地下は、広大なダンジョンになっていた。

 その最奥にダンジョンボスとして生息したエメラルドドラゴンと死闘を繰り広げたのは、ワイレムが生まれる前の英雄パーティであったと言われている。

 その死体は朽ち骨だけになってバレンス国庫に保管されていたが、死体を再利用し複製するワイレムの研究が評価され、使用することが許された。

 試行錯誤の末、死体を複製し屍骨竜として制御できるようになったのはつい数年前のことだ。

 間違いなく、ワイレムの生涯での最高傑作である。

 人知を超えた竜の力という認識は決して間違ってはいないし、ワイレムの自信は慢心ではない。

 そもそも竜とは伝説に謳われる存在で、一般人には目にする機会すらない生物・魔物の頂点なのだから――



氷雪系詠唱魔術フロストスペル:《大氷鎚崩撃アイシクルオーバースマイト/威力最大マキシマ》――!!」

 だが、屍骨竜の展開した魔術が発動することはなかった。

 リリーシアが剣を抜き、撃ち放った魔術が屍骨竜を直撃する。

 魔術の持つ限界容量まで威力を高めた氷鎚が側面から飛来し、屍骨竜の巨体は簡単に吹き飛ばされた。

 轟音とともに石壁に激突した屍骨竜は身体が粉々に砕け散り、そのまま魔素となって溶け落ちてしまった。

「骨系エネミーには打撃属性攻撃というのは基本ですが――やけに手応えが軽かったような。……竜って、こんなものですか?」

 リリーシアが不思議そうな顔でワイレムに尋ねる。これは決して相手を馬鹿にしているのではなく、さらなる奥の手を警戒しての疑念だったのだが――


「い、一撃――!? 貴様、何をしたッ!!」

 伝説に謳われる存在が一撃で屠られる。そんな、ありえない光景を目にしたワイレムが驚愕し叫ぶ。同時に半狂乱で杖を叩きつけ、今度は一度に三体、再度魔素から屍骨竜が生成される。

氷雪系詠唱魔術フロストスペル――《氷柱群招来マルチプルアイスピラー/威力最大マキシマ》っ!」

 しかし、それらも全て出現した端からリリーシアの魔術によって打ち倒される。

 これは、純然たる能力値の差と相性が生み出した結果である。

 リリーシアは火竜との戦いによって得た戦利品で装備を強化し、戦力が高まっている。

 対する屍骨竜は複製された時点でオリジナルのエメラルドドラゴンより能力を減じており、さらには肉体を失い骨の身体となったことで魔術と打撃に対する弱点をも備えてしまった。

 それでもなお一般の冒険者であれば全く勝ち目のないほど強力な屍骨竜だが、刺突や打撃属性に富む氷雪系魔術を得意とするリリーシアにとっては一撃確殺の範疇に収まってしまうのである。

(なお、相手が十全な能力のエメラルドドラゴンであれば、リリーシア単体では楽に勝てる相手ではなかっただろう)


「……それだけですか。おそらくこの奇妙な複製術も何か対価を払っているのでしょう? もう抵抗をやめて、話をさせていただきたいのですが」

 リリーシアは剣を降ろして、ワイレムの元へ歩いて行く。そのワイレムは完全に腰が抜けて這いつくばり、驚愕に口を開けたままリリーシアを見上げていた。

「貴様は……何者だ……」

「悪者に名を聞かれて答える者がいるでしょうか。……しかし、貴方には名乗っていただきましたしね。私はリリーシア・ピルグリム。こういう暗部の調査に来た、冒険者です」

 リリーシアは既に剣をしまっているが、両隣で控えるミコトとゼラは槍を構え、ワイレムの一挙一動に警戒している。

「リリーシア、ピルグリム……な、なんだと……貴様がバツェンブールで暴れていた《蒼》か……!?」

「どのことを指しているのかわからなくて頭痛がしますが……そういうことです。もっとも、暴れていたのは私ではなく貴方のお友達――ニグル・ヘルヘイムさんだったのでは?」

 そう言いつつ、リリーシアは髪染色ポーションの効果を解除する。すると、黒髪に染めていた魔力が発散し、元の蒼い髪があらわになった。

「……貴様が、そうか……その力……報告は本当だったということか。危険だ――」

「わかっていただけたようで。……それでは、お話を聞かせていただけますか? この神殿のことや、この国の《終末》がやっていることとか」

 リリーシアはワイレムの傍に転がっていた杖を取り上げると、多少検分してから背負袋に仕舞う。

「そうはいくか。 貴様ら諸共――炎熱系詠唱魔術フレイムスペル:《炎球投擲ファイアボール》ッ!……なぜだ、なぜ発動しない! 《氷刃投擲アイスエッジ》! 《雷刃投擲サンダーエッジ》!」

「――この空間は、私の支配下です。範囲を狭めた代わりに効果量を強化しましたから、よほど頑張って魔力を注がない限りは不発に終わると思いますよ」

 それを聞いたワイレムの動きは素早かった。懐に手を入れると隠していたナイフを抜き、自身の喉に――

「やらせると思うたか。師匠はこういうところが大甘だが、我らが補えばいいことよ」

 ゼラの銀槍がワイレムの手を刺し貫き、ナイフの動きを止める。ワイレムは悲鳴とともにナイフを取り落とした。

「観念して、全て話せ。命を長らえたければな」

 ゼラが銀槍を突きつけてそう宣言すると、ワイレムは抵抗を諦めて項垂れた。

 そしてワイレムの語った内容は、リリーシアたちを驚愕させるものだった――

久しぶりの更新になってしまいました。またじわじわ更新していきたいですねー。


・《勝利へ導くは我が蒼の剣》の魔術のうち、空間を自身の支配下に置く魔術について。

自身の魔術の威力を増強する効果のほか、敵の魔術の威力を減衰させる効果等があります。

同等なレベル帯であれば威力が減衰するだけの効果ですが、低レベルの敵相手であれば威力を減衰させてそのまま発動をなかったことにすることもできます。

消費が若干重い代わりにそれなりに強力な補助魔術といった感じで、中レベル帯以降のファンタジアでは空間塗替え系の魔術は魔術詠唱職の必須技能です。

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