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Area《4-6》


 旧カズエラス神殿地下。

 異界化したその空間には、異様な空気が流れていた。

 床、壁、天井はすべて石造りで、特段怪しいものはない。だが、その空間にいるだけで、リリーシアは何とも言えない不安が湧き上がるのを抑えられなかった。



「……曲がり角、じゃな――っ、人の気配が」

 先頭を行くゼラが歩みを止める。

 随分と長い階段を降りてきたが、地上の戦闘が地下まで伝わっていたのだろうか、地下にも金属の足音がいくつも聞こえてきている。

「引きつけて一気に叩くぞ、師匠。――三、二、一……行くぞ!」

 リリーシア、ミコト、ゼラは曲がり角を一斉に飛び出て、直前まで歩いていた三人の鎧騎士を切り倒す。

 幾度か戦闘をしてわかったことだが、元々高級な素材を使って作られているリリーシアたちの武器は、《勝利へ導くは我が蒼の剣》の効果影響下では大した魔術的付与のない金属鎧なら両断できるようになっていた。

 短縮詠唱によって三割程度の効果量しかない合成魔術だが、伝説に謳われる火竜相手でもない限りはこの程度で十分のようだ。

「なっ、侵入者――ぐわッ!」

 倒れる身体を手で支えて、金属音が響かないようにしつつ、

「これは、あまり余裕はなさそうじゃな。敵に囲まれる前に、多少強引にでも歩を進め――!?」

 ゼラが驚愕し、騎士から手を離す。手で支えていた鎧騎士の身体が、ゆっくりと溶けて鎧ごと黒い液体になったのだ。

「っ、これ、は……?」

 ミコトがとどめを刺した鎧騎士も、同様に溶け落ち、足元の石床に吸い込まれていった。毒性などはなさそうだが、代わりに手応えもなく、まるでそこにあるのに触れないもののように手から滑り落ちていく。

「この反応は、魔素の塊……まさか、あの鎧騎士たちは、魔物だったのですか……?」

「しかしじゃ、師匠。歩く姿の雰囲気や、手応えは完全に人間じゃった。あれは単純な魔物とは、どうにも違う感じがするのう……」

「はい。ミコトも、倒した手応えは、完全に人間のそれであったと思う、です」

「……本当に、気になることばかりが増えていきますね。なんにせよ、急ぎましょう」

「――はい!」



 曲がり角をしばらく進んだ一行は、開けた場所に出た。

「……これは、何の器具、です……?」

 ミコトが疑問を漏らす視線の先には、幾つもの透明な柱が立っている。

 正確には、柱ではなく非常に太い管のような容器である。その中には淡く発光する青い液体が満たされている。

 リリーシアが以前読んだSF系漫画に出てくる実験室を想起させる姿であった。

「中身は――!?」

 歩み寄ったリリーシアが中を見ると、そこには男性の身体が浮かんでいた。

 目は虚ろに開いているが、身動きもせず、とても生きているとは思えない姿であった。

「どの容器も同様じゃ、師匠。全員成人の人間種ヒュームのようだが、等しく生気がない」

「……そう、ですか。できれば壊しておきたいところですが、今は先を急ぎましょう」

 壊すだけならばすぐだろう。だが、一本道である以上、崩落等を考えて部屋を破壊するのは帰りのほうがいい。



 その後リリーシアたちは進み続け、いくつかの部屋に出て戦闘を繰り返した。

 出てくるのはいずれも鎧騎士であり、倒すと一様に黒い泥になって溶け落ちてしまった。

 しかし、こうして戦闘を繰り返したことで気になることも増えていく。

「……私の感覚なんですけど、戦う騎士、それぞれ……」

「はい、です。皆、全く個性がありません」

「うむ。統率が取れているというより……全く同じ個体を相手にしているような感覚、じゃな」

 三人がはっきりと感じた感覚。鎧騎士たちから、全く違いを感じられないのである。

 リリーシア風に表現するなら、『ランダム性のないNPCと戦闘をしている』ようだ、ということになる。

「もしかすると、あの鎧騎士たちは複製体なのかもしれません。異界の理を利用して魔物として複製された、騎士たち……」

「では、その複製元は――まさか、あの容器の中の――!」

 ミコトがその結論に思い至り、絶句する。

 人間を犠牲にして、魔素によって複製される兵士たち。

 そんな邪悪な術法が、許されるはずがない。

「……結論を急ぐのはよくないですが。その可能性が最も高そうです。……《終末》は、いったい何を」


 リリーシアがそうつぶやくと同時、通路の奥からこつり、こつりと足音が聞こえてきた。

「――小汚い侵入者どもが、騒ぎおるわ」

 そう言って姿を表したのは、長い白髪と白髭をたくわえた、老人であった。

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