Area《4-5》
星読についての説明を聞いたアマレは、少し考えてから頷いた。
「だい、じょうぶ。……おねがいします」
「……そうですか。では、私コルウェ=グランデ=ラインサードが、責任を持って読ませていただきますわね」
そう答えたコルウェが、《星読》の術を詠唱する。因果の繋がりの弱い対象に対して行う、長い詠唱の術である。
「――微かに、捉えました」
「本当ですか!?」
リリーシアが反応すると、コルウェはしばらく内容を吟味するように考えてから、首を縦に振った。
「本当に微かに、ですけれど。アマレさんは、どうやらこの国の西側にある大きな神殿から連れてこられたようです」
「神殿、ですか?」
「……正確には、かつて神殿として建てられた建造物である旧カズエラス神殿の、さらに地下のようですが――ここで因果は途切れていますわね。……《終末》に関わる因果は、どれもこれも薄くなっているものばかり。一体どうなっているのか……」
「……そうですか。しかし場所がわかったのなら、もう……行くしかないでしょう?」
「そう、ですわね」
他の面々も頷いて同意を示す。
アマレを助けたいというのももちろんだが、今バツェンブールを襲っている問題への解決にも繋がるかもしれない。
その期待を胸に、《蒼の旅団》は海岸線を西に進み始めた。
先の街を出発してから二週間。リリーシア一行はカズエラス神殿の付近へと到達していた。
「……見張りがいる、です。それも、かなりの頻度で」
『かなり厳重……なようですね。何をしている施設なんでしょうね』
馬車を降り、携帯通話機を持って先行偵察に出たミコトが見たものは、想像以上の警備体勢であった。
カズエラス神殿は森林の中に建てられた大きな神殿である。
現在は使われていないというのは本当らしく、その外見はかなり風化しており、ツタをびっしりとたくわえた姿は森林と同化しそうなほどだ。
ただし、その周囲には小さな物見櫓がいくつも建てられていた。
そこには必ず二人以上の兵士が警備にあたっており、櫓の間の地面には騎士が立って周囲を警戒している。
「騎士の装備は、ミコトたちが戦った者たちと同じもの、です」
携帯通話機を握るミコトの手に若干の力がこもる。
『わかりました。ミコトは少し下がって待機してください。私とゼラが合流します』
「了解、です」
アマレをあのような目にあわせていた連中の仲間とあれば、ミコトは今すぐ一人でも突入したい気持ちであった。そのはやる気持ちを抑え、リリーシアとゼラの到着を待つ。
「お待たせしました」
「待たせたのう。ミコトよ、そう焦ってもいい結果には繋がらんぞ?」
「……わかってる」
「セレネとコルウェさんに馬車でアマレを守ってもらっている分、こちらは人数が少ないですから。焦らず、確実に行動しましょう」
「わかりました、です。……師匠、作戦は」
問われたリリーシアは考えてから、覚悟を決める。
自分だけが甘い気持ちで事に当たれるほど、この世界は優しくない。そのことを、この前の戦闘でリリーシアは痛いほど実感していた。
そして、現場に到着したリリーシアは、見張りをしている者たちが全て《終末》特有の邪な雰囲気を纏っていることに、はっきりと気付いていた。
「それでは、我々はこの神殿を――正面から攻略します」
「正面……じゃと?」
「ええ、真っ正面からです。目に見えた敵は全て倒します。逃げる敵も逃しません。ここが何かよからぬ施設であるなら破壊します。……きっと、この神殿の連中をそのままにしていては、悪いことが起きますから」
「くく……そういうことならば、やってやろう!」
「了解、です!」
「それでは――《術式合成:上位》宣言――略式詠唱:術式三重合成《勝利へ導くは我が蒼の剣》――!」
合成魔術による空間の塗り替えが始まり、辺り一面に霜が降りる。三人の武器には強大な加護が掛かり、さらにそれぞれの身体にも加護の力が満ちる。
「氷雪系詠唱魔術:《氷刃群投擲》! ――行きましょう!」
生成された四十八本の氷の槍が物見櫓に殺到するよりも早く、三人は駆け出す。
物見櫓の兵士と見張りの騎士も魔術の行使に気付くがすでに遅く、音速に迫る速度の氷槍が的確に急所を貫いていく。
氷槍との魔術的な繋がりによる確かな手応えにリリーシアは顔をしかめるが、速度は落とさない。
「――正面、金属扉!」
「炎熱系詠唱魔術:《炎熱投擲》!」
「結晶系詠唱魔術:《水晶槍投擲》!」
リリーシアとの特訓で鍛えられた二人の魔術が加護によってさらに強化され、神殿を守っていた重々しい金属の門は派手に爆発四散する!
「良い威力です、乗り込みますよ!」
「「了解!」」
三人が神殿入口から中に乗り込むと、そこは大きなエントランスホールになっていた。四方に通路が伸びている他、中央には地下への階段が続いている。
星読に地下と出た以上、優先すべきは地下だろう。地上の通路の先は暗く、あまり人の気配もない。
三人は足を止めず、打ち合わせ通り地下への階段を降りる。
地下は薄暗く、光源は所々に魔術による薄緑色の永久光ランタンが壁にかかっているのみである。
階段はかなりの長さに渡って続いている。かなりの階数分降りたのではとリリーシアが思った瞬間――
――空気が変わった。
「――この反応は」
ミコトが立ち止まり、声を漏らす。
「これは……ダンジョン、いや、異界化しておるな……?」
「はい。この空気は私たちがガルガンチュートのダンジョンで感じたものと同じですね」
正確には空気や雰囲気の違いではなく、空間を流れる魔素の密度や流れが外とは異なるのである。一般にただ漂っているだけの魔素は、魔素溜まりが発展してできる異界化空間の中では密度が濃くなり、その異界毎に特異な流れ方のパターンを形成する。
そのため、ある程度の修練を積んだ魔術詠唱者であれば異界化空間に入った瞬間、それを空気の違いとして感じ取ることができる。
「この神殿地下は明らかに自然ではない、異常な状態です。何が行われているのかわかりませんが――その調査も含めて、ここからは慎重に行きましょう」
「はい、です。あれだけ派手にしてしまった以上、応援は来ると思う、ですが」
「そうじゃな。慎重かつ……できるだけ、急ぐとしようぞ」
リリーシア、ミコト、ゼラの三人は、急ぎつつも警戒度を最大に保ち、先へ歩を進めた――




