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Area《4-4》

 あなたがわたしをころしてくれるひと? と、彼女は確かに言った。


 少女を覗き込んでいたリリーシアは、一瞬彼女の言っていることが理解できず、呆然としていた。

「い、いえ、そんなことはしません、落ち着いてください。私たちは《終末》の仲間でもありません」

 リリーシアの言葉に、少女は不思議そうに首を傾げた。

「《終末》……じゃない?」

「はい。私たちは貴女がとらわれているところに偶然通りがかりまして……助け出したわけですが。貴女にかけられていた呪いの類も、その紋様を除いて解除できたのですが……まだ、痛みますか?」

 言われてから、少女ははっと気付いた顔になり、

「……いたく、ない」

 少女にかけられていた呪いには身体の自由を束縛し恒常的に痛みをもたらすものも含まれていた。肝心の紋様は解呪できていないが、身体への負荷はかなり無くなっているはずだ。

「それはよかった。でも、どうして私に殺してほしいなんて……?」

「……わたしは、《いみご》だから」

 少女はそう言って黙り込んでしまった。

 リリーシアは、「《忌み子》というのは」と問いそうになって、口をつぐむ。何かを知っているとしても、辛そうな表情の彼女から聞き出すのは酷だろう。

「地道に調べるしかなさそうですわね」

 小声で囁くコルウェに頷きつつ、考える。

「……しばらく、私たちと一緒にいませんか?」

「おねえさんたち……と?」

「はい。私たちは今、バレンスで《終末》について調べています。元は別件のはずだったんですが……貴女のことも無関係ではないような気がするんです」

「……」

「なので、もし行くあてがないのでしたら……と思ったんですが」

 そう言われた少女は、しばらく考えたあと、不思議そうな顔で答えた。

「どうして……わたしにそこまでするの?」

「それは――それが、私の”そうしたいこと”だからです。騎士として、一人の人間として。私は貴女を助けたいと思った。ただそれだけのことです」

 全ての不幸を解決することは不可能だ。しかし、自身の手の届く範囲でなら、困っている人を助けることはできる。それはこの世界に来てから、リリーシアが常に考えている信念であった。

「……ほんとうに、いいの?」

「ええ、もちろんです。……そういえば、まだ名前を聞いていませんでした。私はリリーシアといいます。貴女のお名前は?」

「わたしは――アマレ。アマレ=イルエスト」

「わかりました。これからよろしくお願いしますね、アマレ」

 それまでは曖昧な表情を浮かべていた少女――アマレであったが、リリーシアの言葉に、柔らかな笑みを浮かべた。

「……はい!」


 久しぶりに意識が戻った反動なのか、そのあとアマレは再び眠ってしまった。

 その顔は安らかだったので、ひとまず心配は必要ないようだ。

「ということで、少々方向転換が必要なようですね。繋がりを感じる案件ですので、やることが増えたわけではありませんが」

「そうじゃな。むしろ、当初の通り地質調査をするだけでは解決は遠かったのではなかろうかな」

「ゼラの言うとおり、です。アマレのためにも、絶対に解決しなければ、です」

 ゼラは普段通りといった様子だが、ミコトは随分気合が入っているように見える。普段の無表情からやる気が漏れ出ている。

「あら、ミコトさんは気合十分といった感じですわね? 何か思うところでもおありで?」

 コルウェの問いに、ミコトは若干恥ずかしそうに、

「いえ、その。少しだけ……昔のことを思い出しただけ、です。……師匠、このあとはどうする、です?」

「あまり派手には動けませんし、ひとまず首都から遠い海岸線の街から調べていきましょうか。情報収集を基本として、あとは道中での地質調査も並行しましょう。時間的猶予はあるはずですが、アマレの紋様のこともありますので、あまり悠長にはしていられませんね」

 こうして、新たな同行者を加えた《蒼の旅団》は再び進み始めたのであった。



 それからしばらく、移動を続けながら調査の日々が続いた。

 リリーシアやコルウェは言わずもがな、本国で一級の冒険者たるゼラとミコトも冒険者の界隈ではそれなりに面の割れている人間だ。

 よって変装のため、フード付きの上着を着用したり、染色ポーションを使って髪色や髪型を変えたりしている。

 アマレの身体に走る紋様はいかなる幻術も受け付けなかったため、残念ながらアマレはほぼ馬車で留守番である。街に行く際には、誰かが馬車に残りアマレに付き添っていた。

「もう二ヶ月ほどになりますか」

「ええ、いろいろわかってきたわね」

 黒髪のリリーシアが同じく黒髪の(これは今まで通りだ)セレネが確認する。

 この二ヶ月でわかったことは、以下の通りだ。

・北端海岸沿いの地質調査では、東(バツェルンブール側)から西に行くにつれて少しずつ呪いの強度が高まっている。

・《忌み子》とはバレンス国でのみ知られる概念。

 バレンス国では数百年前から、生まれつき身体に黒い紋様を持つ子供が生まれてくることが極稀にあり、その子供がいる家庭は親子ともに揃って不幸な死を遂げることが噂話のように知られている。そのためその黒い紋様を持つ子供を《忌み子》と呼ぶようになった。今では、《忌み子》が生まれると国の騎士が”回収”に来るという。

「まさか、バレンス国でそんな風習があったなんて……グランデでも把握していませんでしたのに」

「おそらく、あまりにも習慣として染み付いていて、話題に出るようなものではないのではないでしょうか。発生率も本当に極稀で、国中で数年に二、三人いるかどうかといったところのようですし。……外聞や書籍なので、正確な数字とは言い難いですが」

「しかしつまり、グランデやバツェルンブールまで伝わっていないということは、《忌み子》が生まれるのはバレンスのみということになるますわね。そんな局所的な現象が、自然現象である確率は低いでしょう。まず間違いなく……《終末》が絡んでいますわね、リリィ」

「直感ですが、私もそう思います。そうなると……アマレを馬車で運んでいたあの騎士鎧の集団はいったい何をしに……?」

「あれは間違いなくバツェルンブール方向でしたわね。まさか――いえ、この先を探るには今はまだ情報が足りないでしょう」

 考え込むリリーシア。

「……これ以上の情報を得るには……もう、《終末》の拠点かなにかを攻めるしかなさそうですよね」

「ですわね。手がかりは少ないですが――、いえ、まずはアマレさんに《星読》で過去を見せていただきましょうか。騎士鎧の彼らに繋がる記憶が出るかもしれませんし」

「あの子の過去を……あまり気乗りはしませんが、仕方ないですね。――そういえば、国境で戦った彼らには《星読》は使わなかったんですか?」

 問うリリーシアに、難しい表情をするコルウェ。

「もちろん試しましたわ。しかし――何も出ないのです。まるで因果が途切れているような。まるで――その人の持つ人間性が絶たれているかのような。まったく糸が辿れないのです。初めての感覚ですわね」

「そう、ですか。では、アマレにも、コルウェさんのことをちゃんと話をしなければなりませんね」

 《終末》の者たちと同様、何も見えない可能性はあるが、もし《終末》について少しでも情報があれば、非常に大きな手がかりになる。

 他人の過去を覗く行為はリリーシアもコルウェも積極的にはなれない行為だが、アマレにも話して納得してもらう他ない。

 そう決意して、リリーシアはアマレの待つ馬車へと歩き出した。

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