Area《1-9》
その日、リリーシアはいつのまにか深い眠りに落ちており、気付けば朝になっていた。
昨日までの行軍と戦闘で気力が消耗していたので、王都の宿という安心感が働いたのだろうと考えた。
自前の水系統魔法で布を濡らして顔を拭き、食堂に降りる。
ファンタジア内のようにUIに時間が表示されているわけではないので現在時刻は曖昧だが、おおよその感覚で午前8時あたりなのではないかと思う。
一階に降りると、食堂には既にそれなりの数の宿泊客が食事をしていた。純粋な旅行客のような風貌の人間は意外と少なく、そのほとんどはいかにもといった服装に身を包んだ冒険者のようだ。複数人で談笑しているグループは冒険に出るパーティだろうか。男女混成の組み合わせも多い。女性が魔術詠唱者を担当する傾向はこの世界でも多いのだろうか。
食事時は受付を拡張してカウンターとして使っているらしい。リリーシアがカウンター席に座ると、店主がパンと卵料理を乗せた皿と水を置いてくれる。
「おはよう、お嬢さん。昨夜はよく眠れたかな?」
「ええ、おかげさまで。深夜の営業時間にも降りてみようと思っていたのですが、いつのまにか寝ていたみたいで」
「昨日の貴女は顔に疲労がでていたからね。無理もない」
パンをかじる。ダリア村のものとはまた風味が違うが、これもとても美味しい。都会の味というやつなのだろうか。
「ところで、テーブル席の彼らは冒険者なんですか?」
「ん? ああ、あのテーブルとその向こうのテーブル2つはそれぞれ冒険者のパーティだな。近いテーブルのパーティはここにかれこれ2週間は泊まってもらっている。お嬢さんは冒険者に興味があるのかな?」
「ええ、まあ……私も職を探さなくてはならない身分なので。一応魔術詠唱者のはしくれなので、冒険者というものにも興味がありまして」
魔術詠唱者という単語に興味深そうにする店主。
「なるほどな。来た時に剣と盾を担いでいたから剣士系なのかと思っていたのだが、いや、私の目も衰えてしまったかな」
「一応武器も使うのですが、魔法の実力もこの街で通用するのか、実はよくわかっていなくて……あまり魔術詠唱者の知り合いがいないところから来てしまったので」
嘘のような、本当のようなことを言いつつ苦笑して水を飲む。この世界での自分の実力がどのあたりに位置するのかわかっていないというのは紛れもない事実である。
「実力試しなら、闘技場もいいんじゃないかな。毎週開催される定期興行があるんだが、たしか今日が丁度その日じゃなかったかな」
「闘技場の興行……というと?」
北のほうに闘技場があることは知っていたが、内容についての知識は全くない。そのことについて質問すると、
「おっ闘技場のことかい? それならこの闘技場フリークのお姉さんにまかせておきなさい!」
隣の席に腰を下ろした女性が割り込んでくる。赤銅色のくせっ毛が特徴的な女性だ。ウェーブがかかっているようにも見える。
「ああ、タイミングがいいな。闘技場については俺よりそこのメルランデのほうが詳しいから、聞いてみるといい」
「世にも珍しい蒼い髪に蒼い瞳のお嬢さん、か。いいね! 私はメルランデ。メルって呼んでね。あなたは?」
「え、ええと、リリーシアといいます」
メルの勢いに押されて、何が何だかという顔で答えるリリーシア。
「蒼のリリーシア、よし覚えた。定期興行について、だったね。メルお姉さんが丁寧に解説してあげよう!」
そのノリには正直ついていけなかったが、彼女の説明は確かに簡潔でわかりやすかった。
まず、闘技場では半年に1回の大闘技大会と、週に1回の定期興行があること。どちらも王都の行政区出資のイベントらしい。
武器もアリ、魔法もアリの一対一で戦い、どちらかが負けを認めるか、審判が続行不可能と判定した場合に勝敗が決する。
定期興行ではその日の午前中にエントリーを行い、午後1時からトーナメントが始まる。
定期興行と言っても侮ることなかれ、上位に入った者への賞金はその後半年遊んで暮らせるほどだという。
「ま、こんなとこかな? とはいってもお姉さんの一番の興味は予想賭博なんだけど、サ。運が悪くなきゃ大怪我したりしないし、闘技場に専門の治癒術士もついてるからね。腕試しに出てみるのもいいんじゃないかな」
「なるほど……よくわかりました。ありがとうございます」
闘技場……もともとPVPイベントも好きだったリリーシアには、説明を聞けば聞くほど魅力的な響きである。
「リリーシア、貴女クールな顔してるけど案外わかりやすいね? 顔にでっかく『出てみたい』って描いてあるわよ」
メルに言われ、顔が真っ赤になるリリーシア。そのやりとりを見て笑っていた店主が口を開く。
「受付も闘技場だ。北区まで結構距離があるから早めに行っておいたほうがいいと思うぞ」
「道詳しくなさそうだし、メルお姉さんが連れて行ってあげよう! まあもともと今日も行くつもりだったがね」
リリーシアは確かに道を知らないので、ありがたく好意に甘えることにする。
こうしてとんとん拍子に闘技場出場が決まってしまったのであった。