Area《4-2》
国境を越え、森林をしばらく進むと元々進んでいた街道が見えてきた。
「ちらほらと遠目に警備兵のような姿が見えましたが、本当に全てスルーされましたね……」
「私の熟練度最大値の幻術を舐めないでいただきたいですわね、リリィ?」
台詞とは反対にどう見ても上機嫌なコルウェに半目を向けてから、リリーシアは窓から顔を出して前を見た。
北端の地ということもあり、既に潮の香りが混ざりあった爽やかな初夏の風が流れてくる。
その空気を浴びつつ景色を見ていると、視界の先に小さく何かが見えてきた。
「あれは、馬車でしょうか。こんなところを通るなんて、私たち以外にも物好きがいたものです」
「……私のほうでも確認しました。対向車――三台並んでいますわね。それでは念のため森から出るのを少し遅らせてすれ違いを――?」
途中で言葉を止めたコルウェは、目を閉じたまま眉を寄せ、意識を召喚馬の先に集中する。
「あの馬車……何か、妙な気を感じますわよ。それに、あれは……鉄格子?」
その言葉に、全員に緊張が走る。
「私も魔術回路に変なものを感じます。これはまるで――」
「まるで、ではありません。近づくにつれはっきりしました、この邪悪なパターンは《終末》の呪術そのものですわよ!」
「それに、《終末》が何者かを捕らえているということならば……みなさん!」
剣を取って、リリーシアが後ろの面々を見回す。
「応とも、師匠」
「……いつでも、です」
「誰がとらわれているのか知らないけど、放ってはおけないわね!」
「致し方ありませんわね。私も援助しますわよ」
全員が頷いたのを見て、リリーシアも頷く。
「コルウェさん、街道に馬車を止めてください。まずは、私が話をしてみます」
「話? ……まあ、それが適切ですわね。もしかしたら全て私たちの勘違いという可能性も、わずかばかり残されていることですし」
街道の脇に馬車を止め、コートのフードを深く被ったリリーシアのみが降車して街道の中心に立つ。
視界の先に見える三台の馬車にはいずれも全身鎧を装着した騎士が乗っており、牽引する馬にも軍馬が用いる鎧が装着されている。
走ってきた三台の馬車は徐々に速度を落とし完全に停車すると、先頭の馬車から一人の騎士がリリーシアに向かって歩いてきた。
「そこの女、何用だ。道を開けよ」
「それはできません。あなたたち《終末》が運んでいるものが何かを聞かなければなりませんから」
リリーシアがそう決めつけて言うと、対面の騎士の雰囲気が変わる。
「……その名を知っているか。――ここで消す」
そう言うが早いか、大きく一歩を踏み出し斬りかかってくる!
「……っ!」
その迫力に気圧されて反応が遅れつつも、リリーシアはなんとか鞘ごと剣を持ち上げ、鞘の部分で斬り込みを弾く。
「チッ……! 総員、掛かれ!」「みなさん!」
男とリリーシアが同時に叫び、それぞれの馬車から増援が駆け出した。
その数は、リリーシアたち五人に対し、《終末》の軍勢二十五人。
「なっ……多い! 囲まれないように注意を……ッ!」
リリーシアが呼びかける間にも、リリーシア自身に対して四人が駆け込んできている。
「ハハハッ、手も足も出まい!」
赤く光る目を揺らしながら叩き込まれる剣戟を、鞘で弾き続けるリリーシア。
「自分がいうのもなんですが、こいつの筋力……常人が出せるものではない……!? 《終末》の呪術ですか……!」
リリーシアは大きく剣を跳ね上げて鞘の固定された剣を振り抜き、騎士の胸を強打。そのまま吹き飛ばし、迫ってきていた四人を巻き込んで転倒させる。
「――氷雪系詠唱魔術:《氷刃群投擲/定義変更:致命回避》!」
投擲された氷の刃の群れが、五人の男に殺到し、膝や肘に突き刺さる。関節に決まったため、治療しない限り自分の意思では身体は動かせないだろう。
「せいぜい骨折とかその程度を想定していたのに――いや、それよりみんなは……!」
リリーシアが周りを見ると、丁度戦闘が終了するところであった。
集まって立っているセレネ、ミコト、ゼラ、コルウェは見たところ怪我をしている様子はない。
騎士たちの被害は、リリーシアが戦闘不能にした者五名、血を流し倒れ伏した者四名、地面に身体を七割ほど埋め、ほぼ頭だけが出て動きを止めている者十六名。
「《土遁・地獄陥穽》……流石ですね、コルウェさん。みなさん、怪我はありませんか?」
「うむ、問題ない。複数を同時に相手にすれば危うかったところだが、コルウェが術で上手く処理してくれたからの」
「大丈夫、です。セレネも、大丈夫、です?」
「ありがとう、ミコト。貴女たちが守ってくれたおかげで、何も問題ないわ」
「それでリリィ、この人達はどうしますの? しばらくすれば目覚めますが?」
「……どうする、とは?」
コルウェは言葉を選ぶように考えてから、
「この方々の身柄をどうするのか、ということですわ、リリィ。たぶん、何も喋ってはくれないでしょうし……。そもそも、私たちは密航者。バレンスの兵に引き渡すとしても、どう説明することもできないでしょう? 彼らが《終末》だといっても証拠はなし、下手をすれば私たちも厄介事に巻き込まれかねませんわよ」
「……それは……」
そう言われて、リリーシアは考え込んでしまう。
「わかりました。この方々は、このコルウェが責任を持って片付けます。貴女は馬車のほうへ行ってください」
「コルウェさん……?」
「大丈夫。貴女はまだ気にしなくていい分野の話というだけですわ。ゼラ、ミコト、手伝ってください」
そう言うと、コルウェはゼラとミコトを連れて埋まっている騎士たちの掘り出しを始めた。
『片付け』というのが何を意味するのかリリーシアの想像が及ぶところではないが、おそらく気持ちの良くない部分をコルウェに任せてしまったことは理解できたので、どうにも拭えない後味の悪さを感じてしまう。
「リリーシア、行きましょう?」
「……そう、ですね。私も、こういう荒事に慣れることができるのでしょうか」
やってきたセレネにリリーシアがつぶやくと、セレネは何かいいかけてから口を閉じ、わずかに微笑んだ。
《終末》の騎士たちが乗っていた馬車二台にはわずかな食糧と水が積まれているだけで、何かの手がかりになりそうなものは残されていなかった。バレンス国の印もないので、正規の騎士隊を襲ってしまったということもなさそうである。
そして鉄格子の馬車には――
「女の子――?」
鉄格子の中には、十字になった磔台と、そこに金属の器具と鎖で縛られた少女。
歳は十前後のように見える、黒く長い髪の少女は、一糸まとわぬ姿であった。
ただし、目を引くのはそんなところではなかった。
身体の半分近くを、怪しく歪んだ黒い紋様が覆っていたのである。




