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Area《3-24》


「はあ、コルウェさんとそんな経緯が。世間は狭いというか……」

「そういうこと。しっかし、まさか本当にあの現人神コルウェ神とはねえ……姿が全く違うのは幻術だったのかな?」

「ええ、あのときは目立つわけにはいきませんでしたので。まったく気が付かなかったでしょう?」

 ピルグリム工房一階の和室では、宴会がはじまっていた。

 こたつの中央には土鍋が鎮座し、その中で色とりどりの具材がぐつぐつと音を立てている。

 リリーシアは土鍋の下の加熱魔道具をいじって調整しながら、コルウェとメルランデが知り合いであることに驚いていた。

「メルランデはほんにどこにでもわいてくるようじゃの。巡り合わせというやつかのう」

 ゼラがそう言って笑いつつ酒を呷る。失礼な物言いだが、御存知の通りメルランデはその程度のことを気にするような性格ではない。

「はっはっは、運は良いほうだと思っているよ」

 メルランデが鍋をよそいながら答える。

「ミコトたちとコルウェ様がそんなにすれ違っていたというのも初耳、です」

「そういえばリリィにしか言っていませんでしたわね。本当に大変でしたのよ、もう……」

 ミコトの言葉に、コルウェが首を振ってため息をつく。

 祖国グランデからバツェンブールへの道のりに比べれば距離的には大したことはないが、いることがわかってからのすれ違いで目的地が二転三転するというのはコルウェにとってなかなかくたびれる展開であったのだ。

「この広い世界で、離れた者どうしがこうして出会ってるだけで奇跡ってもんじゃないかねえ。私もコルウェさんと酒盛りの約束を果たせたんだから万々歳よ」

 そういいつつ、メルランデは隣りに座ったコルウェと何度目かの乾杯を交わした。

 メルランデの内臓が不可思議な機関であることは過去の経験からわかっていたことだが、コルウェもなかなかに強靭なアルコールへの耐性を持っているようであった。

 酒豪と酒豪がここに出会ってしまったのである。

 リリーシアは凄まじい勢いで空になっていく酒瓶と土鍋を半目で眺めていた。



 次の日の朝。リリーシアが目覚めたのは和室であった。

 宴会の後片付けはゼラとミコトがやってくれたのであろう、和室は片付けられており、そこにはリリーシアとコルウェが無残な姿で転がっている。メルランデは酔いつぶれずいつのまにか帰っていったようだ。

 申し訳程度にかけられたタオルケットをたたみ、コルウェに声をかける。

「おはようございます、朝ですよー……うーん頭がいたい……」

「う、ん……もう朝ですの……?」

 リリーシアの呼びかけに気付き、コルウェがもぞもぞと起き出してくる。

「《酒精浄化》――と、おはようございます、です」

 そこに、魔術を唱えつつミコトが和室に上がってくる。

 リリーシアの記憶にない魔術だが、効果はその名の通り、酔いを解消するもののようだ。ミコトの使う魔術には《不撓不屈》や今の《酒精浄化》のように、リリーシアたちの使うxx系魔術に分類されないものが多くある。

 おそらくはミコトの故郷で用いられている方式なのだろうと思っているが、ミコトは出身地や家族のことについて触れられたくないようなので、その独自の魔術についても聞けないままであった。

「師匠もコルウェ様も、もうお昼すぎ、です。起きてください」

「あ、もうそんな時間でしたか……」

 いつもの無表情ながら呆れの雰囲気を多分に醸し出すミコトから目をそらしつつ、リリーシアはあくびを噛み殺した。リリーシア自身は酒を飲んだ記憶がないのだが(自分が酒に耐性がないのは重々承知である)、記憶が吹き飛んでいる間に結構な分量を摂取していたらしい。僅かに頭痛が残っている。

「他のみなさんはどうしていますか?」

「ゼラは工房で竜の鱗の加工練習、セレネ様は王城のほうへ行っています、です。ミコトはセレネ様を送り届けて帰ってきたところ、です」

「王城に……? 何か用事でしょうか」

「今朝、王様からの手紙が届いていたらしい、です。呼び出されたということくらいしか知りませんが……」

「なるほど。では、迎えついでに私が王城まで話を聞きに行ってきますので、ミコトはゼラと一緒に火竜の鱗を加工してみてください。暇そうにしているコルウェさんが監督してくれますから、何でも聞くといいですよ」

 リリーシアがそう言ってコルウェを見ると、まだ寝ぼけているような顔のコルウェは数秒かけて話を理解したようで、ふんわりと頷いた。

「ええ、お任せください、リリィ。私もついに師匠デビューですわね」

「じゃあ行ってきます、後は頼みましたよ、コルウェせんせー」

 先生と呼ばれて同人作家時代を思い出したのか微妙な顔をするコルウェを置いて、リリーシアは王城へ向かった。



 王城内の兵士にコルウェの居場所を聞き、リリーシアは王城の奥にある部屋を訪れていた。

「あら、お迎えは貴女だったのね、リリーシア。あとで城へ来てもらおうと思っていたからちょうどよかったわ」

 そう言ったセレネに勧められ、彼女の隣に座る。

 対面にはバツェンブール現国王のルミナと、第一王女のセレスティアが座っていた。第一王子のルーンは内務で忙しくしているらしく、この場にはいなかった。

「お久しぶりです、ルミナ陛下、セレスティア殿下」

「直に顔を見るのは随分と久しぶりだな。活躍はワシも聞いておるよ」

「いえ、まあ。なるべく派手に動かないようにしてはいるのですが……」

「そう恥ずかしがらないでもいいのよ、リリーシア。聞くと私の妹と一緒に強大なる火竜を倒したそうじゃない。私は御伽話の生物だと思っていたのだけれど……」

「お父様、お姉さま、このままリリーシアを褒め倒すのが目的ではないでしょう? 早く本題に入ってあげて」

 左右から言葉をかけられどう答えたものか困っていたリリーシアは、セレネに助けられてほっとしていた。

「うむ、そうであったな。では本題に入ろう。というのも、東端の農村、ダリア村で君たちが見つけた呪いについての話だ」

 リリーシアはラツェンルールについてすぐに報告書を送っていたので、ルミナがその件について知っているのはわかっていた。

「土地を蝕み作物の収穫量を減らし、さらに放置すれば流行病をも引き起こす邪な呪い――バツェンブールとしては、これを見過ごすわけにはいかん。そこで、王家から各都市の冒険者組合を通して、三級から二級の冒険者パーティに対して大規模に依頼を頒布することが決まった」

「それは土地の調査……ですか?」

「そうだ。規模としては数十のパーティに対して依頼し、広く国内の土地を調べてもらおうと計画している。極めて反応の弱い微弱な呪いと聞いているが、その度合の検出には特殊な魔道具を使うことで対応が可能だそうだ」

 その言葉に合わせて脇で控えていた兵士が一本の白い棒を持って来る。

 長さ一メートルの細い棒の先端には茶色い魔晶石が埋め込んである。説明されたところによると、これは土地に流れる魔素の異常を検知する魔道具だという。もとからある魔素の流れの他に異物が紛れ込んでいると、その度合いによって色が変わるらしい。

「そういうわけで、国内については調査の手はずは済んだ。君たちにはこの件に関して、別のことを頼みたい」

「……別のこと、とは」

「国外の調査だ」

 ルミナが重々しく宣告する。その横で、セレスティアが紙の束を並べ始める。そこにはバツェンブールのおおまかな地図と、何かの表が何枚にもわたって続いている。

「その呪いによって現在、収穫量の減少という形で実害が出ていると聞いて、各地域の税収のデータを過去数年分集めたわ。そこから税収の変化量を可視化し反映したものが――この地図」

 地図には、税収の増減を色で表してあった。収穫量の増減は税収の増減に直結しているので、この観点は確かに正しい。

 その地図によれば――

「……西、それもわずかに北西に寄るにつれて、少しずつ減少量が大きくなっているの」

 地域によって誤差はあるものの、西に向かって少しずつ色が濃くなっているのがわかる。

「それはつまり――」

「この先、具体的にはバレンス・ド・マホン国の方面に……何かがあると、私は思っているの」

 バレンス・ド・マホン。その国名はリリーシアにも聞き覚えがあった。昨年の暮れに、セレネに求婚を迫ってきたガロナ・バレンス王子の治める国だ。

 知らず知らずのうちに、リリーシアは若干渋い顔をしていたらしい。隣のセレネも同じ顔をしているのを見て、セレスティアは軽く吹き出した。

「とはいっても、今はまだ可能性よ、可能性。もしかしたら、根元はもっと西かもしれないのだから」

「……そうですね。早合点はよくなかったです」

 リリーシアが答えたのを見て、ルミナが頷いた。

「ということで、君たちには国外へ向かってもらいたい。その一騎当千の力――我々のため、いや、この国のために貸してもらえないだろうか」

 答えを待つルミナとセレスティアの目は、とても真剣だった。

「……わかりました。北西方面の調査は、《蒼の旅団》にお任せください」

「……それは安心だな。娘のことも、引き続きよろしく頼む」

 王らしくもなく深く頭を下げるルミナに対して、リリーシアは困惑する。

「そのことで少し……一年という期限まで残り丁度半年かと思うのですが、一度バレンス国へ向かえばその期限内に帰ってくることは難しいかと思うのですが……」

 バツェンブールは大国である。リリーシアの馬車がいくら強化を施された快速しようといっても、今までの経験から推測するとおそらく国境線を越えるまでに二週間強はかかるのではないかと思われる。

その往復だけでも一ヶ月かかるというのに、バツェンブールと同等以上の国土を持つバレンス国に潜入し調査をするとなれば、この依頼を達成するまでにどれほどの期間を要するのか検討もつかないのであった。

「そのことについては娘と話し合った。成人の儀は未だ半分ほどの期間を残しているが、これまでの成果を考慮し、セレネ・バツェンブールの成人の儀は今日を持って完了するものとする、と。まあ、各地を旅し伝説に謳われる火竜をも屠ったとあればこの決定に誰も文句はつけられまい」

 そう言って笑いをこらえきれずにくっくっくと声に漏らすルミナ。確かに、王族が経験する試練としてはあまりにも高いハードルを越えてしまったというのは誰の目にも明らかである。

「……それでは、セレネはもう王城に……?」

 リリーシアが控えめに聞くと、

「くくく、そう心配せんでもよい。娘はこの半年で確かに立派になったと感じる。だが、リリーシア殿の元にいればもっと大きな人間に成長できるのではと、ワシは考える。幸いバツェンブールは《終末》の騒ぎも収まり、極めて平和である。公務はルーンとセレスティアで十二分に回っているのでな、娘には今一度試練を与えてみようと思うのだ」

 ルミナは言葉を区切ると、セレネに向き直った。

「セレネよ。お前はセレネ・バツェンブールとしてではなく、一人の人間として、世界のありのままを見て来るといい。リリーシア殿は何やら不思議な星のもとに生まれついたようだ、彼女の周りに何が起こるかワシにも想像はつかぬが、それはきっと、お前を育ててくれる」

 親として、真剣に言葉を紡ぐルミナに、セレネははっきりと頷いた。

「わかりました、お父様。リリーシアと一緒に、多くを見、聞いて参ります」

「……うむ」

 笑顔で答えるセレネに、微笑で返すルミナ。


 こうして、セレネとの旅が再び始まるのであった。

おまたせしました。舞台も変わるしキリもいいので、次からArea4です

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