Area《3-23》
(……しかし、これは目に毒というか)
リリーシアの眼前には、インナー姿のセレネ、ミコト、ゼラが立っていた。
それぞれが身体を動かし、各部の寸法の調整具合を確かめている。
インナーといってもそれは布面積の少ないものではなく、むしろ頭と手足の先以外を全て覆う全身スーツのような代物である。
その見た目は元の世界のラバースーツと呼ばれる衣装によく似ていた。
ただしその表面はいっさい透過せず、不思議な光沢の深く濃い黒一色を示している。
「加工し伸ばした翼膜をインナースーツにする……って、ファンタジアの頃からあったかしら?」
声に振り向くと、いつのまにか横にコルウェが並んでいた。
「確かあったはずです、といってもレベル二百五十帯の装備の記憶なんてもう結構曖昧ですけど……」
「それもそうでしたわね。それに、あのレベル帯だと苦労して竜を倒すより他の素材で防具を作るほうが楽で汎用性が高かったような記憶もありますし」
「……それにしても、この世界の人たちは羞恥心の基準が私たちとは違うんでしょうかね?」
小声でコルウェに尋ねる。
いくら(見た目の上では)女性同士とはいえ、身体のラインをはっきりと出すインナーだけを着た姿を堂々と見せられるとリリーシアとしては少なからず同様するものである。
「まあ、文化からくる多少のズレはあるでしょうけれど……彼女たちの態度は、貴女を信頼しているからこそではないかしら、リリィ?」
「そういうものなんでしょうか。隠し事のある身としては後ろめたいことこの上ないですけど――」
「リリーシア、全員確認終わったわよ。寸法は大丈夫そうだし、伸縮性が高いから動いても大丈夫そうね」
リリーシアが考え込んでいると、セレネが手を振って呼びかけてくる。
「わかりました、ありがとうございます。ではその上から制服のワンピースを着てもらって、その上に新しい防具を装備してみてください」
「わかったわ」
返事をしたセレネたちが、棚に置いてあった制服一式を着込んでいく。
インナースーツの上にワンピース、ロンググローブ、ブーツと装着していくことになるが、動きにくかったり暑苦しかったりということはない。
それらはすべて魔法的な付与で解決しているためである。
通気性の確保や適温の維持をはじめとした装着するうえでの基本的な機能は全て押さえられているため、裸でいるよりもむしろ快適であるし、身体感覚の向上や物理・魔法防御力の強化、若干のパワーアシスト機能すらこのインナースーツだけで実現されている。
そして特筆すべき特徴はその防火性能である。
レベル二百五十という(この世界基準では)超高レベルの火竜の翼膜で作られたこのインナースーツは、その素材特性により火に滅法強い。魔術を伴わない通常の火炎からは全身を完全に守ることが可能であり、魔力を通せば魔術による火属性魔術をかなりの割合で軽減することができる。
「動きを遮らない消防士服……といったところですかね。まあ目的は防御力の底上げなんですけど」
「実際、あのインナーだけでもこの都市にあるどんな鎧より硬いのではないかしら。これなら旅先でも安心ですわね」
「可能な限りの準備をするのが私のやりかたですからね。そういえば、コルウェさんの杖も作っておきましたよ」
そういってリリーシアが取り出したのは、様々な装飾の彫り込まれた鮮やかな紅色の金属短杖である。先端には魔晶石を圧縮精錬した宝珠が埋まっている。
「これは……カドゥケウス?」
「……の、下位互換版です。だいたい元はレベル五百以上のユニークドロップじゃないですか。ということでアレの形状を思い出しつつ、真似して作ってみました」
「一人目がカドゥケウスを使っていたのを覚えていたのですね。シンプルな形状に二本の蛇の巻きついた彫刻……数百年ぶりに懐かしいものを見た気分ですわ」
「金剛鉄と火竜の角の合金で出来ています。火属性・聖属性魔術の詠唱速度・強度・威力等にボーナスがつきますが、コルウェさんからすると誤差の範囲かもしれませんね」
「いえいえ、一パーセントを笑うものは一パーセントに泣く、魔法職界隈の鉄則です」
「そこまでこだわってるのはトップ層だけなんでしょうけどね……」
そんな話をしているうちに、三人の試着が完了する。
「師匠の防具は完璧、です。気力も魔力も、今までにないほど引き上げられているのを感じます、です」
「うむ、わらわのものも仔細問題ない。様子を見る限りじゃと、全員分それぞれに違う能力が施してあるようじゃな」
「はい。だいたいは同じですが、調整の方向は個々人の戦闘方法に合うように仕上げてみました。それがひと目でわかるとは流石ですね」
リリーシアが褒めると、ゼラはどやと言わんばかりの顔でその大きな胸を誇らしげに張った。
「ふん、われらとて一級の冒険者じゃからな。のう、ミコト」
「はい、です。装備の鑑定は必須スキル、です」
ミコトのわかりづらい表情も、このときは少しばかり威張っているように見えたような気がした。
新装備の製作が終わり、夕食の準備を引き受けたリリーシアがキッチンで献立を考えていると、玄関で呼び鈴が鳴った。
「はーい、どちら様ですかー、っと」
リリーシアが扉を開ける。そこには両手を酒瓶の袋で満たしたメルランデが立っていた。
「やあひさしぶり、リリーシアが帰ってきたって風のうわさで聞いたもんだからさ」
「お久しぶりです、メルさん。それで、今夜はうちに押しかけてきて酒盛り……ってことですか。まあいいですけど」
「まあまあ、久々の再開なんだから少しはメルお姉さんに付き合いなさいって。それにある人と約束もしてたしさ。今度あったら飲もうぜ、って」
「……?」
リリーシアが頭上に疑問符を浮かべているあいだに、メルランデは勝手知ったるといった雰囲気でするするとリビングに入っていってしまった。
誰のことでしょう、とつぶやきながら、リリーシアは夕飯の献立を大幅に変更することを決めたのであった。




