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Area《3-21》


「……それでは、また」

 リリーシアは馬車の荷台に乗り込み、後ろを振り返りつつ言った。

「また……皆様に、お会い出来ますか?」

 そう言うアリアの目には薄く涙がにじんでおり、しかし顔には微笑を浮かべている。

「ええ、必ず。私たちや、もちろんコルウェさんにも。……何かあったら――いえ、何もなくとも話したくなったらアレを使ってくださいね」

わたくしもお待ちしておりますわよ、アリア」

 リリーシアとコルウェの言葉に、はい、と大きく頷くアリア。

「それでは皆様……どうかお元気で!」

こうして、《蒼の旅団》はダリア村を出発したのであった。



「のどかで、いい村でしたわね。決して豊かというわけではないけれど、貧しくはなく、皆の心に余裕があって」

 馬車が走り出してしばらくして、コルウェが風景を見ながらつぶやく。

「そうですね。……もしかしたらそれも、コルウェさんのおかげかもしれませんよ?」

 リリーシアが言いつつ思い出していたのは、ダリア村の教会であった。道中の村々を見ていても、ダリア村ほどの大きさの教会はないし、村によっては教会のような建物がない場所も珍しくない。

 あの教会は村の住民の、コルウェへの信仰心の表れのような気がする。

「あら、褒めても何も出ませんわよ? あの暮らしが成り立っているのは私の力などではなく、すべてダリア村の民がかくあれと努力してきた結果ですわ。私の存在が、その生活の維持に少しでも寄与できているなら、それは喜ぶべきことですけれど」

 そう語るコルウェの風貌はただただ安らかで、神々しさすら感じてしまう。この世界的にはれっきとした神なのだが。

「なんか、悟ってますねえ……同人作家時代はもっと勢いで生きてるような印象がありましたけど」

「そ、そんなことはありませんわよ、昔から私は慈悲深い女神のような存在だったでしょう? リリィ」

「…………貴女が当時から女神だったのなら、あのイベントで頒布された私メインのウスイホンは何だったんでしょうかねえ……?」

 リリーシアが半目で見ると、女神様はその視線を躱してセレネとミコトのほうに行ってしまった。馬車の中とはいえ、それなりに荷物を積むことを想定した大型のものなのでスペースは広いのである。


 コルウェはずっと夏冬の同人誌即売会で身内をネタにした薄い本を刊行していた。

 いちネトゲ内の身内キャラが題材とはいえ、《しおひがり》は古参攻略ギルドとしてそれなりの知名度があった。

 そこにコルウェの確かな技術力が加われば、結構な数が捌けてしまうのである。

 そのシリーズのある巻で、当然リリーシアもネタに選ばれた。

 本は例年通りR-18本であったが、当時本を読んだリリーシア(の中の人たる新海竜)は再現度や完成度の高さに驚いてしまったものだ。

 (コルウェがリリーシアに対してどのような印象を抱いているのかは定かではないが、ただしその内容はいつもの本よりもハードなプレイが多かったような記憶がある)

 そういうわけで、別に本にされたことを嫌っているわけではなくむしろ逆なのだが、この身体になってから本の内容を思い出すと非常に複雑な思いが胸中に沸き起こるのを抑えられないのである。


 そんなもろもろを挟みつつ、一行は無事ラツェンルールに到着した。

 かなり改造を施している特製の馬車とはいえ、流石に王国の端にあるダリア村からでは片道一週間以上がかかってしまう。

 最初のダリア村からの旅程では丸々一ヶ月をかけていたことを考えると破格の速度なのは確かだが、久々の王都という感じは否めない。

 今回のラツェンルール滞在は一、二週間を予定している。

 次の遠征は長くなりそうなので、各方面への挨拶と不足物の準備をしていく算段であった。

「じゃあ、工房に戻ったら予定通り私は火竜素材を加工してみます。セレネ、ミコト、ゼラは組合で販売する中級治癒ポーションを+1から+5の範囲で、作れるだけ作る感じでいきましょうか」

「わかったわ。確かに、せっかく販売スペースを分けてもらっているのだから何かあったほうがいいわよね」

「そうじゃのう。自分で言うのもなんだが、それなりに需要があるようだからの」

 どちらかというと利益よりも彼女らの技能修練値稼ぎという面が強いのだが、売上が上がればモチベーションもあがるだろうということで最も利益の出る中級治癒ポーションを棚に並べることにしていた。

 +4や+5までくるとかなりの金額になってしまい、おいそれと手が出るものでもないのが一般の冒険者の財布事情だが、+3までなら保険やお守りとして持っておくには十分な代物という感覚らしい。

 現実世界には『胸ポケットに入れておいた携帯が銃弾を止めていた』というような話があるが、この世界でもそういう逸話には事欠かない。奮発して買っておいたポーション一本のおかげでかろうじて逃げ切れた、などというエピソード程度ならどの冒険者からも聞くことができるという。

「では、私もリリィを手伝うとしましょうか」

「コルウェ様も、生産技能を上げてる、です?」

「もちろんですわよ、リリィと同じことなら十全に――いえ、闇属性系統の付与ができるぶん私のほうが守備範囲は広いかしら?」

 胸を張るコルウェ。擬音すら聞こえてきそうなその胸は実際豊満であった。リリーシアはその姿から目をそらしつつ、

「私はそういう縛りなのでいいんですよ……と、ではコルウェさんにも火竜素材の加工をお願いします。量があるのですぐに使う分だけでもいいかと思いますが」

「すぐに使う分というと?」

「予定はいろいろあるんですが、とりあえずは鱗で全員分の防具の強化と、私の剣と盾を。あとは翼膜で野営用の天幕と全員分のリュックと……という感じですかね。鱗は溶かし直して純度を上げる処理が、翼膜は薄く伸ばす処理がそれぞれ最も力が要りそうです」

 ゲームの頃はそのまま素材にできたが、この世界では素材として使おうにも多くの段階を経る必要がある。面倒くさい点でもあるが、同時に生産職としてのやりがいも感じることができるのでリリーシアはどの作業も嫌いではなかった。

「それなら、翼膜の処理は私がいたしましょう。各々の武具のことはリリィのほうがわかっていそうですから」

「了解です。そうだ、コルウェさんも何か作ります? 見た感じだと短杖一本みたいですが」

 コルウェは常にひらひらした洋服を着て腰にポーチと短杖を提げているのみであり、旅の間にも防具を装備している様子はなかったのである。

「そうですわね……ではお任せで、魔晶石系の長杖と軽鎧を頼んでもいいかしら」

「素材的にそれなりなものにしかならないのは許してくださいね。……しかし、コルウェさんって今まで防具の類は……?」

 リリーシアが怪訝そうに問うと、

「グランデにある部屋を抜け出すのに少しでも身軽になりたかったから、ここまで基本着の身着のままですわね。鎧を一部位付けるごとに変装と隠密にペナかかりますし」

 納得以上に、防具も着ずに大陸の中央から端まで旅してきたのかとリリーシアは驚くほかなかった。

ゆるっと更新再開です

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