Area《3-20》
火竜肉入り焼き飯。
火竜肉のバーベキュー。
火竜肉カレー。
その他にも王都で買ってきた野菜などを使い、栄養バランスをなんとか整えつつ晩御飯が完成した。
もちろん食べるのはリリーシアたちだけではなく、村の人々を招待してのなかなか壮大な夕食である。
やってきた村の人々は、当初火竜の肉と聞いてどんなものが出てくるのか戦々恐々としていた。
しかしその暴力的に美味しそうな香りの前に食欲を抑えきれず、結果としてその全員がもりもりと料理を消化することとなった。
「これが……火竜のお肉、ですか……」
不思議そうな顔で火竜焼き飯を食べながらアリアがつぶやく。
「ええ。なんというか表現しようのない独特な風味のある、素敵なお肉ですよね」
リリーシアは生前の火竜の姿を思い出しつつ、火竜の串焼きを頬張った。他のどんな種類の肉でも例え難い味が口の中に広がっていく。
「そうそう、これが火竜の鱗ですよ」
そう言って取り出したのは、一枚で手のひら程もある火竜の鱗。
赤く、かつ黒光りする重厚な質感である。そして重厚という以上に実際重く、一枚だけでも金属の塊のような重みが感じられる。
火竜から採取したもののほとんどは工房に置いてきたが、旅の道中に素材としての利用法を考えておこうということで鱗や骨などを数個ずつ持ってきているのである。(なお、その数個ずつの素材だけでもかなりの重量になっており、現在のリリーシアの背負袋は見た目よりかなり重い)
「鱗一枚でその大きさ……伝説にうたわれる竜種とは、本当に伝説の通り、大きく強い生き物だったんですね……!」
アリアは目を輝かせているが、その伝説の竜種を食べる気分というのはどういうものなのだろうか。
リリーシアとしては伝説と言われてもこの世界自体がファンタジックにすぎるので、正直なところ感覚がよくわかっていないのであった。
「……リリーシア様はもう明日の朝には出立ですよね?」
「その予定です。調べなければならない案件も出てきてしまいましたしね。これから少し忙しくなりそうです」
「そうですか……」
少し寂しげに肩を落とすアリアに、リリーシアは何と返したものか迷う。
「アリアよ、そう寂しがる必要もなかろう」
そう言って横から割り込んできたのは火竜肉の串焼きを手に持ったゼラ。
「ゼラ様……?」
「師匠のことを気にしている暇はないということじゃの。おぬしは人間種なのだろう? 立派な神官になろうと思えば無駄にする時間はないのじゃぞ」
「そういえば、神官になることにしたんですか? コルウェさんからは簡単にだけ話を聞いたんですけど」
「……はい! 村のためにも、自分にできることをしていければと」
神官というのは一般の信仰者とは違い、魔術を操る才能が強く影響する職業で、その数は聖職者の中の1パーセント未満だと言われている。
その仕事の内容は現代でいうところの医者に近いところがあり、お布施という形で料金をもらい、病気を治したりする。
怪我や疾病は薬や魔術ポーションでも治せる分野だが、それぞれ得手不得手があったり、薬師のいない地方の農村で教会の神官が働いていたりと、様々なケースが存在する。
(他にも宗教上の理由で薬を使えず、神官に治してもらうというパターンなどもあるらしい)
今までダリア村は二つ隣の村の薬師に頼るしかなかった状況だったらしいので、アリアが神官として一人前になれれば村としても非常に喜ばしいところだろう。
「まあ、あまり根を詰めすぎないことです。何かつまずいたら気軽に相談を――と、アレを渡すのを忘れていました」
言いつつリリーシアが取り出したのは、黒く半透明な板を銀色のフレームで包んだ魔術具。携帯通話機である。
「これは……?」
アリアは受け取ったそれを興味深く観察する。
「携帯通話機、という魔術具です。特定の相手に離れた所から話せる魔術が込められていまして、操作方法は――」
リリーシアは携帯通話機の使用方法や注意点を説明する。
《時空通音》は魔力の消費が重い魔術なので、アリアが使用する場合は魔晶石に十分に魔力を蓄積してから使うように念押しする必要があったのである。
「こ、こんな貴重なものを私に……?」
「今のところは他の人が作ったものを見たことはありませんけど、材料自体は貴重というわけでもありませんから、気にしないでください。もしなくしてしまったりしても、アリアにしか使えないようになっているので悪用されたりはしないはずです」
「なるほど……少し安心しました。あの、これはコルウェ様にも?」
「あ、そういえばまだ――」
「話は聞かせていただきましたわよ!」
「うわっと、驚かさないでくださいよコルウェさん……」
コルウェがゼラとリリーシアの間に割り込んで飛び出してくる。
「携帯通話機? 《時空通音》? リリィ、貴女いつのまにそんな未知の技能を取得していたのです!?」
普段の落ち着いた雰囲気からは全く想像のつかない高いテンションでリリーシアに詰め寄るコルウェ。
「あーそういえば新ドロップとか新技能とか、新しいものには目がないんでしたねー……。技能については帰ってから説明するとして、とりあえずコルウェさんの分も作ってあるのでどうぞ」
リリーシアが取り出した二枚目の携帯通話機を、コルウェは奪うような速度で受け取る。
「構造解析――これは時間関係の魔晶石に、真白銀系のフレームかしら? 魔術検知――妙なパターンですわね、これが《時空通音》かしら。他には《能力隠蔽》に対抗魔術に、って結構物騒ですわね?」
「……そうやって中身を探ろうとする人に向けての対策ですよ。持ち主には反応しない設定でよかったですね?」
早速中身の解析にかかるコルウェに呆れてため息をつきつつリリーシアが返す。
所有者として設定されていない者が同様のことを行えば、三重に仕掛けられた反応型魔術が起動する仕組みとなっている。
一度目ならば警告として弱めの電撃魔術が起動するだけだが、二度目はそれなりに物騒なものが対象を襲い、三度目には端末が粉々に自壊する設定である。
「今の私の装備ではリリィの対抗魔術には抵抗失敗するでしょうねえ……あぶないあぶない、っと。それで、早速使ってみてもいいかしら?」
「どうぞ。ただし、完全に充填されている状態からでも十分程度しかもちませんのでご注意を」
了解ですわ、と頷いたコルウェが携帯通話機を耳にあて、込められた魔術を起動する。
「――……アリア、聞こえていますか?」
「あ、はい! 隣にいるので声が二重になったような感じですが……頭のなかに直接響くような、不思議な感じです」
「テストは完了、と。しかしこれは……とても便利ですわね。リリィ、距離的な制約は?」
「ええと、二者間の距離が離れるほど消費する魔力量は大きくなりますので、通話できる時間は短くなる感じです。ただ、それほど大幅に変化があるわけではないようですね。試していないのでまだ脳内での試算ですが、ダリア村から王都までの距離程度であれば消費魔力量は体感できる程ではないはずです」
「それはますます便利ですわね……。ラツェンルールに戻ったらもっと詳しく話を聞かせていただきますわよ、リリィ」
「目が、目がコワイですよ、コルウェさん?」
さらに詰め寄ってくるコルウェを必死に押しとどめるリリーシア。
「そういえば師匠」
言いつつ、ゼラは自身の携帯通話機を取り出してしげしげと眺めている。
「どうしました? 何か通話機に不調でも?」
「いや、そういうことではないのだが……、師匠とコルウェ様は通話するとき、なぜソレを耳に当てるのかと思ってのう。別にその魔術具から音が出るわけではないのだから、手に持っておくだけでいいはずじゃが」
あっ……、と絶句するリリーシアとコルウェ。
「これは昔からの習慣というかなんというか。ねえコルウェさん」
「ええ、そうですわね、リリィ。そう、あれはまだ音声記録の魔術具が近くの音しか拾えなかった時代に――」
向こうのモノを再現するときにはいろいろ気をつけないといけない、と心に決めたリリーシアであった。
街中歩いてる時にハンズフリー的な機器で電話してる人を見ると独り言言ってるように見えて少し驚いたりしません?




