Area《3-17》
ユニオン《しおひがり》には年に二回、メンバーが現実世界で集まる日があった。
開催時期は、たいていお盆明けと、大晦日の少し前。
その界隈の人間ならすぐに気付くであろうが、それは某有名同人誌即売会開催日の前後。
普段はネットワークMMORPGファンタジアにどっぷりな者たちが集う飲み会――つまるところ、オフ会である。
全体人数二十名弱の《しおひがり》だが、そのオフ会には毎回十名前後が参加していた。
いつも参加する者や、数年に一度現れる者、オフ会には一度も顔を見せたことのない者など様々なタイプがいた《しおひがり》の中で、新海竜は現れるのが稀なほうのメンバーであった。
とにかく、外に出るのが億劫なのである。
昼夜逆転どころか非常に不規則な生活を送り、一年のうちほぼ百パーセントをワンルームの中で完結させる竜にとっては、都市部のスモッグはおろか陽の光さえ攻撃的な外敵であった。(決してユニオンのメンバーに会いたくなかったわけではないのである)
そんな彼を半ば強引にオフ会へ参加させたのが、コルウェであった。
彼女はリアルではそこそこ有名な同人作家で、イベント参加と合わせてオフ会に毎回参加していたという。
当時彼女は二人目のキャラクターの育成をしていたのだが、一人目も二人目もイケメンの男性キャラだったため初対面のとき竜は彼女の性別を知って驚いてしまい、コルウェにひどく笑われた記憶がある。
(クリーム色の髪に赤く金色の瞳の女性キャラ《コルウェ・ラインサード》は彼女の三人目のキャラクターである。コルウェが実際に使われていた期間は四年強程度のはずだが、最終的にレベルはカンストし、リリーシアに並びそうなほどの技能数を完全修得しているあたり廃人度はお察しくださいというところである)
その彼女にゲーム内で半ば強制されるような形でオフ会へ参加した竜だったわけだが――
「あの頃から……いや、そのずっと前からコルウェさんにはお世話になりっぱなしですよね、本当に」
今、そのコルウェはリリーシアのベッドで背中合わせになる形で眠っていた。
昨夜は長く話し込むことになったが、その後彼女からせがまれて結局片方のベッドは使われない流れになった。
よく知っている人物とはいってもリアルで会ったことは数回しかなく、しかも実際のところも女性ということでリリーシアとしてはひどく緊張したわけだが、リリーシアの心の内と裏腹にコルウェはすぐに深い眠りについていた。
知り合いに会えて安心したということなのだろうか。
そんなことをふわふわと考えつつ、リリーシアの意識は次第に落ちていった。
翌朝、他の面々が別行動している間にリリーシアは村長宅を訪れていた。
要件はといえば、以前借りていた剣と盾を返すことと、
「何か、手伝えることがあればと思いまして」
「手伝えること……ですかな?」
「はい、一宿一飯の恩義といいますか……昨夜は宿もお借りしましたし、せっかくここまで来られましたから、何かできればと」
「ふーむ……」
下心など全くなくそう提案するリリーシアに、考え込むオッソリア。
「遠慮なさらずとも、せっかくリリィがこう言っているのですから、何か頼んでみてはいかがです?」
「こ、コルウェ様!」
リリーシアの後ろからひょっこりと顔を出したのはコルウェ。
昨日のうちに紹介はしておいたのだが、オッソリアのコルウェに対する態度は固いままで、すっかり緊張してしまった。この世界ではコルウェは名実ともに神として扱われているのだからそれも当然なのかもしれない。
「え、えーと、ではひとつ……ここ数年、小麦の収穫量が若干ずつ減少の傾向にありまして……。村の者では原因がわからなかったため、お願いできるのであれば原因の調査を……」
「そういうことであれば、了解しました。その数年で何か目に見えて変化したことがあるわけではないんですね?」
「ええ。土や、畑の周辺も調べはしたのですが、どうにも」
「なるほど。では、今日はそのあたりを調べてこようと思います。じゃあ行きましょうか、コルウェさん」
元々次の日あたりには発つ予定であったので、早めに調べて、解決できるようであれば解決してしまったほうがよいだろう。
そうして席を立った二人を、オッソリアが呼び止める。
「ああっと、すみません、もう一つだけお願いがあったのを思い出しまして」
「? なんでしょう?」
オッソリアの視線はコルウェに向いていた。
「昨日聞いたのですが、孫娘に、アリアに神官の才能があるというのは本当でしょうか」
聞かれたコルウェは、微笑んで頷く。
「ええ。彼女には聖属性の、信仰系魔術に対するとても高い素質がありますわ。適切に学んでいけば、立派な神官になれるでしょう」
この世界において神官とは、神の力を借り、様々な聖属性魔術を操る聖職者を指す。そして神官になるためには、大きな教会で神官の見習いとして技能を修めるのが一般的である。
「ふむ、なるほど……もし何か、あの子の道を開けるような、教科書のようなものがあれば、お貸しいただけないかと思いまして」
コルウェは少し考えて、
「お安い御用、ですわ。彼女の信仰心に、私はこの本をもって応えることにいたしましょう」
そして荷物から取り出したのは、《コルウェ教聖魔術・壱》と書かれた分厚い本(ちなみに実際の文字はあくまでこの世界の共用語である)。装丁からうける印象は聖書そのものだが、分厚さは紙の辞典を思い出させる。
「これは我が教えを説くものであると同時に、神官見習い向けの初級からその少しあとまでの導きを記した書です。グランデでは各神殿に最低一冊は配られているものですが――これが彼女のためになるのでしたら、どうぞお使いください」
「これは、なんと……! ありがとうございまする!」
焦りながらも、必死に頭を下げるオッソリア。リリーシアはといえば、その聖職者然としたコルウェの姿に圧倒され、小さく口を開けて呆けていた。
「これも、星の巡り合わせ、導きあってのこと。成長したアリアさんの姿を見るのが楽しみですわね。――リリィ? どうかしたのかしら?」
「へ? ああ、えっと、ほんとに神様っぽい感じが板についてるなー、と」
「し、失礼ですわね、まったく! ほらリリィ、行きますわよ」
口をとがらせてさっさと出ていってしまったコルウェを追いかけて、リリーシアも慌てて村長宅を後にする。
そのやりとりを不思議な顔で見ていたオッソリアは、二人がいなくなってからもしばらくぽかんとしていた。
字数的にキリがいいので切り。
ところでネトゲと同人誌の原稿って(時間の食い方的に)相性最悪ですね?みなさんどうやって原稿を生成してるんでしょうか。




