Area《3-15》
『私を――お呼びかしら』
その声は中央の祭壇から聞こえてきた。
それとともに、祭壇にまばゆい光がさし、白い羽が雪のように舞い散る。
「な――」
誰か――おそらくその場にいた全員――がそう発した。
そしてゆっくりと舞い降りてきたのは、クリーム色の広がった髪に赤い瞳の神々しい雰囲気を纏った女性。
「私を――って、ん? リアクション薄くない? 大丈夫?」
「コルウェ様――ですか!?」
真っ先に立ち直ったのはアリアだった。
「如何にも――私こそが、コルウェ・グランデ・ラインサードですわ。敬虔なる信仰者の少女よ、見たことはないでしょうに、よくぞひと目でお分かりになりましたね」
「祭壇の女神像の御姿によく似ていましたので……それと」
アリアの表情は、驚きや尊敬、その他いろいろなものが入り混じって表現しにくいものになっていた。
対するコルウェは、優雅な微笑みをたたえている。
「それと?」
「神々しくも慈愛に満ちた雰囲気と……リリーシア様を思い出すような、底の見えない魔力の表情が感じられて」
それを聞いたコルウェは、静かに笑った。
「ふふ、なるほど、なるほど……そういえば、貴女のお名前は?」
「あっ! 申し遅れました、私はアリア・ペリヌ・ダリアと申します。ダリア村で司祭の見習いをしております!」
「――貴女の感性は、確かなものですわ。稀有な才能と言ってもいい。将来は、さぞ優秀な神官になるでしょうね」
「……! あ、ありがとうございます! それで、その……この度は、どういったご用件でここへ……?」
アリアはあたふたしているが、神を名乗る者がそれを祀る祭壇に降りてくれば慌てるのが当然というものである。
「ええ、そうだったわね。今日は、ここに来ている友人に会いに、ですわ。いつまで固まっているのかしら?――リリーシア」
呼ばれたリリーシアは、アリアが会話をしている間中ずっと何も言えずに固まっていた。
「……コルウェ、さん? 本当に?」
やっと口に出せたのは、当然の問いであった。
「ええ、コルウェ・ラインサードですわ。リリーシア……いえ、リリィ、お久しぶりです」
コルウェの顔に浮かぶのは、先ほどの微笑みとは別人に思えるかのような花の咲いたような笑顔。
リリーシアのよく知る、リアルの彼女そっくりな笑顔であった。
「――で、本当に、本当にコルウェさんなんですよね?」
リリーシアは、コルウェを教会内の個室に連れ込んで話し合っていた。
他の三人は唐突な展開からさらに置いてきぼりを食らう形になって申し訳ないとは思うのだが、まずは自身の疑問を解消しておかなければ彼女らにも説明できないと考えたのである。
「ええ、覚えているでしょう? この顔、この声」
「確かキャラメイクに何十時間かかけた顔に、そして何十万円か使って手に入れたという人気声優のボイスユニット……」
「そういう貴女だってそのボイスユニット、相当高かったんじゃないですの? 《しおひがり》戦術担当のリリーシア・ピルグリムさん」
「……本物なんですね……知り合いに会えて、よかったですよ、本当に。私が飛ばされる前の……一年前でしたっけ、コルウェさんがログインしなくなったのって。何があったんです?」
心底ほっとした、という様子のリリーシア。(ちなみにリリーシアがコルウェに対して敬語を使うのは元からである)
コルウェはその問いにしばらく沈黙して、
「私に関する伝承、ご存じです?」
「ええ、数百年も前に大陸中央の大戦を終結させた神だとか――、そんな年月ありえないだろうし、名前の同じ別人なのだろうと考えていたんですけど、もしかして」
「――その伝承は全て事実ですわ。私はあちらから飛ばされてきたあと、数百年に渡ってこの世界を見守っているのです」
硬い表情で告げるコルウェ。
「実際には、何十年かの周期で不定期に起きたり寝たりを繰り返しているのだけれど」
その内容は、リリーシアには到底想像のつかない話であった。
そもそも何が原因でこちらの世界に来てしまったのかもわからないままではあるが、それでも一年飛ばされた時期が違うだけで数百年もの時間差になるというのは納得し難いものに思えた。
「そんなに、長く……」
「私の二つ名にもなっている星読の力は、飛ばされてすぐ習得した特殊な技能なのです。星の輝きには魔力が宿っていて、それぞれの組み合わせはこの世界の過去、現在、未来の事象を反射する。その輝き、表情から先に起こることまでもがわかるのですわ。もちろん万能ではないけれど……その力を最大限に利用して大戦を収めた私は、ある一つのことを占いましたの」
それは、
「《私の仲間が現れるのはいつか》、と。基本的に、この世界の星はこの世界のことしか映せない。でも、そのとき星はぼんやりと未来を指し示したのです。遠い未来、数百年後に、私と親しい者がこの世界に現れる、と」
「それが……私だった、と?」
「ええ、そうですわ、リリィ。本当はもう少し苦労する予定だったのだけど、貴女が派手に動いてくれていたから見つけられたのですわ」
「褒められているのかなんなのかわかりませんが……この村にいるということも、星読で?」
そう聞かれたコルウェは、難しい顔をして遠い目をした。
「そうなのですけれど……リリィはこの世界の存在ではないから星読が安定しなくて大変でしたのよ、全くもう……グランデからラツェンルールまで来たらガルガンチュートにいると言われ、ガルガンチュートに到着すれば発ったあとだと言われ……」
実際にはリリーシアの星読の反応はあまりにも微弱であったため、途中からはリリーシアの一行全体に範囲を広げて星に占わせていたのである。
「それは……申し訳ないことをしました」
「いいのですわ。こうして出会えたのですもの。数百年待ったのですから、今更少しの差ですわよ」
「そう、ですね。と、それよりもうそろそろ置いてきた三人に説明しないと……なんといったものか」
数百年前から生きている女神と知り合いという非常に説明しにくい状況なのを思い出し、リリーシアは頭を抱えた。
これまでの経緯を簡単に伝え、コルウェにも考えてもらう。
「うーん……貴女が旅をしている間に、偶然出会ったという感じじゃいけないかしら? いつ出会ったのかはわからないというふうにして」
「うわあ……非常にアバウトで後のことを考えると色々とアレな案ですけど……ひとまずはそうしておきましょうか」
ネトゲの知り合いです、などと言うわけにもいかず、結局無難かつ柔軟性の高い案に落ち着くのであった。
「ほおー……そんなことが、のう。竜種を倒したときにはこれ以上に驚くことはなかろうと思っておったが」
「まさか、神様と知り合いだったとは、です」
その説明を聞いたゼラとミコトの半信半疑な視線は、完璧な微笑みを浮かべるコルウェと微妙に目をそらしたリリーシアを行ったり来たりしていた。
「しかし、まあ師匠が規格外なのは今に始まったことでもなし。そういうものだとしておくしかないかのう……」
首をひねりながらも、もう諦めるしかないといった様子で頷くゼラ。
そもそもこの村に来る以前の記憶がない(もしくは曖昧)という設定を通していたので、その説明自体も考えてみれば矛盾するものだったわけがだ、ゼラは納得することにしたようであった。
「コルウェ様、ですか。師匠とコルウェ様を疑っているわけではないです、けど……本物、です?」
ミコトの言いたいことはつまり、何か証拠が見たいといったところだろうか。
「確かに私は本物なのだけど……じゃあミコトさん、私が貴女の過去を星読みしますわ」
「え――」
そう言うが早いか、コルウェから膨大な魔力が湧き上がり、大きく複雑に組み上がった魔術が天へ登っていくのが感じられる。
そしてコルウェは目を閉じて、一分に満たない程度の時間動きを止めたあと――
「来ましたわ。ミコトさん、貴女はあの里で……いえ、これは私が口にしてはいけないでしょうね」
「……!」
ミコトは、普段から乏しい表情を更に薄くしていて、リリーシアは彼女が何を思っているのか全く読み取れなかった。
ただ、自身の過去については触れてほしくない、という雰囲気は伝わってきた。
「うーん、しかしそうなると……ああ、あれがありましたわ」
黙ってしまったミコトをおいて、がさごそと荷物を漁るコルウェ。
彼女が取り出したのは、半透明に透き通った銀色のカードであった。
「これは……?」
ミコトが聞くと、
「これは、グランデ国の冒険者組合の登録証ですわ。ステータスを見るのに便利なので持っているだけなのですけど……魔力を通して、と」
コルウェの魔力が通ると、まっさらだった表面に細かい文字が刻まれていく。
その内容には、ほとんどバツェンブールの冒険者カードと同じ項目が並んでいた。
似顔絵(なお魔術によるものなので正確さは証明写真並みである)と、名前。さらにはグランデ国公認の現人神であるという証明文まで記載されている。
冒険者カードの生成魔術は世界の理にアクセスするぶん強固であり偽装はまず不可能である。それは確かに目の前の人物がコルウェ本人ということを示していた。
「すみません、です。わざわざカードまで見せてもらって」
「気にしていませんわ。ミコトさんが、自分の敬愛する師に擦り寄る怪しい者に警戒するのはあたりまえでしょう?」
「な、そんな、ことは……!」
顔を赤くして反論するミコトと、余裕の笑みのコルウェ。コルウェは早くもミコトの扱い方(?)を覚えてしまったようであった。




