Area《3-14》
「お久しぶりです、アリア」
固まってしまったアリアに対して、立ち上がったリリーシアが挨拶をする。
(初対面のときは”アリアさん”と呼んでいたが、明らかに年下に見える少女にさん付けもおかしいかと考えた結果の呼び名である)
「――り、」
それからきっちり数秒かけて、
「リリーシア様……!」
そう名前を呼ぶと同時に、駆け込んできた金の髪の少女はリリーシアに抱きついた。
「わ、ア、アリア――?」
「あ、す、すみません……本当に長らくお会いしていなかったものですから」
「ええ。そうですね、本当に……」
自分でも流石に年不相応な行動だったと気付いたのだろう(聞いたところによると十四歳らしい)、赤面して後退したアリアにつられてリリーシアまで少し恥ずかしくなってしまう。
「無事王都へ到着したという話は村の方々から聞いていましたが、リリーシア様のほうからもう一度こちらへ訪ねていただけるなんて……私、本当に嬉しいです! もしかして、何かのお仕事ですか……?」
「いえいえ、ここへは完全に個人的な理由で来たんですよ。随分助けていただきましたので、何か恩返しができればと思いまして」
「恩返し、ですか? 討伐隊のかたは口々にリリーシア様に助けられたとおっしゃっていましたが……」
「あー、いえ、まあその件も私は王都まで送っていただいたようなものですけど……あの数日間、アリアや村のみなさんには右も左もわからなかった私によくしていただきましたから」
「なるほど……?」
助けられたと考えているリリーシアと、同胞が助けられたと感じているアリア。互いに微妙に話がすれ違いそうになっていたところに、オッソリアが朗らかに笑いながら、
「はっはっは、何はともあれアリア、おぬしはそろそろ礼拝の時間じゃろう? 一旦教会へ皆様をお連れしたらどうかね」
「あっ、はい! リリーシア様と――お仲間の皆様、ですね? よろしければ、村の教会へいらっしゃってください」
誰からも特に異議が出るわけでもなく、一行は教会へ。
その道中でそれぞれの自己紹介を済ませる。
セレネについても正体に気付いた様子はないようであった。やはり写真のような記憶媒体があまり普及していない文化なのが影響しているのだろうか、とセレネの風貌の認知度の低さについてリリーシアは考える。
もっとも、王都では魔晶石駆動の写真機と印刷機、そして新聞が普及しているためそうはいかないだろうが(実際メルランデに前情報ありとはいえ顔でバレている)――
「ここが、ダリア村の教会です。どうぞ、お入りください」
「結構大きい、です」
「そうじゃな。村の規模にしては立派な作りをしておる」
木と金属の組み合わされた扉を開け、アリアが四人を招き入れる。
リリーシアがこの世界で初めて見た景色はこの教会だったわけだが、あのときは混乱していたこともあって今見るとかなり印象が更新されていくのがわかる。
石造りの壁にはリリーシアの読むことのできない神聖な雰囲気の文字で文章が刻まれていたり、女神と思われる彫刻が施されている。
木の長椅子もそれなりに多く用意されていた。テーブルも用意されているので、もしかするとここに集まって食事をとるような集まりもあるのかもしれない。
「そういえば、ここの掃除は……すべてアリアが?」
リリーシアがふと思って口に出すと、アリアは首を横に振って、
「いえ、週に一度、村のみなさんが掃除をしに来てくださるんです。私は毎日少しずつ埃を掃いたり祭壇を清めたりしているだけですので……」
それでも十四歳の少女が毎日真面目に仕事をしているということが、リリーシアにはとても立派なことのように思えた。
リリーシア(の中身)が十四歳の頃といえば、ファンタジアのサービス開始から三年目。ユーザー数も増え続け大規模イベントも定期的に行われるファンタジアにどっぷりと浸かり他のことなど何も――
そこでリリーシアは思考を止めた。
アリアの謙虚なまばゆさに照らされて自分の罪深さを認識してしまい、ネトゲーマーリアリティショックを発症したのである。
「なる……ほど……。そ、そういえば、ここではどういう神を信仰しているんです?」
精神的な衝撃から目をそらすべく少々強引に話題転換を図ったが、アリアには不審がられなかったようである。
「はい、この教会では――というより、ここダリア村ではその昔よりコルウェ様を信仰しております」
その話題転換は、想定外な結果で更に衝撃を与えてきたのであった。
「コルウェ、様……、その理由というのは何かあるんですか?」
「コルウェ様の未来を見通すお力は、古来よりいくつもの災害を予見してきたと言われています。そして、この村もかつて何度もその神託に救われたことがある――と聞いています。いつのことなのかはもうわからないのですが、おそらくその頃よりの信仰なのだと思います」
「長い歴史があるんですね……。現人神、コルウェ・グランデ・ラインサード様、か……」
リリーシアが感嘆を込めてつぶやく。
自身の知り合いである名前も名字もその女神と同じ彼女とは、さすがに別人なのだろう。
こういう偶然もあるんだなあ、とリリーシアが思いつつ正面の壁の女神像を眺めていると。
『私を――お呼びかしら』
声が、舞い降りた。
(まあ読者目線だと威厳もなにもない雰囲気になっちゃってるんですが、それはそれ)




