Area《3-13》
特に何もイベントが起きることもなく(バツェンブール東部は特に平和な地域として知られている)、一行はあと数時間でダリア村に着こうかという地点までやってきていた。
「火竜料理、上手くできたらダリア村の方々にもおすそ分けしようと思うんですが、もしかして”竜種は食べてはいけない”みたいな宗教ってあるんでしょうか……?」
ふと思いついてリリーシアが聞くと、ゼラは少し考えて、
「んー……国内で食事について制限のある教義は聞いたことが無いゆえ、大丈夫だとは思うが」
「それならよかったです。というか、この国のかたたちはどういう神を信仰しているんでしょうか。私はまったく知識がないもので」
「この国で最もよく見るのは豊穣の神エオネア様じゃな。次が星読の女神コルウェ様かのう。まあ現人神というお墨付きじゃしな」
「……コルウェ、様? ……現人神とは?」
「まさかとは思ったが、本当に常識というものを知らんのうおぬしは……。コルウェ・グランデ・ラインサードといえば名前くらいはどこのならず者でも知っているほどじゃぞ」
その名前を聞いたリリーシアの脳内に電撃が走る。それは、あまりにも知った名前である。
コルウェ・ラインサードはリリーシアの知り合いである。
知り合いというより、ギルド《しおひがり》でもかなり仲の良い友人であった。
名前だけならともかく、名字まで合致しているとなると、まさか。いやしかし――
「コルウェ様――コルウェ・グランデ・ラインサード。何百年と昔にグランデ国を平定した救国の聖女にして、星読の女神。夜空の星から未来を視るその能力は、平定時から今に至るまでグランデ国を見守り続けている、という――」
別方向からの声に顔を向けると、昼寝から起きたセレネが説明を引き継いでいた。
「……えーと……グランデ国っていうのはたしか、この大陸の中央の大きな国ですよね」
「ええ、合っているわ。このバツェンブールも広い領土を持っているけれど、グランデ国はさらに大きく、豊かな国よ。ここからだととても遠いから、私も幼い頃に一度行ったことがあるだけだけれど……」
「そう、なんですね……」
「……? リリーシア、どうしたの?」
混乱した様子のリリーシアを少し心配そうに見るセレネ。
「……いえ、たぶん私の勘違いです。それで、現人神というのはどういうことなんです?」
「ああ、その説明だったわね。コルウェ様は戦乱の渦中にあった中央地域を平定し、国を建てたあと、眠りにつかれたの。ここまでなら神として崇められる逸話としてよくあるものだけれど――コルウェ様が現人神と呼ばれるのは、その後も何十年かの周期で目覚めてグランデ国の未来を占っている、ということから来ているわ」
「ということは……タイミングよくグランデ国に行けば、姿を見ることもできる、と……?」
驚きと困惑が入り混じったような不思議な表情で問うリリーシアに、セレネが頷いて答えようとしたとき――
「村の入り口がみえてきました、です」
ミコトの呼ぶ声に外を見れば、そこは懐かしいダリア村であった。
木材がいくつか組み合わされてできた簡素な門――といっても鳥居のような形になっているだけだが――を抜け、馬車をその付近に待機させる。
今はほとんどの村民が農作業に出ている時間帯で、周りに人影はなかった。
「ひとまずは村長さんの家へ向かいましょう」
記憶と変わらない懐かしい景色に嬉しい気分になりつつ、一行は歩を進める。
隣にはセレネ。ミコトとゼラは周囲を見物しつつ少し後ろを歩いている。
「本当にのどかなところね。風が気持ちいいわ」
「実際、小さな教会がある以外は他の農村と全く変わらない雰囲気でしたからね」
畑等を除くと村自体は本当に小規模である。すれ違った顔見知りの村人たちに挨拶をしながら少し歩くと、一行は村長の家に到着した。
「おじゃましまーす……」
ノックをしてから家に入ると、ちょうど倉庫から出てきた村長、オッソリア・ペリヌ・ダリアと目があった。
「ふむ、どなたかな――と、おお、貴女は!」
何回か瞬きをしてから驚いたオッソリアがかけよってくる。
「おお……本当に久しぶりです、リリーシア殿。どうぞお入りください」
オッソリアに案内され、四人は中央のテーブルに座った。
「久しぶりです、オッソリアさん。その節は本当にお世話になりまして――」
「いえ、とんでもない。助かったのは我々村民のほうで……と、こちらの方々は?」
「あ、紹介が遅れました。こちらから、セレネ、ミコト、ゼラです。彼女たちは――私の友人というか、うちの従業員というか」
紹介にあわせて、順に一礼する面々。
以前まではセレネに関してセリカと偽名を使っていたのだが、慣れないリリーシアが何度も人前で間違えそうになったためもうむしろ使わなくていいか、ということになった。
セレネという名前自体は珍しい名前ではないらしいし、髪型と髪色を変えたセレネはほぼ完全に別人といっても差し支えなかったためである。
「従業員……といいますと」
興味深そうに白い髭をさすりながら聞いてくるオッソリア。
「ええ、あのあと――」
「――ほほお、王都でそのようなことが。とはいえ日々充実しているようで何よりです」
「ええ、おかげさまで。 ――そういえば、あのあと街道に魔物の類は出ていませんか?」
オッソリアに今までの経緯を報告したあと、リリーシアは気になっていたことを聞いた。
「はい、あれ以降は目撃例はないようです。王都の冒険者の方々に森の魔物溜まりも処理していただけたので、少なくとも今後数年は安泰かと思います」
「それはよかった。アリアも安心できますね」
と懐かしい名前を出すと同時、家のドアが開く。
「おじいさま、畑の確認が終わりました――?」
リリーシアと目があったアリアは、語尾が不思議な疑問形になりつつ固まった。
(忘れてたのでまとめて感想返信をさせていただきました。ありがとうございます)




