Area《3-12》
結論から言えば、コルウェとリリーシアは出会わなかった。
ラツェンルールからガルガンチュートへのルートには複数の選択肢がある。
魔物の出る危険性や途中に街がいくつあるかなど、この間を移動する者たちは自身の目的と能力からそれぞれ道を選ぶ。
帰り道、リリーシアたちが選んだのは行きと同じくほとんど危険のない若干遠回りの街道であった。
もちろんこのあたりの森林などで出現する魔物は彼女らにとっては取るに足らない程度の危険度ではあったが、特に急ぎの用事もなかったので警戒の要らない道を行こうということになったのである。
それに対してコルウェは、遠回りが少なく済む森の中を召喚馬で突っ切った。急げばまだリリーシアがガルガンチュートにいるだろうと踏んだがゆえの最短ルートであったが、見事に裏目に出たと知るのは彼女が都市に着いてからの話である。
……そういう経緯で、星読の女神が鉱山都市で頭を抱えて肉料理を暴食していることなど当然知らぬまま、リリーシアはゆったりとラツェンルールに帰ってきていた。
「……なにか変な悪寒を感じたような」
「風邪でも引いたのかしら? 季節の移り目は注意しないとね」
うーんと首をひねる。身体機能の向上によって風邪とは全く縁のなさそうな身体ではあるが、この世界特有の病気もないとは限らないので注意が必要かもしれない。
ちなみに、バツェンブールは基本的に雪が降らない。というより、冬が短く、春が長いのだ。
あまり気象について詳しい知識は持っていないリリーシアだが、厳しい寒さがやってこないというだけでありがたい話である。
「一月と半分ぶり、くらいですか。今日は工房のベッドで休みたいですね……」
「賛成、です」
道中は交代で馬を走らせながら馬車の中で眠っていたのだが、リリーシアは柔らかさの足りない布団と他の女性の存在とで少なからず疲弊することとなった。どちらもしかたないことではあるが、布団にはゆっくり一人で入りたいものである。
そして翌日。荷物の積み替え(戦利品はほぼ全て工房の倉庫に入れておいた)やダンジョンで大量に消費したポーション等の消耗品の補充を行い、出発である。
「空は晴れ、空気は春うららかといったところで。旅日和ですね……」
今日の御者はミコト。セレネは春の陽気に誘われて昼寝中である。
道中、リリーシアが外を眺めながら磨いているのは鉄製の片手長剣。使っていた剣が大破してしまったため、最初に作った鉄の剣を持ってきている次第である。
「結局、師匠の剣は名を付けることなく折れてしまったというわけじゃな」
「……そういえば、そうですね。道具に名前を付けたことなんてなかったものですから」
「次に作る剣は、最も身近にある命を預ける相棒と思うて、大事にしてやることじゃよ。……しかし、あれほどの業物が耐えきれぬ魔力の圧とは……。あの合成魔術とやら、わらわの思うておった以上の代物のようじゃな」
ダンジョンで使用したリリーシア固有魔術、《勝利へ導くは我が蒼の剣》。
これは、リリーシアが開発したものというわけではなく、ゲーム時代からの技能によるものである。
上位以上の各種攻撃魔術技能には、《術式合成:上位》というものが含まれている。
効果は、三つ以下の同属性・同系統の魔術を合成し、威力を倍増させて同時に発動するというもの。
消費魔力が桁違いになったり、事前に組み合わせを試して脳内に登録しておかなくてはいけないなどと制約も多いが、魔術師はここぞという場面でこれが使えて初めて一人前、というのがゲーム時代の常識であった。
リリーシアが《勝利へ導くは我が蒼の剣》として登録しているのは、ゲーム時代からよく戦闘前に使用していたバフ系合成魔術である。
一つ目でフィールドの状態を変えて自身に有利な空間を作り、二つ目で自身に防御・速度強化のバフ、三つ目で自身を含むパーティメンバー全員に攻撃能力諸々を強化するバフをかける。
味方の構成や敵の種類を選ばずにとりあえずで使用できるので、非常に重宝していたものだ。名前は当時(三、四年前)つけたものなので自分で声に出すと非常に恥ずかしいのだが、呪文がキーになっているため発声は避けられないのである。
あの時より以前にゼラたちにも概要は伝えてあったのだが、実際に使って見せるのは初めてのことであった。
(しかし、昔は装備の各種ブーストのおかげで湯水のように使えていた魔力も、この固有魔術一回で四割使ってしまうとは……)
「もう少し余裕かと思ったんですが……難しいものですね」
「伝説に謳われる竜種相手に豪胆な感想じゃなあ、まったく……。ところで、あの火竜の素材の使いみちは考えておるのか?」
「ええ、一応は。鱗はそのまま使って鱗鎧にしてもいいんですが、一度溶かして金属として使おうかと。汎用性も高く、一部の金属とは特殊な合金も作れますし」
「よく心得ておるものじゃ、アレはわらわやミコトにも扱える類のものなのかや?」
「ええ、鍛冶技能も上達していますし、練習次第で十分に扱えるようになるかと思いますよ。あれほど大量に取れましたから、もったいぶらずに練習用にどんどん使ってしまいましょう」
バツェンブールに限らず、竜種という魔物はしばしば伝説やおとぎ話の中で語られる。その程度には目撃例が少なく、かつ強力な種族なのである。
そんな竜種の素材となれば(資料としても研究対象としても)希少価値は計り知れないが、金銭に全く困っていないリリーシアたちにはこれらを外へ流すつもりはなかった。
「あと、肉は錬金素材にもなりますが、基本的には食材ですね。ドラゴンステーキ、味が気になりますよね……!」
「あれをステーキに、かえ……あそこまで強靭な肉が食べられるものかのう……」
「そこは私にお任せください。そもそも、ドラゴンの肉が刃を通しにくいのは身体に張り巡らせた魔力回路中の膨大な魔力によるもので――」
ゲーム内で何度も使用したドラゴンステーキをやっと自分の口で食べられることにテンションが上がっているリリーシアを少し引いて見やるゼラ。
自身の師の人間性を疑ったことはないが、常識にとらわれない――そもそも常識レベルの知識を知らないことも――ところがあるので油断はできない、とゼラは決意を新たにした。




