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Area《3-11》


「さあ、やったきましたわラツェンルール。ここに、ここにリリィが――」


 初の月中旬。リリーシア一行がガルガンチュートでダンジョンの調査に励んでいた頃、ラツェンルールに一人の女性が降り立っていた。

 彼女の名はコルウェ・グランデ・ラインサード。

 大陸中央に位置するグランデ国王女であり、《星読の女神》として知名度は高い――というレベルではもはやなく、生きる伝説などと言われることも多い。


 だが、ラツェンルールの街を歩いていても気に留める人はいない。

 それは変装をしているためだ。

 長くボリュームのあったクリーム色の髪は薄い空色に、服装もあまり目立たない流れの冒険者風のモノを選んでいる。

「しかしその真髄はこのサングラス! これはただのサングラスではなく認識阻害用の術式が常時発動して私をただの一般人と誤認させる効果が――っと。誰も聞いていませんのに、つい昔の癖で」

 いかんいかん、と気を取り直して歩き出すコルウェ。

「それにしても、いつ来ても綺麗な街並みね……うちの首都には及ばないけど。けど。――もしかしたら、街並みと下水道システムを提案した人は同朋こっちがわだったのかもしれないですわね」

 昔からの形で運用されているというこの上下水路は、コルウェから見れば大昔にできたというには少し近代的すぎる――というか、整いすぎている。

 過去に異邦人がいたのか、それとも現地の天才が考案したのかは定かではないが、コルウェにとってはどうでもよいことだ。

 過去よりも現在を尊び、そして未来を占うのが彼女の仕事なのだから。

 ……というのは建前で、本当のところは今現在の目標であるリリーシア以外何も気にならなくなっているだけなのだが。


 未だ新年祭の余韻が抜け切らないラツェンルールの雑踏を危なげないステップですりぬけ、コルウェはひとまずの目的地にたどり着く。

 彼女が扉を潜った先、それは冒険者組合である。

 リリーシアは冒険者登録をしていると聞いているので、ひとまず安直に受付や他の冒険者に話を聞いてみようと考えたのである。

 情報収集をするなら王都に潜んでいるグランデ国監視室――という名の潜入機関である――の監視員を頼るのが最も簡単だろうということはわかる。だが彼女には監視員とは会えない事情があった。

「……勝手に王城抜け出して東の端まで遊びに来てるなんて知れたらめんどくさいものね……!!」

 もちろん、国中でほぼ最高の地位を持つ彼女が強く出れば否定しきれる者はいないが、自分勝手にしていい身分ではないということも重々承知していたのであった。

 決して、こっそり抜け出すことを楽しんでいるわけではない。決して。


 まず受付は、「お答えできません」「個人情報です」の一点張りであった。考えてみれば当然の対応なのだが(この国の組合は公平公正で有名である)、取り付く島もない様子にコルウェのテンションは下がってしまった。

 やはり、冒険者に話を聞いてみるしかないらしい。

 そして数組の冒険者に話を聞いてみたところ、「そういえば見てないな」「屋台は月初めになくなってたよね」「どこに行ったんだろう」という情報しか得られなかった。落胆しかけていたところ――


「おや、リリーシアをお探しで?」

 その声に勢い良く振り向くと、そこには女性の冒険者。赤銅色のウェーブのかかった髪が特徴的である。

「ええ、私はリリーシアの知り合いなのだけど……貴女は?」

「へえ、知り合い、か。私はメルランデ。メルって呼んでね。メルお姉さんでもいいわよ?」

 陽気な声音だ。腰に下げているのは短剣と、携帯用の酒瓶だろうか。

「メルおね――メルさん、よろしくお願いいたしますわ。名乗り遅れました、コルウェと申します」

 本名を名乗ったとしても、そこからグランデ国王女コルウェに思考が辿り着くことはない。この認識阻害の術式はかなり高度であり、高レベルの人間以外には解けない強度になっているのである。

「コルウェさんね、よろしく、っと。それでリリーシアに何か用かい? それなら残念だけどあの子は今外出中だよ」

「外出中……? いったいどこへ?」

「んー……一応あの子は友人だし恩もあるし、出会ったばかりの人に簡単に教えるわけにもいかないんだけど……。知り合いってことなら、何かこう、証拠的なものとかないのかい?」

 その言葉を聞いて考え込むコルウェ。

「証拠……昔の笑い話ならたくさんありますが……うーん……――ああ、彼女のレベルなら知っていますわ」

 興味深そうな顔を見せるメルランデ。

「ほう? ちょうどいいかもしれないね、私も最近初めてあの子の冒険者カードを見せてもらったばかりだ」

「最後にあったあの時に既にカンストしていましたから、今は――七百、ともしかするともう少しといったところでは?」

 コルウェが微笑んで言うと、メルランデの顔はわかりやすく驚いていた。

「……これは、驚いた。……しかしその風貌、雰囲気、もしかしてあんたも……?」

「――ご想像におまかせしますわ。それで、信じていただけたようであれば情報をいただけると助かるのですが」

「おっと、そうだった。あの子たちは今――」


「ガルガンチュート……鉱山都市と来ましたか。しかもダンジョン調査とは……まあ彼女がいれば大丈夫でしょうけれど……」

 年明けまではこの都市にいたという話にさらにがっくりと項垂れるコルウェ。

 とはいえ、■■■年待ったのだ。いまさら何日、何ヶ月すれ違おうとも最終的に会うことができればいいのだ。

「……おっと、申し訳ありませんわ、考え込んでしまって」

「いいや、私の情報はお役に立ったかな?」

「ええ、本当に、本当に助かりましたわ。そうだ、何かお礼をさせていただかないと……」

 ごそごそと袋を探り――

「ちょうどよいものがありましたわ。これを、是非。星の光が貴女を護り、助けとなることを祈ります」

 メルランデに手渡したのは、銀色の指輪。宝珠の類はないが、表面に細やかな彫刻の施された品である。

「こりゃあ品のいい指輪だね、ありがたくもらっておくよ。あの子のことにも詳しいようだし、あんたとまた会えるのを楽しみにしておくよ、コルウェさん」


「ええ。今度は……リリィも連れて。それでは――」

 深々とお辞儀をしたコルウェは、そのままするりと後退し、冒険者組合の人混みに紛れてしまった。

 メルランデは背を伸ばしてみたが、コルウェと名乗る不思議な女性の姿は見つからなかったのであった。

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