Area《3-8》
焼肉、串焼き、巨大な肉塊エトセトラ――
この都市の食事には、とにかく肉がよく出てくる。
炭鉱で働く屈強な男たちに必要な栄養素は一にも二にもカロリーということなのだろうか。
出て来る肉に対して野菜の割合が足りていないのが気になるところである。
そんなことを考えつつ、リリーシアは目の前の状況から現実逃避していた。
初回の探索から二週間ほど経ったある日の昼さがり、円形のテーブルの周りには十名近くの男女が席についていた。
その内訳は、リリーシア一行と先日ダンジョンで出会った《北風》のメンバー全員。
特別な理由があるわけではない。先刻街で彼らとばったり遭ってしまい、改めて熱烈な誘いを受けてしまったのである。
初対面のときに「構わない」と言ってしまったので断るわけにもいかず、気付けば全員で昼食を食べる流れになっていたのだ。
リゲルの采配でこの街ではおしゃれな部類に入るレストランに入ったわけだが、リリーシア一行と《北風》はともにこのあたりで顔が売れてしまっていたようで、周りからそれとなく伺ってくる視線を感じるのが非常に居心地がよろしくない。
そもそもリゲルが隣に座ってきて熱心な様子で話しかけてきているものだから、居心地のよくなさは人生での最大瞬間風速を記録し続けていたが。
「リリーシア様の噂はここガルガンチュートまで大きくとどろいていますよ! 特にあの闘技大会の映像結晶は冒険者組合で知らない奴はいないくらいですから!」
キラキラした目で話しかけてくるリゲルに対してなんとか苦笑いを返しつつ、他三人に目線で助けを乞う。
他のメンバーは《北風》の面々と和やかに談笑しつつ食事をしているが、なぜかこちらを見ようとしない。
《北風》のメンバーも同様の態度なので、これはリリーシアの勘違いではないはずだ。
この国には、男女の関係に下手に水を差してはいけないとかそういうたぐいの風習でもあるのだろうか。
リリーシアからすれば余計なお世話であるし、そもそも精神的には男女ですらないのだが……。
「し、しかし、国内とは言え距離があるこの都市まで、そんなに知れ渡っているとは……」
「それはもう! 剣技、魔術の双方で誰も及ばない程の圧倒的な実力を持ち、かつ一目見れば忘れられない美しい蒼の髪と瞳! そして何より、五十年ぶりの特級冒険者への認定と、話題には事欠きません……!」
リリーシアの脳内には『一人で盛り上がりすぎて周りにめっちゃ聞こえてるから勘弁してくれ』しか浮かばなかったが、リゲルの話が(誇張は含まれているとしても)本当ならば、この街の冒険者組合に行くのは勘弁したいところである。
自分の力を誇示して周りの反応を楽しむタイプの人間ならば話は別だが、あいにくリリーシアはその手の人間ではないし、むしろ真逆の方向の人間性を有している。
そもそも引きこもりのネトゲ入り浸りオタクが現実の人目にさらされることを喜ぶはずがないのである。
その後も「冒険者組合へ案内しましょうか?」だの「行きつけの武器屋を紹介させてください!」だのといったリゲルの猛攻をなんとか受け流し続け、リリーシアの精神耐久値はもうガス欠を通り越す事態になっていた。
「――ところでリリーシア様!」
「ええっと、なんです?」
「リリーシア様は、パーティ名は付けないのですか? 私達であれば《北風》のような」
「……そういえば。考えてもいませんでした」
その質問は完全にリリーシアの意識の外であった。たしかに、思い返すと彼らは《北風》だし、その前に会った冒険者のパーティは《ハネツルギ》と名乗っていた。
「私たちはもともとピルグリム工房という一単位でしたし、必要がなかったんですよね」
「他の冒険者に名乗るときや、組合なんかでもパーティ名はあったほうが何かと便利だと思いますよ」
リゲルが念を押すのと同時に、隣のゼラが思い出したように話しかけてくる。
「おお、そうじゃった。ちかいうちにわらわもその話をしておこうと思っておったんじゃよ」
「あれ、そうだったんですか? あと今まで無視していたのはなぜです?」
「ふむ。パーティ名というのは大事じゃからなー。早めに考えておくとよいぞー。今でもよいと思うがのー」
質問を無視した上に棒読み風味にならないでほしい。
「…………はあ。ならば、えーと……」
リリーシアは自身の脳ミソを必死にひっくり返しつつ――
「……《蒼の旅団》、というのはどうでしょうか。私達の目的は元々旅をすることでしたし、一応私が先頭に立ってますし――」
旅団――それは正確には旅をする者たちを意味する単語ではなかったような気がするが、響きが自分たちにあっているような感じがしたのであった。
「《蒼の旅団》――、いいんじゃない? 私もこれからずっと旅をしていたいもの」
とセレネ。
「はい、私は全く異論はありません、です」
とミコト。
「よいではないか。くくく、工房名の数倍は洒落ておるぞ、師匠」
とゼラ。
「うるさいですよ、ゼラ。……ともあれ承認を得ましたので、これからは《蒼の旅団》と名乗ることにします。リ=ゲルさん、おかしくないですか?」
そう言ってリゲルのほうを振り向くと、
「はい! 《蒼の旅団》、素敵なお名前です! おめでとうございます!!」
となぜか相当に感激した様子でリリーシアの手を取って握手する形でぶんぶんと振り始めた。
普段の姿は理知的な印象なのだが、リリーシアの前だとことごとくその印象を壊していく青年であった。
「――なんとも、まあ。……死ぬほど疲れました…………」
昼食会から開放されて、宿に戻って一息つきつつリリーシアはがっくりと肩を落とした。
「はっはっはっは! 今日の師匠は傍目には非常に面白かったぞ! 強く出てくる相手には弱いようじゃのう」
「笑うとこじゃないです、まったく。助けにも入らなかったくせに……」
リリーシアの様子とは正反対に、涙を浮かべて笑い転げているゼラ。いくらなんでもその反応は失礼なのではなかろうか。
「くくく……。いやなに、せっかくあの若造が頑張って言い寄っているのを邪魔するのも無粋かと思うてな。悪い男ではあるまい?」
ゼラの言に、隣のミコトも神妙な(多少芝居がかった)顔で頷いている。セレネは王家スマイル。
「そりゃあ、まあ、ええ。悪いかたではありません、ありませんよ。でも、相手をする私としてはもう本当に……ちょっと勘弁して欲しいですよ……」
リリーシアが落ち込んでいると、ミコトが口を開く。
「そういえば、《北風》の皆さんは全員一級の冒険者だそう、です。数ヶ月前に二級から上がりたてという話ですが」
「……そうだったんですね。確かに思い返してみると、皆装備は整っていましたし、ダンジョンのあの地点まで到達できていたわけですから――」
とすると、《ハネツルギ》の面々も同じような階級の冒険者だったのだろうか。
「人は見かけによらんなあ、とでも考えておるんじゃろ、師匠。リーダーのリ=ゲルはあんな様子だが、この都市ではかなりの有名人らしいぞ? 面倒見がよく、下級の冒険者たちからは兄のように慕われておるらしいなあ」
「あの人が……あれ、ところでその話はどこで聞いたんです?」
「ああ、一昨日だったかにわらわとミコトとセレネで冒険者組合に寄ってきたのでな。まあ正確には手紙で呼び出されたわけだが」
そう言ってゼラが取り出したのは冒険者カード。
「呼び出されて、というと……ああ、冒険者ランクの更新ですか?」
「うむ、わらわとミコトはついに一級認定じゃよ。いやあ、案外長かったもんじゃなあ」
「ふたりとも流石よね。あ、私は三級だって。四級を飛ばしちゃったんだけど、よかったのかしら」
「おそらく、ここ最近のダンジョン探索の成果が認められたということ、です。あの炭鉱内ダンジョンは、かなり難易度の高い部類、です」
「それに、セレネの実力だって十分ついてきていますよ。もう自然に戦闘に参加できているじゃないですか」
王家の血のなせる業か、セレネの成長速度はかなりのものだ。
レベル的にはかなり無理のあるダンジョンに潜っているわけだが、剣技や立ち回りは十分に対応できている。
今ではリリーシアたちもセレネに気を使わずに戦闘フォーメーションが組めているほどだ。
「それだって、リリーシアの作ってくれた武器や防具あってのことでしょう? 貴女にはほんとに感謝してるんだから」
「……いえ、それほどでもありませんよ。と、そろそろ準備を始めましょうか」
「はい、です。ゼラ、調査の進捗は、どう……?」
「うむ。ぶっちゃけるとかなりのペースで進んでおる。このダンジョンは脇道は多いが、今までの地図から見て全体的にすり鉢状の形状をしておると見て間違いない。そこから考えれば――あと一週間かからずに全貌が明らかにできそうじゃな」
炭鉱から入り口の繋がったこのダンジョンは、内部はすり鉢状の形状をしており、それを螺旋を描くように下っていく構成になっていた。そのせいもあって、最初の方こそ広い範囲を長時間マッピングしていたが、半分を超えてからは(敵は強くなるが)かなりの速度で探索が進んでいたのである。
「今日は引き続き道中のマッピング、ですね。……ところでこのダンジョンの、すり鉢の底――何があるんでしょうね」
「”ある”というよりは……”いる”じゃろうな。待ち構えているのはまず間違いなくダンジョンボスじゃろう」
「……ですよね。薄々想像はしていましたが」
考えるポーズで黙り込むリリーシア。
「どうしました、です?」
「いえ、その……依頼としては、ダンジョンボスを確認してその近辺までの道をマッピングすれば満了ですよね、たぶん」
「まあそうじゃろうな。ひとまずの調査が目的ゆえに、今日までの調査結果の提出だけでも十分に完了とすることはできるじゃろうが。――まさかとは思うが、師匠」
ゼラの言葉に、リリーシアは好奇心丸出しの笑顔で頷いた。
「その、まさかです。――最深部のダンジョンボス、わたしたちで倒してみたくないですか?」




