Area《3-7》
リリーシアはその結果を見届けるのもほどほどに、剣を手放して吹き飛んできたゼラを受け止める。
「うわっぷ! ……ゼラ、大丈夫ですか?」
「おお、助かったぞ師匠。しかしあのクラスでも一撃とはのう」
敵性の魔力反応が消えていくのを感じながら、ゼラを地面に下ろす。
「いえ、まあ……と、それより冒険者の方々は……!」
リリーシアが後方に駆け寄ると、セレネとミコトが倒れた冒険者たちを治療しているところであった。
「お疲れ様、リリーシア。あの魔物にやられた五人はひどい傷だったけど、治癒ポーションでなんとか一命は……というところよ」
「それはよかった……。私の方でも回復魔術を――氷雪系詠唱魔術:《水精再生》」
リリーシアが呪文を唱えると、透明な水|(のような微発光する何か)が倒れている全員に絡みつき、覆ってゆく。
しばらくして水が消えた後には、身体の傷はほとんど消えていた。
「ぐ、うう……生きてるのか、俺は……?」
一行が部屋内の安全確認をしている間に、一人の男が意識を取り戻した。
リリーシアの記憶では、不確定名武装フレイムリザードマン(大)との戦闘において、五人のうちで最後まで立っていた鎧姿の男である。
「――気が付きましたか?」
リリーシアが歩み寄って聞くと、男は上半身を起こして周りを見渡し、
「……ああ、みんな、無事だったのか……本当によかった……! ――と、あんたはもしかして、俺がやられかけていた時に守ってくれた騎士……!?」
「騎士……の、真似事のようなものですが、その通りです。リリーシア・ピルグリムといいます。あなたがたを助けられて、よかった」
リリーシアが頭を下げつつ名乗る。
「どうも、俺はリ=ゲル。《北風》のリーダーをやって――え!? リリーシア、さん!?」
リゲルと名乗った男は、立ち上がってリリーシアの顔を見ると途端に顔を赤らめ、慌てて姿勢を正した。
「も、申し訳ない! まさか《蒼》のリリーシアさん、様に助けていただけるとは! そ、その――!」
「え、ええっと……?」
急に言葉がしどろもどろになり、赤くなったまま固まってしまったためにリリーシアは何もわからずに困惑してしまう。
そうこうしているうちに、気付けばもう一人、軽装の短剣士がリゲルの隣に歩いてきた。
「助けてもらってありがとうございます、っす。……うちの団長は、あなたの大ファンなんすよ。緊張してるだけだと思いますんで、すみませんねえ……」
「ファ、ファン……?」
「おいリクリ、余計なことを言うな! と、えっと、今回はその、本当にありがとう、ございました! そ、尊敬してます!」
困惑していたリリーシアではあったが、理由を知ったところで困惑度合いが増していくばかりである。
実際のところ、冒険者組合で特級に認定されたのは称号の授与と合わせて国内に通知されているらしいし、その前の闘技大会の映像記録魔晶石も地味に市場に出回っていると聞いている。
そのためこういう事態が発生する可能性は十分にあったわけだが、リリーシアは今の今まで全く考慮していなかった。
子供がメジャーリーガーを前にしたときのような様子のリゲルに対して、なんと返していいものか非常に迷う。
「そ、それはその、どうも……」
「――あ、あの! まだガルガンチュートに滞在されるようでしたら、是非、お食事でも……!」
「それは構いませんが――と、他の方も起きてきたようですので、私たちは先へ進もうと思います。 《北風》のみなさんも帰り道お気をつけて!」
リゲルのテンションについていけない気持ちやこっ恥ずかしさなどが限界を超え、適当に話を切ってリリーシアは逃げ出したのであった。リゲルの名残惜しそうな顔が見えた気がするが気のせいということにしておく。
「……まったく、どっと疲れましたよ」
大部屋から出てしばらく進んだところで、リリーシアは苦い顔で大きく肩を落とした。
「もっと時間が経って、師匠の活躍が広がれば、彼のような冒険者も大勢現れると思う、です」
「同感じゃな。師匠が大勢の目に触れる機会は今まで闘技大会しかなかったわけじゃからな。このダンジョン調査が無事遂行された暁には――」
「やめてください、依頼を適当に切り上げたくなってきてしまいますよ……」
リリーシアの身体年齢はともかく精神の年齢は21歳だが、さっき話した彼らは自分と同年代かもう少し上に見えた。
そんな彼らに尊敬の目を向けられるなどというのは、引きこもりゲーマー人生において完全に初めての経験であり、精神に非常にこたえるものであった。
世界を見に行きたいだけであって名を売りたいとは全く思っていないのだが、世の中上手くいかないものである。
「――と、彼らにはああ言いましたが、私達もそろそろ戻りますか」
「え、どうして? まだ大丈夫そうだと思ったのだけど……」
セレネが不思議そうな顔で聞く。
たしかにまだこちらは一切損害を受けておらず、疲労した様子もないが――
「さっきの大トカゲ、ゼラの槍があまり通らなかったですよね。この先、雑魚は大丈夫でもあの類の中ボスクラスが出てくる可能性は否めませんから……」
「……です。それに、ミコトたちが潜ってからそれなりに時間が経過しています。疲労を感じていなくても、長時間のダンジョン探索は禁物というのが、冒険者の間では常識、です」
「なるほどね、了解よ。じゃあ、さっき彼らと別れてからしばらく経ってるし、今から戻る?」
リリーシアはミコトから地図を借りて、一日で進んだ道のりを確認する。
「そうですね。……では、今日の探索は終了とします。帰り道も気をつけて行きましょう」
鉱山入り口まで戻ってきて、リリーシアは大きく腕を伸ばした。
「んん……もう太陽が沈みそうですね」
「初日でもあるし、遅くならんうちに依頼主に報告しておくかのう」
「陽の光を見られないぶん、昼間に潜るのは損をした気分ですね。生活習慣が乱れそうだなあ……」
「ならば、次は明日は夜に発つのはどうかの。その間に準備も出来るじゃろ」
「それもそうですね。より下層で通用する武器も作っておきたいですし、明日は夜からということにしましょう」
とりあえずは報告をしてから夕飯の店探しかなあ、と歩き出すリリーシア一行。
いつまで続くのかわからないダンジョン探索は始まったばかりである。
不定期オブ不定期(もうしわけない) 二日おき更新とかやってる方はすごいですね…!どんな魔法を使っていらっしゃるのやら。




