Area《3-6》
「……戦闘終了、と。この程度なら、私達なら余裕を持って対処できますね」
剣を振ってから鞘に収めつつ、リリーシアが呟く。
異界化した空間内の魔物は、倒してしばらくすると一部のドロップアイテムを残して魔素に分解される性質を持つ。そのため武器を放っておいても実際には血や肉片などは残らないのだが、こういうものは習慣と気持ちの問題なのだ。
遭遇したのは、マグマゴブリン六体。火山に適応したゴブリン種である。
名前に反してマグマの中を泳ぐほどの耐熱能力はないが、それなりの火属性耐性と低位の自己強化魔術を備える。レベルの高い個体の中には火属性魔術を行使するメイジ系のものも存在したはずだ。
ファンタジアでも、低レベルの火山系ダンジョンに行くと頻繁に遭遇した敵である。
中堅以下の冒険者ならともかく、今のリリーシアたちの敵としては不相応と言わざるをえない。
「そうじゃな。毎日の訓練と比べれば欠伸の出る速度じゃのう」
「――周囲に敵性存在はなし、です」
ゼラが長槍をくるりと回して感想を述べ、ミコトが冷静に周囲を観察して報告する。
「セレネ、このくらいなら捌けると思って一体そちらに逸しましたが、流石に余裕でしたか」
「ふふ、あんなのにてこずるようじゃ王剣の名がすたるわ。それよりこの籠手、すごくいい感じだったわよ。重さを全く感じなかったし」
リリーシアが声をかけると、セレネが余裕の笑みで返す。
その両腕に収まっているのは、先の工房で作った金剛鉄製の籠手である。
一応現在最も堅牢な防具ということで、最重要防衛対象のセレネに渡してあった。
金剛鉄は本来重く硬いものだが、付与の結果重量を徹底的に軽減することで、筋力値的に不安のあるセレネが装備しても全く問題ないものに仕上がっている。
「それはよかった。この依頼が終わったら報酬の金剛鉄でもっといろいろ作ってみたいですね」
他のメンバーもそうだが、リリーシア自身も現在の装備で万全というわけではない。
特にリリーシアは、今の状態ではゲーム時代のスペックの二割も出せていないのだ。
それは全て、装備の違いによるものである。
ゲーム時代の装備は、高レベルエリアの秘境で稀に産出する金属であったり、最前線ダンジョンのボスが極稀に落とす素材などから作られていた。
魔聖金や金剛鉄といった(ゲーム内での)低級の金属では足元にも及ばないのである。
そういった理由で、リリーシアのレベルは七百だが、その能力を十全に活かせているわけではない。
例えば、今のレベルのゼラとミコトが全力で攻撃すれば、今の装備のリリーシアに(膨大なHPの一部とはいえ)ダメージを与えることが可能だ。無論無防備な状態であったりなど条件はあるが、実際のスペックの差は実はその程度なのである。
異界化の影響か、坑道を魔改造してつぎはぎにされたような通路を進みつつ遭遇戦をくり返すこと数時間。
リリーシア一行は、すでに事前の地図にはなかった場所を探索し、マッピングしていた。
道の構造を基本として、その中に魔物と遭遇した地点やその種類、注意すべきポイントなどを書き込んでいく。
その担当は最後尾のミコトである。
「それにしても、ミコトは流石ですね。こんなにわかりやすく地図を書けるものとは……あんなに入り組んでいたのに」
リリーシアに手放しで褒められたミコトは、表情が乏しいながらにまんざらでもない顔で頷く。
「……慣れてる、です」
「わらわもミコトも冒険者稼業は長いからのう。……まあ、わらわの地図よりミコトのもののほうが正確だったのは認めるが」
「ゼラは、曖昧なところを感覚に頼りすぎ」
ゼラが苦笑いを漏らす。
とはいえミコトにしてもゼラにしても、同じような景色がずっと続く上に入り組んだダンジョンの構造を整合性の取れる形に書き起こせるというのはたいした技能のように思う。リリーシアには当然できそうもないし、迷ったが最後、入り口には戻ってこられない自信がある。ゲーム時代には当然のようにミニマップが鎮座しており、地形情報は勝手に記録されていたのだから仕方がないのだ。
そう話しつつ進んでいると、不意に地面が揺れた。短いが大きな揺れである。
「地震……!?」
「しかし……ここは半ば世界と隔絶したダンジョン内じゃ、自然現象というより……」
リリーシアが驚き、ゼラが言い切る前にさらに大きな揺れが起こった。
それと同時に、坑道の進行方向から遠く悲鳴が聞こえてくる!
「……行きましょう!」
反射的に駆け出すリリーシア。
「師匠、罠かもしれんのじゃぞ!突っ込んでいっては危険――」
「リリーシアならきっと大丈夫! 私達も行くわよ!」
「――仕方がない、です!」
結局全員で駆けること十数分、一行は広い空間の入り口に出た。
奥行きと高さはそれぞれかなりの規模で、リリーシアがゲーム内で遭遇すればまず間違いなくボス部屋だと思っただろう。
その大部屋に、複数の影があった。
ひとつは、高さ三メートル以上はある赤黒い表皮の巨躯の魔物。ハネツルギの話に出てきた、手に巨大なナタを持つ二足歩行のトカゲ系魔物である。その口からは炎が溢れ出ている。
そしてそれに相対するのは、複数人の冒険者パーティ。しかし、既に瓦解寸前であり、まともに立っているのは前衛系と思われる鎧姿の男のみ。
「――まだ間に合う。加勢します! セレネは念のためにミコトと後方に!」
「まったく……こうなれば付き合うぞ、師匠!」
リリーシアは剣を抜き、火属性耐性の魔術を自身とゼラにかけてから突撃する。眼前では青年が膝を折って崩れ落ち、その頭に巨大なナタが振り下ろされ――
「――せっ! なかなか……重い! ゼラ――!」
「氷華……一閃ッ!」
リリーシアが間に割り込み、盾でナタを受け止める。そのナタを押し返した隙間にゼラが入り込み、冷気を纏った長槍で全力の突きを撃ち込む!
「GULUuaaaAAAAA!!!!」
魔物は苦悶の表情で叫びつつ大きくバックステップし、距離を取った。ゼラの突きは腹の中心に着弾したはずだが、表皮がかなり強固なのか決定打には至っていないように見える。
「ちっ……抜けんか! 師匠、わらわが奴を抑えておく、大きいのを一発かましてやれい!」
「レベル的にはおそらくゼラを上回っているはずですが……大丈夫ですか?」
「ふん、あんな魔物風情に遅れを取っておられんわ!」
「……わかりました。詠唱の間、任せます!」
応、と叫び長槍を手に突撃するゼラを、体勢を立て直した魔物が応戦する。
「水、大地、空、大いなる螺旋の内に――」
ゼラはナタを受け止めることはせず、斜めに受けることで力をそらして対処している。
魔物はその巨体と腕力を存分に活かして暴風のように連続攻撃をしているが、ゼラはそれらを全て紙一重のところで受け続ける。
「虚から現へ、現を虚へ、標は此より――」
ナタでの攻撃に織り交ぜて炎のブレスも繰り出されるが、高い機動性を発揮するゼラを捉えるには至らない。
「水の精霊、水精王よ、その力を此処に顕現せよ――!」
全力のナタの一撃を、ついにゼラは正面から槍で防御してしまう。ダメージをうけてはいないが、魔物がナタを振り抜いた勢いで武器ごと身体が空中に放り出され――
「――氷雪系詠唱魔術:《上位水精王権能顕現:万物の叡智の宝剣》」
地面から無数の水の剣が突き出し、追撃しようとしていた魔物を完全に縫い付ける。
そして魔物の頭上に精製された三振の巨大な水の剣が真っ直ぐに殺到し、何の抵抗もなく魔物を両断し――
「……終わりです!」
無数の剣、大剣、魔物全てが氷結して砕け散った。




