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Area《3-5》

「なにやら、あの娘に大層気に入られたようじゃの」

「……なんなんでしょうか、本当に」

 ゼラのからかいに肩を落として答えるリリーシア。


 時刻は日付が変わって昼前、場所は件のダンジョン入り口に繋がっている坑道入り口付近。

 前日に依頼内容の確認も取れたということで、早速調査開始といったところである。


(あれはたぶん私の鍛冶技能に価値を見出しているだけだろうし……その技能は自分で身につけたものじゃなくてネトゲの産物で、大して誇れるものでもないわけで。評価されてもなかなか複雑ですが……まあ今はそれよりも)


「それでは、キルデ鉱山ダンジョン、本日より攻略……じゃなかった、調査開始です。気を引き締めて行きましょう」

 隊列は、先頭にゼラ。フォクサ族は、リリーシアの使う魔法よりも夜目が利くだけでなく、足音などの音や気配にも鋭いという種族特徴を持つらしい。警戒要員として適任である。

 次にリリーシア。本業の騎士というよりも魔術師としての固定砲台役を務める。剣と盾装備ではあるので、前に出ることも視野に入れた配置だ。

 三番目にはセレネ。実戦経験がほとんどないため前でも後ろでもないこの位置に配置された。弱めの魔物は少しずつセレネに振り分けて慣れさせていくことも今回の目標である。

 そして殿にミコト。後方警戒というのは冒険者パーティの中でも最も難しいポジションである(というのがゼラとミコトの言)ので、今回は経験の長いミコトに頼んでいる。戦闘時は積極的に参加はせず、主に周囲の警戒と後方支援を行う。

 隊列を組み、各自の役割の確認を行い、坑道に侵入する。

 今のところ坑道に魔物が出たという報告はないが、何が起こるかわからないため念を入れて警戒しつつ前進する構えである。


 事前に受け取った地図を見つつ坑道を進むこと二十分。あと十分程度歩けばダンジョンの入り口にたどり着きそうな地点である。

「点々と魔術による明かりは灯っていますが、薄暗いですね」

「ふむ、わらわは特に支障はないが、人間種ヒュームには若干暗く感じるじゃろうな」

 坑道の壁には一定間隔ごとに魔晶石が備え付けられていて、光を放っている。ただ、ときどき光が途切れる区間があり、全体が薄暗く先を見通すのは困難な状態だ。

「人工的な明かりを出すのは避けたいのう……っと、何かが近付いてくるぞ」

 ゼラが手を広げてメンバーを止める。リリーシアも耳を澄ませてみたが、どこかで薄く風鳴りがする以外は無音にしか感じられなかった。

「――数は、四……五。この足音は、靴を履いたものかの。魔物のそれよりも規則的じゃな、おそらく冒険者のパーティじゃろ」

 ゼラの言葉で全員の緊張が緩む。靴を履く可能性のある魔物といえばグールやスケルトンが遺品を受け継いでいる場合がほとんどだが、その場合は魔物特有の不規則な歩き方になる。そのため魔物の可能性はほとんどないだろうと判断されたのだ。


 足音が普通に聞こえるようになって、対象の姿が坑道内に現れた。

 その正体はといえば、案の定魔物ではなく冒険者の一団であった。

 脇に刀を差した男性を先頭に、その後ろに女性一人男性三人の計五人のパーティのようだ。

「おう、入れ替わりのパーティのようだな。珍しい」

 先頭の男がこちらに手を上げて話しかけてくる。黒い肌の厳つい顔にぶっきらぼうな口調だが、性格というよりも生まれの影響が強そうである。

「はじめまして。私達は今日からここの調査に参加します。一応リーダーのリリーシア・ピルグリムです」

 怪しい人物というわけではなさそうなので、とりあえず手を差し出して握手を求めてみる。

「今日からか、なるほど見ねえわけだ。よろしくな。俺はヌマヅ、このパーティ《ハネツルギ》の長をやってる」

 その名前を聞いて、少し吹き出しそうになるも顔には出さず抵抗に成功したリリーシア。あちらの世界の地名とは全く関係ないはずである。人の名前を聞いて笑うなど失礼の極みというものだ。

 ヌマヅが握り返した手の感触に、リリーシアは少し驚く。岩石のような感触であったためだ。

 王都周辺でもときどき岩石のような肌を持つ人種は見かけたものだが、実際に話すのは初めてだなあ、と思い出した。種族名はたしかロッカクといっただろうか。肉体が頑強で筋力も高い、まさにこの街にぴったりな印象の種族である。

「しかし、そっちは女が四人、か。羨まし――痛え!リュセ、足を踏むな足を!」

「それが初対面で言う台詞か、全く。……と、すまない。私はリュセフィール。ハネツルギの副長を務めている。ヌマヅが失礼をした」

「い、いえ。それは構いませんが……」

 ヌマヅの後ろからするりと出てきて彼の足をハイヒールで踏み抜いたエルフ種の女性は、何事もなかったようにリリーシアに向き合って挨拶をした。ヒールの刺さり具合が冗談では済まされないように思うのだが、リリーシアがまだこの世界のツッコミに慣れていないだけなのだろうか。


 その後、各員の紹介と簡単な情報交換をして、リリーシアたちはハネツルギの一行と別れた。彼らは夜からダンジョンにもぐっていてその帰りだったのだという。

「ふむ……縦横無尽に跳び回る二足歩行の火を吐くトカゲ、かえ。あやつらハネツルギもなかなか実力者の集団のようだが、苦戦しておるようじゃなあ」

「あまり広い範囲を探索できているわけでもなさそうですしね。私達も注意していかないと――」

 などと会話をしていると、坑道の通路から少し開けた空間に出た。簡易のテントや作業台などが置いてあるところを見ると、冒険者たちの休憩所になっている場所のようだ。地図を見ると、そのすぐ奥からが異界化してダンジョンになっているらしい。

「ここからが本番、です」

「そうですね。いい調査結果を持って帰りましょう」


 冒険者が立てたと思しき標識を横目に通路に入ると、リリーシアの感覚に告げるものがあった。

「……魔力の流れが、変わりましたね」

「私にも、なんとなくわかるわ。空気の感じが違うもの。――楽しみね」

「危険な場所に楽しみを見出してしまうのはどうかと思いますよ、セレネ」

「でも、貴女だって声がいつもより弾んでいるじゃない、ごまかされないんだから」

 かなわないなあ、とリリーシアが思っていると、ゼラが足を止める。


「――前方、右の通路から早速お出ましじゃな。数はそれほど多くないが――来るぞ!」


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