Area《3-4》
(……とはいえ。金剛鉄はゲーム時代から、付与容量が少ないわ属性ボーナスが乗りにくいわと硬さ以外は微妙な金属でしたが……どう仕上げてみたものか)
リリーシアは、目の前に積まれた金剛鉄鉱石を見て考える。
技能による鑑定結果は正真正銘の金剛鉄鉱である。
頭の片隅で「自分の想像するものと違う鉱石が出てきたらどうしよう」などと思っていたのだが、杞憂だったようだ。
後ろには期待の色を隠さずに仁王立ちをしているエキナの姿。ああも堂々と立たれると、何を考えているかわからないよりも一周回ってプレッシャーを感じてしまう。
「作るのは……手袋素材も余っているし、籠手くらいがいいかな。技能は……《最上位鍛冶:軽鎧》、《素材付与魔術》、《上位製造武器強化》と……《最上位細工》あたりで」
ファンタジアから330の技能を引き継いでいるリリーシアだが、彼女はその内容を一つとして忘れたことはない。
たとえゲーム時代から何年も使っていない技能であっても、それは自身に身についた能力として身体(魂?)に刻まれているのである。
技能の入れ替えについても、この世界に来てからはじめのうちは、しっかりと集中して数秒から十数秒の時間をかけて行っていたのだが、最近は全く意識せずとも瞬時に行えるようになっていた。
言語化が難しいのだが、リリーシアという器に、自身の精神が定着してきている感覚があるのだ。
「せっかくなので今回は金剛鉄ベースで魔聖金を混ぜて魔力を通せるようにして――、と」
鉱石の山から品質の良さそうなものを選り出す。とはいえ「ガルガンチュートの鉱石は品質が良い」という評判は嘘ではないらしく、たいして時間をかけずに十分な量を選ぶことが出来た。
あとは下準備として鉱石自体に付与魔術をかけ、炉にも耐久度強化の魔術を施し――
「さあ――はじめましょう」
元の世界では鍛冶仕事の経験など全くないリリーシアではあるが、ゲームで鍛えた技能は裏切らない。
手順もはっきりとわかるし、手先の器用さも格段に向上しているため、失敗するイメージがそもそも湧かないほどである。
それでもこの世界に飛ばされてすぐは他人の知識を植え付けられているような感覚があったのだが、工房で何度も繰り返すうちに完全に自分のものになったという実感を得ることができるようになった。
慣れというのは偉大だ、などと考えつつリリーシアは鉱石を溶かし、金剛鉄のインゴットを精製した。
今まで触ってきた他の金属よりも格段に重い、重厚な黒色の輝きの金属である。
「おお、それはまぎれもなく金剛鉄の輝きだ……」
エキナが近寄ってきて感嘆の声を漏らす。
「扱える者はいないと聞いていましたが、見たことはあったんですか?」
「うむ、コール家に代々伝わっている家宝が金剛鉄製の杖なのだ。私が直接見たことがあるのはそのひとつだけだが……」
なるほど、と頷くリリーシア。貴族の家には昔からの宝物が伝わっている場合などは確かにありそうである。
上級ポーションや金剛鉄製の武具等、この国にはモノ自体は存在するものの製法が失われてしまったものが多々あるようだ。ファンタジー世界ならではなのだろうか。
上級ポーションはまだ作っていないとはいえ、金剛鉄を人前で精製してしまったのはいらぬ噂の種になるかもしれないなあ、と思わざるをえない。
「まあ、きっと他の国には扱える人もいるでしょう……たぶん。おそらく。気を持ち直して作業しますか……」
そのインゴットを炉に入れ、取り出して叩く。特に使用者を決めているわけでもないので、標準的な形状・大きさの籠手に仕上げていく。
槌を振るうと次第に雑念が取り払われていく。リリーシアはこの感覚を非常に気に入っていた。
どのくらい時間が経っただろうか、金剛鉄・魔聖金合金の籠手が完成した。
指を覆う部分は薄めに、腕を守る部分は厚めに仕上げ、全体的に機動力の高い工房メンバーの誰が付けても動きを阻害しない造りである。
細工技能を上げても美的センスは強化されなかったようだが、リリーシアがゲーム内で見たようなモチーフを組み合わせて細かい模様を彫り込んである。
ただしその模様には《最上位細工》技能がしっかり働いており、籠手全体の魔法防御性能を引き上げる付与魔術として機能するようになっている。
そして付与魔術は重量軽減と自動修復に重きをおいた構成だ。材質が金剛鉄という時点で防御性能はかなりのものになっているため、これ以上はオーバースペックになると考えた結果である。
「……ということで、籠手が一対という感じですが……いかがでしょう?」
すっかりエキナのことを忘れて製作に没頭していたので、ふと思い出して振り返る。
そこには――口をぽっかりと開けたエキナが立ったまま固まっていた。
「……エキナさん?」
「――うちで雇われてくれ!」
リリーシアがもう一度呼びかけると、エキナは突然時が動き出したかのように駆け出し、リリーシアの肩を両手でがっつりと掴んで叫んだ。
「ちょ、ちょっと……?」
「その鮮やかな手際、見たこともないような高度な技術――私はきみが欲しい!」
ええーー??という顔で固まるリリーシア。エキナは言動はともあれ外見は黒髪ロングの美少女であり、リリーシアはまだ男としての意識を持っているのである。告白とも取れるような台詞を目の前で言われて固まるなというほうが難しい。
「――と、少し先走りすぎたようだな。その籠手……触ってみてもいいか?」
「どうぞ」
リリーシアが籠手の片方を渡すと、エキナは興奮丸出しの笑顔で受け取り、じっくりと観察し――
「……ふふふ、はっはっは! 本当に金剛鉄なのだな……それを当然のように加工し、かつ出来も最高級の一品……! うむ、やはり私はきみが欲しい! いくらなら雇われるんだ!?」
籠手を返す流れで再びがっちりと肩をつかみ、顔を接近させてくるエキナに、リリーシアの精神は久しぶりに大きな動揺に見舞われていた。
「も、申し訳ないんですが……、そういうことはまだ考えていないんです。工房を預かる身ですし、私にはまだやりたいことがありますので……」
「……ふむ、なるほど。そのやりたいこととはなにかな?」
「世界を、知ることです。この国だけではなく、もっと広い世界を見て新しいものを見つけたいんです。ですので……」
「自身の見聞を広めること、か。なるほど、なるほど……冒険者にそう言われては無理を言うわけにはいかん、か。――わかった。”今回は”諦めよう」
今回は、に力が込められていたのがはっきりと聞こえてきて、苦笑いを返すことしかできないリリーシアであった。




