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Area《3-3》


「すごい活気ですね……」

「王都とはまた違った雰囲気というやつじゃな」

 鉱山都市ガルガンチュートに足を踏み入れた一行は、都市中心部であるガルド区を歩いていた。馬車同伴ではあるが、大通りにはそういった雰囲気の商人等も多くいるため目立つといったことはない。

 王都の往来と比べると、男性の比率がかなり多いように感じられる。種族的にも、生まれつき筋力ボーナスの高そうな屈強な者たちが多い。

「鉱山の街ですし、やはり出稼ぎという文化があるんでしょうか?」

「らしい、です。若干の危険と重労働の代わりに短期で大金を手にするために様々な場所から人が集う、と聞いたことがある、です」

 リリーシアの勝手なイメージもそうズレていなかったらしい。

 すれ違う鬼角の生えた大男や、トカゲを二本足にしたようないかにもファンタジーという様子の人達にもそれぞれの生活があるんだよなあ、と考えると何か感慨深いものを感じる。


 一行の目的地は依頼主ヒュール・キルデ・コールが所有する区画である。その区画にコール区と名がついているあたり、その領地を治めて長い歴史があるのかもしれない。

「ガルド区からは……歩いて1時間、くらいかしら。真反対とは言わないけど、結構遠いのね」

「この地図を見る限りだと、それなりに大きな区画を領地にしているんですね」

「この都市の山脈のうち、鉱山一つを本当に所有しているようじゃな。今まで名前は知らなかったがなかなかに力のある家柄らしいのう」

 ゼラの言うとおり、山脈を構成する六の大鉱山(実際には小鉱山と呼ばれる小規模なものが他にいくつもある)のうちの一つを所有しているのだから、この都市ではかなり大きな権力を握っていそうである。

「正直、鉱山と聞いて想像していたものより二回りほど大きいですね……これは中のダンジョンの予想にも修正が必要そうです……」

「ダンジョンは入り口から異界化されているとはいえ、基本は元の地形を踏襲するからのう、なかなか骨がありそうじゃな」

 依頼内容は『調査』であって『踏破』ではないとはいえ、未知のダンジョンを警戒しながらマッピングする労力を考えると今から少し気が重くなるリリーシアであった。


 観光をしつつたどり着いたコール家の本邸は、想像よりも質素なものであった。

 ただしそれは建物が小さいという話ではなく、大きな敷地と大きな建物ではあるものの華美な装飾が施されたものではなかったということである。

 リリーシアとしては、なんとなく役所のビルを思い出す機能的な外観に親近感を覚えてしまう。

「……そういえば、アポ取ってないですよね」

「まあ、依頼の件もここが出処じゃし、ヒュール氏からの紹介状もある。問題はなかろ」

「そういうものですか……」


 ともあれ考えていても仕方がないので本邸の前に向かい、門番をしている男に紹介状を見せる。

 ダンジョンについての依頼の件は意外と知れ渡っているらしく、「なるほど貴女がたが王都からの」といった様子ですんなりと通された。

「代表に話を通してきますので、しばらくここでお待ち下さい」

「ありがとうございます」

 案内された先は小さな会議室のような空間であった。無駄な物がほとんど置かれておらず、壁に特産品らしき鉱物が飾られている以外は机と椅子のみといった様子である。華美な装飾に慣れていないリリーシアからすればこのくらいのほうが落ち着くというものである。

 ちなみに『代表』というのは、ヒュール氏が本邸を開けている間この家や領地の管理を一任されている立場の人間を指すらしい。どんな人物なのかは聞いていないが――


「またせたな」

 その言葉と同時に、勢い良くドアが開かれた。

 そこに立っているのは、ヒュール氏のものと同じような黒色の長い髪が印象的な、いかにも快活そうな少女であった。

「書状を見たよ。きみたちがダンジョン調査を行ってくれるという冒険者か。とりあえず適当に座ってくれ。――商談を始めよう」

「あっ、はい」

 リリーシアたちがその勢いに圧倒されて並べられた椅子に腰を下ろすと、代表の彼女もその対面の椅子にどかりと座った。

「ええと、今回坑道に出現したというダンジョンの調査の任を受けました、リリーシア・ピルグリムです」

リリーシアから順に名乗って挨拶をしていく。

「おお、なるほど噂は聞いている。《蒼》の華々しい武勇伝はこの都市にも舞い込んでいるよ。――と、私はエキナ・キルデ・コール。ヒュール・キルデ・コールの娘だ。よろしくな」

 彼女が手を開いてこちらに差し出してくる。王都ではあまり経験はないが、この国にも一応握手の文化はあるらしい。

 リリーシアが手を握り返すと、値踏みするようでありながらなぜか全く不快に感じない眼差しでエキナは笑った。

 大胆なアクションと見た目の印象通り、このエキナと名乗る少女はヒュール氏の娘だったようだ。会って数分ではあるが、ヒュール氏を少女にすればまさに、というのがリリーシアの持った印象である。

「よろしくお願いします。紹介状にもある通り、私たちはダンジョンへの侵入と出現する魔物等の調査、マッピングを請け負いました。この内容で間違いないですか?」

「うむ、問題ない。なるべくダンジョンの蓄えた力を削ってもらえるとありがたいが――そのあたりは追加報酬だ。この都市にも冒険者はいることだしな」

「……と、その点なんですが……なぜ王都のほうで冒険者を探したのですか? このあたりの冒険者たちは……」

 リリーシアがそう聞くと、エキナは難しそうな顔をして片手で頭を掻いた。

「ん、そういえばきみたちは知らないか。王都に連絡を出したあと、こちらでも冒険者に調査を依頼していたのだ。まあ……ダンジョン自体の難度がかなり高く、結果はあまり振るわなかったのだが。冒険者の中にも王都の新年祭に向かっていた者が多かったという事情もある」

「なるほど……承知しました。それと報酬については――」

「うむ、報酬内容についても書状にあった通りで間違いない。鉱石がイヤという話であれば、領地で製造された武具にもできるが、どうだ?」

「いえ、こちらで加工できますので、鉱石で構いません。この都市で産出する金属は高品質と聞いていますので楽しみにしております」

「なるほど、そういえばきみたちは工房も営んでいると聞いたことがあったな。リストに金剛鉄アダマンタイトも加えてみたが――加工できるのか?」

 エキナの言葉は、疑問という形を取りつつも期待の色を隠していなかった。

「……ええ、まあ。触るのは久しぶりですが、特に問題はないかと」

「……はっはっは、なるほど、なるほど。これは私にとっても良いめぐり合わせのようだ! 父君よ、感謝するぞ」

 リリーシアの言葉を聞き、豪快に笑い出すエキナ。その姿はまさしく父ヒュール氏そのものである。

「大昔には扱える職人もいた最硬の金属と聞くが――いいことを思いついた。報酬の前金とともに金剛鉄アダマンタイトを報酬の半分渡しておくよ。これで好きなものを作るといい」

「いいんですか? 希少な物品と聞いていますが」

「稀少といっても今この都市には加工できる職人など皆無。結構な量が溜まっている。それに、アレを加工できる者がいるなら早くその技術を見てみたいではないか」

「ああ……つまりこちらで何か作れたら自分に成果物を見せろ、ということですか……」

 リリーシアの少し呆れた声に、悪びれずうなずくエキナ。

「ところで宿は決めたのかな、リリーシア」

「いえ、まだで――」

「それなら我が領地の一等級の宿を紹介しよう。これも前金のうちだ」

 リリーシアの返答とほぼ同時にサラサラと何やら紙に書き付け、手際よく判を押すエキナ。どうやら宿の紹介状らしい。

「ありがとうございます、お言葉に甘えようと思います」

 豪快な性格とは裏腹に、手際の良さも身につけていることを伺わせる素早さだ。ヒュール氏が不在の間領地を仕切っている『代表』なのだから当然といえば当然の手腕なのかもしれないが、リリーシアからすれば圧倒される限りである。


「しかし、まだ夕飯には早い時間か……」

 ふむ、と考えるポーズを取るエキナ。わかりやすいモーションも父親譲りらしい。

「――この家にも炉が備えてあるのだが、今からその技術を見ることは出来ないかな?」

「……正直、そう言われるんじゃないかと思いました。セレネたちは観光でもしてきますか?」

「うーん、そうね。リリーシアの鍛冶も気になるけど、それは帰ってからでも見られそうだし。見聞を広めてこようかしら」

「わかりました、です。セレネにはミコトとゼラがついています、ので」

「という訳じゃ。師匠は存分に腕をふるってやると良い」

 他人から鍛冶を見せろと言われることに既視感を感じつつも、リリーシアは勢いに乗せられて承諾するのであった。

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