Area《2-30》
通されたホールの中心には、テーブルの上に様々な料理が用意されていた。
「我が領地ガルガンチュート特産の鉱山豚をはじめ、様々なところから食材を集め、調理させました」
ヒュールが自信満々に言うのも然りといった感じの豪華な料理群に、リリーシアはつい目を輝かせて観察してしまう。
とはいえ、一応警戒しないわけにもいかないので、打ち合わせ通り最も対毒耐性の高いリリーシアが最初に料理を取りに向かった。
とりあえず興味本位で名物という話の鉱山豚を焼いたものを皿に取り、食べる。
「(――対毒耐性に反応無し、その他障壁をクリア……流石に大丈夫そうです、というか――)おい、しい……! これはすばらしいです……」
”鉱山豚”というのがどういう品種なのか想像できないが、生態としては名前の通り鉱山で育った豚ということなのだろうか。厳しい環境の食材は生命力が凝縮されると聞いたことがあるが、この豚肉は非常に味が濃厚で、それでいてしつこくない脂身の食感が非常に美味である。
完全に警戒心の吹き飛んだ頭でふらふらと料理に飛びついていくリリーシアを傍目に、ミコトとゼラはヒュールと対面していた。
「ミコト殿とゼラ殿の噂についてもよく耳に入ってきます。冒険者組合に定期的に納品されるポーションの品質は高く、さらに新年祭では中級のポーションを大量に並べていた二人の冒険者、と。私の取引先の商人もピルグリム工房の屋台でポーションを購入していたらしく、この間会った時に一本譲ってもらいました」
そう言って、ポケットから一本の中級治癒ポーションを取り出すヒュール。その瓶にはピルグリム工房の刻印が刻まれている。
「それは光栄じゃな。とはいえ、まだまだじゃよ」
全く気負わないゼラの返しに、ヒュールは笑みを強くした。
「はっはっは、ご謙遜を。貴女方には既にお抱えの申し出が多数届いているのではありませんかな?」
「まあ、そういう話もないわけではないのう。――なんじゃ、おぬしもそういう腹じゃったのか?」
「いえ、いえ。私にそういう考えはありません。今回の本題というのも、別に工房長と生産の契約をしたいなどといった話ではありませんので、ご心配なく」
「ふむ、そうかね。それでは我らも名物と噂の食事をいただきにゆくとするかのう、ミコト」
「ええ」
「……そういう理由から、ガルガンチュート産の鉱石は特に品質が高いと評判なのですよ」
「なるほど。地質以外にもそういった要因が……」
しばらく料理を楽しんでいた一行だったが、十分に舌鼓を打ったあたりでリリーシアはヒュールと話を始めていた。
「しかし、すみませんね。ゼラ殿とミコト殿に子守などをお任せしてしまって」
「いえ、彼女らも楽しんでいるようですので……」
そう言って脇を見ると、ミコトとゼラはヒュールの娘二人と話をしている様子である。おそらく冒険譚でも聞かせているのだろう。そのとなりには、ヒュールの妻の姿もある。
彼女らが子供好きだったというのは意外だが、リリーシアのまだ知らぬ一面といったところなのだろうか。
自分もまだまだ彼女らについて知らないことばかりだ、とリリーシアは考えつつ、
「それで、そろそろ本題に入らせていただいても?」
「おお、そうでした。リリーシア殿との対話は非常に楽しかったものですから」
ヒュールの顔には「完全に忘れていた」と大きく書かれていた。本当に忘れていたようだ。
「本題というのはその本題というのも実はガルガンチュート絡みでして……実は、私の所有する鉱山のうち、いくつかの坑道がダンジョンに繋がってしまったようなのです」
リリーシアは驚いてしまった。
「ダンジョンに……? それは、いつ頃の話で?」
「……一ヶ月ほど前です。私は新年祭のために王都に来ていたためその詳細は確認できていないのですが、向こうに勤める者からつい先日連絡がありました。ダンジョンといっても異界化していること以外何もわかっておらず、今のところは中から魔物が湧き出すということもないようなのですが……」
ガルガンチュートから王都ラツェンルールへは普通片道一ヶ月以上かかる道のりという話なので、これでも最速の連絡だったのだろう。
「なるほど……それで、我々へのお話というのは、そのダンジョンの調査、ということですか?」
「ええ、そうです。鉱山自体の歴史はかなり長い上に、あの地は元々魔力が集まりやすい傾向にある。そのため、そのダンジョンの難度もかなりのものと想定したほうが無難でしょう。なので、この王都でも指折りの冒険者たるリリーシア殿の一行にこの件を任せようと思いました。
初めは冒険者組合経由で名指しの依頼という形を取ろうかとも考えたのですが、あの組織の形態は良くも悪くも即断即決とはいかないものですから、貴女方に連絡がつかないと困ると考えまして」
「……事情は理解しました。ところで、『調査』というのは具体的には何を? 『踏破』ではないのですか?」
リリーシアがそう言うとヒュールは少しだけ考えて、
「もちろん、踏破しダンジョンを封印できるならそのほうがいいかとは思います。だが、それを貴女方一パーティのみにお願いするのは流石に大仕事すぎるだろうと考えました。なので、貴女方にはダンジョンに侵入、出来る限り探索して頂いて、可能な限りの地形情報や出現する魔物類に関する情報を持ち帰っていただきたい。その情報を元に、改めて冒険者組合を通して大々的にダンジョン攻略の募集をするつもりです」
ヒュールがリリーシアたちに頼みたかったのは本格的な攻略ではなく、あくまで情報収集だったらしい。
たしかに、この世界のダンジョンというのはかなり深く広く広がるもので、モノによっては数百年放置され続けているものもあるようだ。それを単一のパーティに攻略させるというのは常識的な依頼ではないだろう。
「……あのダンジョンが居座り続ければ、我が家の稼業は滞り、さらに魔物でも出ようものなら周辺への被害も考えねばならない。――どうか、引き受けてくださいませんか」
「――なるほど。実は、我々には近いうちに王都を出る予定がありまして。行き先の候補地の一つにガルガンチュートもあったんですよ。なので、この依頼、私としては受けてもいいと考えています。……そういえば、報酬の話もできるといいのですが」
その言葉を聞いたヒュールは一気に明るい顔になって、
「そうです、報酬の話をしておりませんでした! これが報酬として用意させていただいた物品の名目なのですが――」
その内容には、かなりの額の報酬金と、自身の鉱山から採れた鉱石がかなりの量リストアップされ――
「……金剛鉄! 産出されていたのですね」
金剛鉄とは、ファンタジア内では中の上程度のランクに位置する金属で、とにかく硬さに特化した素材として装備のベースにもよく使われていた。
ただ、この世界では魔聖金までの等級の金属しか見なかったため、存在しないものかとリリーシアは思っていた。
「はい。ただ、本当に少量の産出でして。ただ名前こそ付いているものの、まともに扱える職人もろくにいないということで死蔵されていたのです。一応希少品ということでリストに加えていたのですが――その反応をみるに、リリーシア殿は扱えるということですか?」
「ええ、まあ。このあたりでは見なかったものですから、しばらく触ってはいませんが」
「おお! それはまたいいことを聞きました。……と、それでその報酬内容で……いかがでしょうか?」
「これほどのものを用意していただけるのであれば、我々に断る理由はありません。――お引き受けします」
そう言ってリリーシアが微笑むと、ヒュールはとても嬉しそうに、豪快に笑った。
その後細かな打ち合わせをしてから、リリーシアたちは工房に帰ってきていた。
「……なんというか、豪快な方でしたね」
リビングのテーブルについたリリーシアがそう呟くと、ゼラが笑って同意する。
「そうじゃな。まあ、我らに悪行を企てているような者でなくてよかったではないか」
「その通り、です。娘さんたちもかわいかった、ですし」
そう便乗したミコトの頬はいつもより緩んでいた。どうやらゼラよりもミコトのほうが特に子供好きだったらしい。
「あら、帰ってきていたのね、三人ともおかえりなさい」
口々にヒュール一家について感想を述べていると、風呂あがりのセレネが髪を拭きながらやってきた。
「ただいま帰りました、セレネ。では、全員揃ったところで改めて明日からの日程を発表します」
伏せていたホワイトボードをリリーシアがくるりと返し、全員に見えるように構える。
「まず、予定されていたダリア村への訪問は一つ後回しになってしまいました。話したとおり、私たちは最初に鉱山都市ガルガンチュートへ向かい、ヒュール氏からの依頼に従って坑道内のダンジョンを調査することになります。
その道中の足には購入しておいた馬車を使用します。荷車部分には既に私が改造を施してありますので、心配すべきは食糧と消耗品でしょうか。一ヶ月ほどかかる旅という話ですし、明日出立の前に追加しておいたほうがよさそうです。
と、そうしてガルガンチュートで依頼を遂行したのち、報告に一度ラツェンルールに戻ってくることになります。その後、改めて東のダリア村に、という感じですね。何か質問はありますか?」
他の三人を見て、質問がないことを確認する。
「それでは、明日も早いですので、今日は早めに寝ておいてくださいね。以上です」
リビングでのミーティングの後、ゼラに風呂に連行されそうになったのをなんとか理由をつけて回避したリリーシアは、遅めの風呂に入った後ベッドに潜っていた。
「……いよいよ明日、か……」
リリーシアは初めての遠征を楽しみにしつつ、いつのまにか眠りについていたのであった。
特にヤマもオチもないですが、次からArea3になると思います(区切りがいい)




