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Area《2-29》


「CQ、CQ、聞こえますか、セレネ」


『しーきゅー、ってなんだかわからないけど、聞こえてるわよ』

 リリーシアの手に持った四角い板からセレネの声が返ってくる。


 時は初の月三日、リリーシア、ミコト、ゼラの三人はヒュール・キルデ・コール氏主催のパーティに向かう道中である。


「了解しました。それでは、また何かあれば連絡をください」

 リリーシアはそう締めると、板状の物体をポケットに収めた。

「ふむ、これは……想像以上じゃな」

 隣で歩きながらその様子を見ていたゼラが、驚きを隠し切れない顔でつぶやく。

「我ながらいい出来だとは思いますが……そんなに驚くことですか?」

 リリーシアが再びポケットからその板を取り出してゼラに見せる。


 その形状は手に収まる程度の長方形の板である。

 多少厚みのある黒く半透明な板の側面を、銀色のフレームがしっかりと包んでいる。パッと見の簡素さとは裏腹に、精緻でしっかりとした作りだ。

 というのもフレームを形成する素材には鉄と真白銀ミスリルの合金が使用されており、防御力と耐久力の付与も施されている。

 中身の半透明な黒い板の正体は魔晶石であり、これにも様々な加工が施された後に、《時空通音》という声を離れた相手に伝える時空系詠唱魔術クロノスペルが組み込まれている。


 その魔道具の名前は、携帯通話機。開発者たるリリーシアが考えることを放棄した、機能のみを示した名前である。


 その実用試験を道中で行ってみたのだが、通話に乱れも遅れもなく、ひとまず成功というところだ。

 リリーシアが筐体に軽く魔力を流すと、その表面に魔晶石内の残存魔力量が数値で表示される。

 表示を見ると、数分にも満たない通話で約二十パーセントの魔力を消耗してしまったらしい。

 魔道具の魔力効率はその魔道具が作られた時点での製作者の技能レベルに依存するので、リリーシアが更に鍛錬を積んでから携帯通話機を作れば魔力効率は改善されるはずである。


「驚くというか……はっきりと言うぞ、師匠。今まで手紙や言伝で何日もかかっていたことが、全く時間の遅れなく、距離も関係なく可能になってしまうというのは……革命じゃよ」

「……それほどとは」

 リリーシアが微妙な顔で驚いていると、ゼラの隣のミコトも小さく頷いて同意する。

「冒険者への依頼の中には、貴族から遠方の貴族への書状の配達といったものもある、です。情報のやりとりはそれだけ重要であり、その伝達に数日、数週間かかっていたものがその瞬間に届いてしまうとなると……」

 その言葉をゼラが遮るように、

「まあ、そんなわけじゃ、師匠はその魔道具の価値についてあまりピンと来ていないかもしれないが……今後人前でそれを使うのはやめたほうがよかろう。下手な者に気付かれでもすればどうなるかわかったものではないぞ」

「……忠告ありがとうございます。確かに私の認識が甘かったようです……これはとりあえず身内だけで有効活用するとしましょう」

 なるほど……と神妙な顔をしつつ携帯通話機をポケットにしまいこんだリリーシアだったが、ふと気が付いた顔をして、

「そういえば、試作機をあと二つ用意していたのに渡すのを忘れていました。一応持っておいてください」

 そう言いつつ、リリーシアのものと全く同じ物を二つ取り出し、ミコトとゼラに手渡す。

「これは確かにありがたいが……盗難対策は大丈夫かや?」

「そちらは抜かりないです。まず使用する時に個人の魔力パターンを読み取り特定のパターンに反応するよう認証をかけることで、工房職員以外には魔道具を起動できないように設定してあります。解析対策としては、《能力隠蔽》をかなりの高レベルでかけてありますので、これを突破するには一般に三百レベル相当の魔術師が必要な計算になります。他には――」

「わかった、わかった。おぬしがモノ作りにおいて変なところでこだわりを見せるのはわかっておったからな、心配はしておらぬよ」

 説明を遮って携帯通話機を仕舞いこむミコトとゼラ。

 普段はどちらかというと物静かな印象がある蒼髪蒼眼の師匠だが、こと生産関係になると途端に饒舌になる、というのが弟子二人の共通認識である。



 そうこうしているうちに、三人は貴族居住区のうちのとある邸宅の前に到着していた。

「師匠、ここで間違いないはず、です」

「コール家、と呼べばいいんでしょうか。……大きいですね」

「まあこの建物も、王女の話通りなら別宅であるらしいがな」

「……行きましょう」

 薄い緊張を抱きつつ、リリーシアはドアをノックした。すると数秒後に扉が開き、内から執事服を着た男性が現れた。

「ようこそいらっしゃいました、リリーシア・ピルグリム様、ミコト・ディオール様、ゼラ・ソウリエ様」

 その男性は、絵に描いたような”初老の執事”といった印象で、品のいい微笑を浮かべている。

「中におります主人に代わりまして、会場まで執事長の私が皆様をご案内いたします」

「ありがとうございます、よろしくお願いします。……ところで、我々は工房の制服で来てしまったのですが……失礼ではないでしょうか」

 正直な話、リリーシアは今の今まで服装のことについて失念していたのである。貴族のパーティに招かれるなどという経験が初めてで混乱していたというのもあるが、直前に完成した携帯通話機に意識を取られていて、服装まで気が回らなかったのだ。

 そもそも自身の精神は服装に気を使ったことなどないひきこもりの身であるからして、精神に余裕があったとしても思い至ったかどうかは定かではないのだが。

 その言葉を受けた執事長は驚いた顔をした。

「その服装はピルグリム様の工房における制服だったのですな。見るからに高品質な素材を見事に仕立ててありましたので、てっきりドレスの一種なのかと思っておりました。当家にもお客様用のドレスルームはありますが、むしろその服装のままで臨まれるのがよろしいかと思います」

「そういうことであれば安心です」

 制服のデザインセンスについては自信があるわけではないが、リリーシアとしてはその作りについて褒められるのは悪い気分ではないため、素直に提案を聞くことにした。


 それなりに長い廊下を抜け、案内された先はホールのような空間だった。

 床には絨毯、天井にはシャンデリアと想像通りのパーティ用ホールという様子だが、特徴的なのは壁面であった。

 その壁には剣、槍、斧といった武具の類が数多く飾られていた。

 そのどれもがなかなかに良いつくりのもので、実用に堪えるものから華麗な装飾が施されたものまで様々である。

「……壮観ですね」

「――気に入っていただけましたかな?」

 リリーシアがつぶやいた瞬間、前方から声が掛かる。

「お初にお目にかかります。当家の主、ヒュール・キルデ・コールと申します」

 その男性は、年齢が三十前後といった感じの若さの残る風貌だった。がっしりとした体躯をスーツにつつみ、黒い髪をオールバックに固めている。リリーシアの第一印象は「なんか強そう」である(先に壁の武具を見たこともその印象に影響していたが)。

「初めまして。ピルグリム工房のリリーシア・ピルグリムです」

 リリーシアが挨拶をし、ミコトとゼラがそれに続く。

「見事な作りの武具に圧倒されました。これは全てヒュール…殿、の?」

「私のことはヒュールとでも呼んでくださればと。……これらは、その通り私のコレクションです。といっても、集めることが趣味なだけで、戦えるような技術は全く持っていないのがお恥ずかしいのですが」

 ヒュールは壁に歩いて行くと、手近なところにあった長剣を取り外してこちらへ持って帰ってきた。

「実はこれらの武器は、ガルガンチュートの一角にある我が領地の鉱山から採れた金属で作られていましてね。自身の土地から生み出された物をホールの壁に飾るというのが、我が一族の伝統なのです。――リリーシア殿は魔術詠唱者であると同時に優れた鍛冶師であるとも聞いています。是非、当家自慢の一品を見ていただければと」

 少し強引気味に差し出された長剣を曖昧な返事をしながら受け取るリリーシア。どこぞの鍛冶屋の主もそうだったが、この手の押しの強い人種はリリーシアにとって対応しづらい相手の最たるものである。


 とはいえ長剣を見た瞬間、リリーシアの意識は完全にそれに吸い込まれていた。

「……この長剣、原材料は真白銀ミスリルのみ、ですか? 耐久力に若干の不安はある様子だけど、腐食・風化耐性に優れた真白銀ミスリルはその見た目も相まって芸術品と呼ぶに相応しい……、素材自体の品質もかなりいい。そして施された装飾は、驚くほど緻密で複雑な……これは、宝珠として埋め込まれた光の魔晶石と呼応して魔術を増幅する……?  ――ああ、と、すみません、お返しします」

 かなりじっくりと舐め回すように長剣を観察してしまったことを恥ずかしく思い、あわてて長剣をヒュールに返却する。

 そのヒュールはというと、剣を受け取った瞬間に豪快に笑い出した。

「はっはっは、ひと目見ただけでそこまでわかってしまうとは、聞いていた噂は本物のようですな! 食事中にでも、是非詳しい話をお聞きしたいものです。無論、ミコト殿とゼラ殿にも」

 非常に気分がよさそうなヒュールに、執事長が控えめに割り込む。

「ヒュール様、本来のご用件もお忘れなきよう、よろしくお願いしますぞ」

「ああ、わかっておるとも。そう、本当は貴女方に別の要件があったのだが、そんなものはあとでよい、まずは私の見聞を広めさせてくだされ」

 上機嫌なヒュールを見てひとつ諦めのため息をついた執事長は、「それでは皆様、当家の料理をお楽しみください」と声をかけて下がっていってしまった。あの執事長は、普段からこの豪快な主人に振り回されているんだろうなあ、と思わされた工房組一行であった。



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