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Area《2-28》

おまたせしました…いやほんとに…


「パーティに……招待?」


 リリーシアはきっちり五回その手紙を読み返して、困惑していた。

「貴族のパーティというと……あのパーティなんでしょうか」

 冒険者のいう複数人の集団を指す言葉――ではなく。

「ええ、手紙の内容には小さな規模の会食とあるわね。そういえば宛先人の名前は――」

「……ヒュール・キルデ・コールという方だそうです。この方について何か知ってますか?」

「ヒュール・キルデ・コール……聞き覚えがあるわ。確か、貴族としてはなかなかの格式の家だったと思う」

「……特徴はありますか? 何か、私につながりを求める理由になるような」

 そう問うと、セレネはしばらく考えた。

「あまり、王都では目立った活動をしている家ではなかったと思うわ。というのもコール家の領地は王都近くではなく、ガルガンチュートの一角にあったはずなの。ここには別宅を一つ構えているだけだったと思うけど……」

「うーん……想像がつきませんね。手紙には特に要件はかかれていませんし……」

 ガルガンチュートというのは、王都からかなりの距離を西へ行ったところにある鉱山都市らしい。

 手紙の内容を要約すると、『是非会ってみたいので、明後日の夜に当家とピルグリム工房の人間のみで小さな会を開きたい』ということのようだ。最初にリリーシア個人の名前が出してあったが、手紙を読んでいくと招待は全員に対してのものとなっている。

 パーティが明後日というのは随分と急な申し出のような印象だが、貴族社会について全く知識のないリリーシアには判断できなかった。

「……まあ、ただのパーティにせよ何か真意があるにせよ、とりあえず行くかどうかを決めて今日の内に返信しなければいけませんね。ミコト、ゼラ、どう思います?」

 そう二人に問うと、

「ふむ、わらわはどちらでも構わんぞ。どういう要件であろうと、美味い食事と酒は出るじゃろうて」

 平常運転なゼラと、

「師匠にまかせます。……貴族とコネを作っておいて損はないかも、です。冒険者の中でも、貴族と繋がりのある者はほとんどいません」

 一歩引いて冷静なミコト。おおよそ予想通りである。

「なるほど。……私としては、貴族の不興を買うようなことはしていないはずなので、おそらく問題ないと判断しました。ということで、工房としてはとりあえず行くということにしましょう。あと、セレネは――」

「……面識はないし、たぶん大丈夫だと思うのだけど」

「……セレネには、今回は留守番をお願いします。直に話すことで勘付かれても面倒ですし」

「……わかったわ。あなたたちも気をつけてね」

 不承不承といった感じでセレネが頷く。

「それではこの話はここまでということで、各自今日の作業に戻ってください」

 リリーシアがぱんぱんと手を叩くと、三人はそれぞれ返事をして持ち場へ戻っていった。



 リリーシアもリリーシアで、時空魔術の検証中だったのを思い出し、裏庭へと向かう。


 ここまでに検証した魔術は、

・向いた方角を知る魔術

 図書館で試したものの再試験である。――成功。

・時を正確に知る魔術

 発動すると、時そのものの概念らしき力を感じ、魔術を通して理解できる言語へ変換された。――成功。

・離れた相手の場所を知る魔術

 セレネを思い浮かべると、工房内の正確な位置を情報として得ることができた。距離・場所・相手が魔術の成否にどう関係するかは未知数。――成功。

・離れた相手に声を届ける魔術

 場所を正確に把握していない上階のミコトに声を送ることができ、大いに驚かせた。ただ、この魔術の対象になった者が声を返すことはできないため不便である。なんらかの工夫が必要。――成功。

・離れた場所に物を転移させる魔術

 先ほど実験し、金属のインゴットを視界の届かない先へ転移させた。ただし、上の他の魔術と比べて消費魔力量が桁違いに大きい。――成功。


 と、この五つである。

 全て成功しているのは僥倖だが、その全ての術式において消費する魔力量がかなり多いのがリリーシアには気になっていた。おそらく技能修練値を積めば軽減されていくタイプの技能だと考えているのだが、最初期にこの消費量では、並の術者では詠唱中に魔力が尽きて倒れてしまうと思われる。

「要するに高レベルキャラ向け技能ってこと……? でもそう考えると、確かにファンタジアにも高レベルから始めないと修練値が上げられない技能ってあったし……なるほど、これは……燃える。私への挑戦ということか……!」

 かつて天地を巡り三百を超える技能を習得し、そのうち百二十を完全修得した廃ゲーマーの血がたぎってきていた。

 リリーシアは決意した。必ずこの魔術を極め、完全に自分のものとして屈服させる、と。


 そんな趣味の悪い笑みを内心で浮かべつつ、リリーシアは未だ試していない魔術のリストを眺める。

・体感時間を伸縮する魔術

・離れた場所に生命を転移させる魔術

・限られた範囲の時間を操作する魔術

 これら三つを後に残したのは、そのどれもが生命に直接作用するタイプの魔術なためである。

 他の魔術が成功しているといっても、やはり生者の時間を操るのは難度が高いのではないか、とリリーシアの直感が告げていた。

 それに、失敗したとき、果たしてその対象はどうなるのか……? そう考えると身の毛がよだつ思いがしてしまう。


「でも……やるしかない、か。さっきの休憩で魔力も回復したし」

 未知の魔術への興味と技能修練値へのある種変態的な執念から、軽く判断を下すリリーシア。裏庭の中央に立ち、自身の奥底に意識を集中する。

 まず選んだのは、

「体感時間を伸縮する魔術――対象は、他人も可能だけど、当然自分のほうが魔力効率がいい、か。詠唱は――」

 迷いなく自身を対象に設定し、詠唱を開始する。自然と暗記したその詠唱文を読み上げるたびに、ごっそりと魔力がもっていかれる感覚が襲いかかる。


「――時空系詠唱魔術クロノスペル:《時間超越》」



 ――瞬間、世界が止まった。



「(――いや、止まったように見えたけど、これは……世界が十分の一の速度に、つまり自分の認識が十倍に引き伸ばされて……!)」

 バレットタイム、という単語がリリーシアの脳内に浮かぶ。自分の思考だけが正常なまま、周囲の世界と、自分の動きまでもがゆっくりと流れていく。

 しばらく発動したまま観察してみようと考え、身体を(体感の上では)ゆっくりと回転させる。

 工房の中を見ると、インゴットにハンマーを振るうゼラの姿が非常に緩慢に捉えられた。

 自身の動きは加速されないが、敵の動きを読むという点では戦闘において非常に大きな意味を持つ技能だと確信する。

 相手の技の初動、さらにその前の視線の動きを見るだけで全ての武技を難なく回避することができるだろう――その光景を幻視し、リリーシアは一人興奮していた。


「(……集中すると、さらに時間を引き伸ばせる……! 細かな定義をせず発動すると、十倍が設定されるということですか。それにしても……やはり魔力量の負担が大きすぎる、これ以上は――)」


 そう思った瞬間、どろりとした世界から引きずり出される感覚とともに――リリーシアは意識を失った。




「……シア! リリーシア!」

 リリーシアが朦朧とした気分で目を覚ますと、目の前に泣き出しそうなセレネの顔が飛び込んできた。

「……セレネ」

 天井を見るに、リリーシアは和室に運び込まれ、セレネの膝枕の上で寝かされていたらしい。そばには正座をしたミコトの姿もあった。

「リリーシア、よかった……目が覚めたのね」

「師匠、これを」

 ミコトから差し出された中級魔力ポーションを飲むと、体内の魔力が戻る感覚とともに意識も正常になってきた。

「ありがとう、ございます。無理をして……心配をかけました」

 そう言って起き上がろうとすると、その頭はセレネの意外にも強い腕力で膝の上に固定されてしまった。


「ダメよ。最低限回復するまでここにいなさい。……相談せずに無茶をするリリーシアに、私からお説教しなきゃいけないんだから」

 なんだか姉のような感じだ、と実姉も義姉もいないリリーシアはぼんやり思った。

 もっと皆に話をしてから、などと説教をされる間にも、膝の柔らかな感触にリリーシアは非常に気まずい思いをすることになった。





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