Area《1-6》
身体に緊張が走る。
視界に遠く映る街道の先では、倒れている馬と、横倒しになり積み荷が散らばっている馬車、そして馬車の近くで血を流して倒れている行商人らしき男が見えた。
そしてそれを襲う、十数体の魔物。
「あれは……ガブリン、だけどあの禍々しさは……!?」
リリーシアはその魔物に見覚えがあった。黄褐色の肌、背の低く、痩せこけた身体。側頭部の小さな巻角。手に持つ簡素な石器斧。ファンタジアで誰もが最初に遭遇する敵対性モンスター、ガブリンである。
ただ、様子がおかしい。馬車を襲う十数体のガブリンは、身体から禍々しく黒い気を立ち上らせている。キャラ付けのために闇属性技能を全く修得していないリリーシアではあるが、それ以前にファンタジアではあのような状態のモンスターを見たことがない。
「リリの姐さん、確かにあんなのは記憶にないが、行くしかないっスよ!総員隊列を維持しつつ、突撃いー!!」
そのつぶやきを聞きとった総隊長も様子のおかしいガブリンに不気味さを露わにしていたが、状況は一刻を争うと判断し、突撃の命令を下す。
「私も……行きます!」
至近で詳細な状況を確認してからでないと魔法による範囲攻撃は危険かもしれない。リリーシアは事前の連絡通りそう断って、先に突撃していった仲間を追いかける。基礎能力値の高さは身体能力にも遺憾なく発揮され、先陣を追い越さんばかりの勢いで駆ける。
不確定名・禍ガブリンと討伐隊が接触する直前。十数体の禍ガブリンの目が一斉にこちらを向き、あろうことか目が赤く光ったのである。
「ちっ、不気味な! 何をしてくるかわからんぞ、ただのゴブリンと思うな! 交戦開始!」
馬車に群がっていた禍ガブリンたちが、生命力を感じさせない動きで跳躍し、泣き声も上げずに手に持った石器斧でこちらへ襲いかかる。リリーシアはこちらの世界のガブリンは知らないが、見た目がファンタジアのものと同じであるために、その異様な動きに戦慄を覚える。
――そして、リリーシア――新海竜は現実で戦闘などしたことがない、ごく一般的な日本人であった。目の前に凶器を持った怪物が飛び込んできて、思考が真っ白になって立ちすくんでしまっても、仕方がないとしかいいようがなかった。
硬直したリリーシアを切り裂くべく振り下ろされる凶器、反射的に目を閉じてしまうリリーシア。しかし――
「リリの姐さん! 大丈夫っスか!」
その凶刃が彼女を襲うことはなかった。石器斧を総隊長が剣で受け止めている。禍ガブリンは筋力が強化されているのか、受け止める総隊長の顔に余裕は一切ない。
「……っ!」
「みんな苦戦してるみたいっス、姐さんがしっかりしてくれなきゃいかんっスよ!」
「――は、はいっ!」
言葉を受けて意識が再起動するリリーシア。周りを見ると、どこも複数人がかりでやっと禍ガブリン一体を抑えている状況であった。戦った経験のある人間のほうが少ないのだから、それもいつまで保つかわからない。
リリーシアは、脳内から必要な手段を瞬時に選択した。
「対象定義・禍ガブリン全て――定義完了。――氷雪系詠唱魔術:《氷槍招来》ッ!!」
次の瞬間。
視界に映る全ての禍ガブリンから、太い氷の柱が生えていた。
――戦闘終了。結果だけ見れば圧倒的な勝利ではあったが、リリーシアにとっては、生命の危機を感じた、初めての実戦でもあった。
討伐隊に怪我人はいなかったが、戦闘による緊張によって全員の息が酷く乱れていたため、リリーシアが全員を対象にして回復魔術を唱える。戦闘での精神的な緊張は完全には解消できないが、身体の調子は多少はよくなるはずである。
「……助かったっス、リリの姐さん。馬車の様子を確認しましょう」
戦闘が終わってすぐに行商人らしき男に治癒魔術を唱えなかった理由。それは彼がすでに事切れていることが明らかだったからである。
「こんな、酷い……」
全身が原型を留めないほどずたずたに引き裂かれた男を見て、リリーシアは目をそらしてしまった。総隊長も、硬い表情の中でやりきれなさをかみしめているようであった。そして、襲われた当時の経緯を確認する術も同時に失われてしまったのであった――
キャラクター紹介を別枠で開始しました。
キャラデザのイメージ等も掲載していますので、もしよければ見てやってください。
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