Area《2-25》
ダンジョン。
ファンタジアでのそれは、ギルド攻城戦やフィールドレイド等と並んでゲームのメインコンテンツの一つだった。
ゲームシステム上のパーティメンバー数上限は六人で、基本的にタンク二人・ダメージディーラー(DPS)三人・ヒーラー一人で構成される。
その六人で通常のフィールドと隔離された迷宮を冒険し、最奥部のボスを倒して宝物を手にする。それがリリーシアの知るダンジョンである。
今の今まで全く想像の及んでいないことだったのだが、この世界は魔法があればモンスターもいる異世界である。ダンジョンと呼ばれるものが存在していても全く不思議はない。
「師匠はダンジョンに潜ったことがない、です?」
無表情気味なミコトの顔にわかりやすい疑問の表情が浮かんでいる。
「ええと、まあ……そういうことです。今までそういったものと縁がなかったものですから。概要を聞いてもいいですか?」
ふむ、とミコトは少し考えてから、
「――この大地には、魔素が滞留しやすい場所……魔素溜まりがあります。魔素溜まりには自然に魔物を生み出してしまう他、園周辺の地域を取り込んで異界化してしまう特性があります。そうして長い年月を経て複雑に成長した異界をミコト達冒険者は《ダンジョン》と呼んでいます」
その説明をゼラが引き継いだ。
「つまり、理屈としては人間が集まれば村ができるのと同じじゃな。魔法の源である空気中の魔素には世界を改変する力がある。それが集まる場所には魔物のほか様々なものが発生するということじゃ。だが、それは同時に冒険者にとっては千載一遇の好機でもある」
「遺留品……ですか?」
「そう、魔素の溜まる場所には稀少かつ高品質な素材や、魔力を宿したマジックアイテムが生成する傾向がある。まあマジックアイテムといってもそのほとんどは魔力核や結晶体の形状だが、稀に人間がそのまま使える武具の形で産出するものもある。これは、その土地で死んでいった者たちの強い想念や記憶が魔素溜まりに影響していると言われておる」
つまり、希少品の中でもレアな立ち位置にあるのが魔力を宿した武具、というわけだ。ゲームの頃と似たようなものを感じ、少し懐かしくなる。
ゲームの頃も、ハイエンドダンジョンの宝箱からレア武具を出したメンバーは、ギルドの中でずいぶんと羨ましがられていたものだ。
自身のギルド《しおひがり》はレアドロップに関して事前の取り決めをしっかりとしていたため比較的平和に解決していたが、一つのレアドロップがきっかけで血みどろの内戦が勃発、解散にまで至ったギルドは全く珍しくなかった。
ちなみにファンタジアでは、ダンジョンドロップのアイテムに関しては希望者がその場で100面ダイスを振って、最大値を出したメンバーが所有権を主張できる。そのアイテムに関しても装備する前であればキャラクターに帰属するわけでもないので、取引にも利用できる。
(この仕様のせいで争いが絶えないのだという意見も多かったようだが、運営が仕様を変更したりすることは決してなかった)
「……なるほど。だいたい理解しました。それで、話に出たダルタイというのは地名なのですか?」
「うむ。ここから西に数日行ったところにダルタイという山がある。そこに大きな洞窟遺跡があってな。元より閉鎖空間はダンジョンになりやすい傾向にあるが、ダルタイのそれは近隣のものと比べても非常に広かった。まあ長く存在するダンジョンではあったし、冒険者らの手によって全体像はだいたい地図になっていたと記憶しているが、攻略されたというのはわらわも初耳じゃな」
言いつつゼラがミコトに振ると、
「はい。これはつい先日聞いた話なのですが……一級の冒険者パーティ《レーバン》によってダンジョンボスモンスターが討伐されたそうです」
冒険者パーティ《レーバン》。王都を拠点に活動している全員が一級冒険者の四人組だ。面識はないが、リリーシアも冒険者組合でその噂を耳にしたことがある。なんでもその強さは圧倒的で、全員がレベル百を超え、一番レベルの高いメンバーは百五十に届いているのではないかと言われている。
王都の冒険者のレベル帯がだいたい四十から八十前後だということを考えると、その戦力差は確かに天と地ほどにもなるだろう。
「レベルが高い冒険者だとはいえ、今まで倒されていなかったモンスターを四人で討伐するというのはなかなかできることではありませんね
リリーシアはその様子を想像しながら柑橘系の酒を舐め、
「――ダンジョン、か……」
そうつぶやいた彼女の隣でセレネが小さく笑う。
「リリーシアもやっぱりそういうのって興味あるの?」
「……ええ、まあ。《自分の力を試したい》とか、《未知のものを見てみたい》といった好奇心は私も持っていますよ。ただ、ダンジョンみたいな不確定要素の多い危険な場所にセレネを連れて行ったりはしませんから安心してください」
「別にいいのよ? 私だって並の魔物なんかに遅れは取らないんだから」
「私はもしものことを考えて――」
リリーシアがセレネに言い聞かせようとしていると、メルランデが笑う声が聞こえてくる。
「あはははは、仲良しカップルかと思ってたら過保護な親とやんちゃな娘って感じだよねえ」
ゼラとミコトの笑い声も加わってきて、リリーシアとしては視線を逸らすしかない。
「……わかりました、ダンジョンの件はまた今度考えましょう。少なくとも訓練モードの私から一本取れるくらいになってもらわないと私としては安心できませんから。――訓練といえば、ミコト、ゼラ。もう二ヶ月近く工房でいろいろやってるわけですが、ステータスは上がりましたか?」
そういえば、とリリーシアはミコトとゼラに話を振る。
「む、そうじゃな。そういえばしばらく冒険者証明書を更新しておらんかったわ」
「ミコトも、です。あまり頻繁に使うものでもないので忘れていました」
二人が自身の鞄をごそごそと漁り、鞄に自動整頓機能を付けておいたおかげか、カードはすぐに出てきた。
自身のレベルや能力値といったステータスが魔法で検出されるこの便利なカードは、自身の魔力を通すことで能力値の再計算を行い表記を更新することができる。
ただ、一般の冒険者にとってステータスは大きく変動するものではないため更新をせずに放っておく者も多いらしい。確かに、次のレベルまでどのくらいか、技能がどの程度伸びたかといった情報の記載はないので頻繁に更新する者のほうが稀だろうと思われる。
「あ、私も持ってるわよ、冒険者証明書。身分証として使えるかもしれないってお兄様が言ってたから」
「実はこのメルお姉さんも持ってるんだよねえー。ここで更新大会かな?」
見れば、リリーシア以外の四人が冒険者証明書を取り出して見せ合っている。
「あれ、冒険者ってあまり自分の個人情報は見せたがらないものかと思っていましたが、意外ですね」
リリーシアがそう言うと、ゼラがひらひらと否定の意味で手を振る。
「ほれ、もうこやつらは赤の他人ではないしな。背中を預ける可能性のある者には互いの手札を見せておくことも必要なんじゃよ。――それではひとつ、《更新》……と」
そういうものなんだなあ、とリリーシアが納得している間に、ゼラがカードに更新をかける。同時に他の面々もカードに意識を向け、更新していった。
「ま、私はたいして変化なし。最近動いてなかったし当然かねえ」
最初に自己申告したのはメルランデ。こたつの上にひらりと置かれたカードを見ると、なんとレベルは五十。戦闘技能を持たない一般人がレベル一から十程度であることを考えると、明らかに戦闘経験を積んだ者だということだ。
メイン技能欄に《短剣士:中級》とあるところを見ると、リリーシアの知らないところで実戦をしているらしい。
「驚きました。メルさんも戦える方だったんですね……ていうかサブ技能、《ギャンブラー:上級》とかいう聞いたこともない技能があるんですが」
「似合うだろう?」
「確かに……メルさん以上にその技能が似合う人は知りませんね」
リリーシアは褒めているわけではなかったのだが、メルランデは酔っ払い顔で胸を張って威張っているのでこれ以上はつっこまないことにする。
「私のは何もすごくないけど、この数週間でレベルがいくつか上がったわね」
次にセレネがカードをめくって見せる。レベルは三十四と低めではあるが、今までずっと王都に籠っていた身であるため当然だろう。
リリーシアとしては、彼女は魔法技能に潜在的なセンスがあると確信しているので、魔術詠唱者としてはまだまだ伸び続けるだろうと考えている。
メイン技能欄には《王剣》とのみ刻まれている。王族のみに受け継がれてきた戦闘技術はリリーシアも何度か見せてもらったが、真似することはできても不思議と自分のものにすることはできなかった。
ゲーム的に考えれば王族に生まれることが技能修得の条件になっていそうだ、とぼんやり考える。ゲームの時にも、特定の種族や地位を修得条件として要求する技能は数多く存在していたものだ。
「ふむ、ではわらわの番じゃな」
ゼラが無造作にカードを放る。そのレベルは――
「なんと驚け、――百六十じゃ。まあ、正直今自分自身が最も驚いておるがの」
困惑を隠さない表情のゼラ。
「……おそらく、ミコトも一緒に見せてしまったほうがいいと思います」
続いてゼラのカードの横にカードを並べるミコト。
「ミコトは、百六十一、です。先ほど更新前のカードを見せた通り、数カ月前のレベルはどちらも九十と少し、でした」
「自分の動きが良くなっている感触はあったが……まさか、ここまで上がっておるとは」
「……すごいわね、百六十って冒険者組合でも記録にないんじゃない?」
セレネが二人のカードを見てつぶやく。
「自分で言うのもなんだが、これまで王都の記録にある中で最高レベルの冒険者は、例の《レーバン》のリーダーの男が数年前に記録した百三十だったはずじゃ」
リリーシアは考え、冒険者の生活について思い出した。
「彼らは基本的に戦闘技能のみを磨いているんでしたよね。生産系技能に手を付けずに百三十というのも私としてはそれこそ稀有な才能かと思いますが……。
それはともかく、生産系技能を習熟することでも能力値は上がります。錬金術関連では魔法系、鍛冶関連では筋力・俊敏系がそうですね。貴女がたはそれらを万遍なく鍛えたことで、結果として急激な能力上昇を果たしたということでしょう。実際、二人ともセンスがいいこともあって短い期間で中級まで来られましたし」
「うむ……そういうものか」
「では、これは一過性で、これからも急激に伸びるとは思わないほうが気が楽、ですね」
二人は複雑そうな顔になりつつもとりあえず納得してカードを自分の荷物へしまった。
「じゃあ、最後はリリーシアね」
セレネが当然のように振ってきたので、リリーシアは慌てて立ち上がりかけてしまった。
「……わ、私もですか」
「……? 何か見せられない理由が? みんな見たいと思っていると思うのだけど」
セレネがそう言うと、
「ま、無理にとは言わんがな。見てみたいと思っておるのには同意するが」
ゼラが言うのと一緒にミコトが控えめに頷いている。
「……いえ、そういうわけでは……。仕方ないですね……今更見せないというのも平等じゃないでしょう」
そう答えて、カードを取り出して一応更新をかけてからこたつの上に渋々と提出する。すると――
「……なな、ひゃく、に?」
他の全員の顔が驚きで固まってしまったのを見て、リリーシアはやはりかと苦い顔をした。
「……不審に思われるのはわかります――」
リリーシアが言いつつカードを取ろうとすると――
「――大丈夫」
その手はセレネに掴まれてしまった。
「……大丈夫。皆そんなふうには思っていないわ。堂々としていればいいのよ」
その言葉を受けてリリーシアが周りを見ると、
「くくく……驚きはしたが、壁が高いというのは師とするにはこれ以上ない条件だと思うておるぞ?」
「その通り、です。王都内どころか……この大陸に二人といないだろう人物に私達は師事できるのですから」
「いやあ、友人がここまで大物だったとは、お姉さんは嬉しいよ」
それぞれの顔に、恐れや不信感というものは浮かんでいないように見える。
「……みなさん」
「……でしょ? まったく、リリーシアは一人で勝手に決めつけて思考が先走っちゃうんだから」
柔らかな微笑のセレネに言われ、リリーシアは浮きかけていた腰を下ろした。
本当に、ただのネットゲーマーの自分には過ぎた友人たちだ、としみじみ感じたのであった――
いつも読んでいただいていてありがとうございます。
リアルの忙しさにやられてちょっと間が開きがちになっていますが、
更新の意思はありますので気長に待っていただけると嬉しいです……




