Area《2-24》
「いやあ、誘ってもらってありがとねぇ」
和室の炬燵(大きめに作ってある)には、従業員の他に既にほろ酔い状態のメルランデがもぐりこんでいた。
夜更かしをして年越ししてしまおうという企画を言い出したのはリリーシアだが、異世界のこの国にもそういう文化は存在したらしい。工房の従業員は諸手を上げて賛成したほか、軽く話をしたメルランデもほいほいとついてきた次第である。
「メルさん、もう他のところで飲んできたんですか?」
「そりゃあそうよ、もう今日は昼間からずっと店を変え味を変え飲み明かしってわけ」
昼間からなどと聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろうとリリーシアは聞き流した。そんなにずっと飲み続けてほろ酔い状態で済む内臓というのは、魔法以上に不思議な存在ではないだろうか。
「もうそろそろ調理場から二人が戻ってくる頃合いですので、待っててください」
現在このこたつにはリリーシア、メルランデ、そしてセレネが入り込んでいる。セレネは午前中の書庫探索でいくつか本を持って帰ってきていたらしく、読書中だ。今読んでいるのは《攻撃魔術の基礎と応用》というタイトルのいかにもお堅そうな魔術教本である。
攻撃魔術の勉強や訓練はこの工房では行っていなかったが、興味があるのであれば時間を設けてみるのもいいかもしれない。リリーシアは修得していない闇属性以外の魔術は全て完全修得していたし、その細々した理論も全て頭のなかにインプットされている。こちらの世界に来る時に突然生えてきた知識ではあるので、解いたこともない数学の公式が頭に植え付けられたような感覚ではあるが、当たり前のように身についているので「そういうもの」として理解するしている。
セレネの隣に移動して一緒に本を覗いていると、和室のふすまの戸が開いた。
「おまたせしました、です」
「待たせたのう」
入ってきたのは、片手に大きな土鍋を持ってふすまを開けたミコトと、それぞれの手に料理のたんまり乗った大皿を持ったゼラであった。(この世界の冒険者の筋力というのは本当に見た目にとらわれない。そもそも筋肉のない骨だけの魔物が存在したりするのだから突っ込むのも今更というものである)
「お疲れ様です、いい香りですね」
「当然じゃ。わらわとミコトが腕によりをかけて用意したのだからのう」
二人が皿を置くと、こたつの上はほぼ料理でいっぱいになってしまった。
「まずは、夕食の部、です。お酒のためのおつまみは後で出しますので」
なるほど、料理の内容を見ると確かに肉や魚といったしっかりと食べられるものが揃っている。女五人で食べきれる分量を想定しているのかわからないが、その量もかなりのものである。
「ほら、リリーシア」
「?」
セレネにつっつかれて何事かと振り向くと、
「家長が挨拶をするものでしょう? 最初の大晦日なのだからしっかりしてよね」
「家長って……まあ、そういうものなんでしょうか」
では――
「では、今年一年――という付き合いでもないですけれど、皆さんお疲れ様でした。来年もよろしくお願いします」
そう言ってリリーシアが頭を下げると、他の面々も口々に「よろしく」とか「よろしくお願いします」と挨拶を返した。リリーシアとしては我ながら微妙に締まらないような感じもしたが、このくらいの緩さのほうがうまくやっていけそうな気もしたのであった。
それから改めて食事の挨拶をして、和気藹々と夕食が始まった。お酒も大量にあるので(大半はメルランデの持ち込みだ)、各々好みの瓶を開けて楽しんでいる。普段から酒場で見かけるものから、新年祭で手に入れてきたらしい怪しい色の瓶までその種類は様々である。
普通、こういう場では全員が今年一年を振り返って談笑をしたりするものなのだろう。その流れはこの卓でも共通ではあったが、全員が長いつきあいというわけでもない。そんな理由もあってか各人が適当に話をしてから、いつの間にか卓上はミコトとゼラの冒険者生活の話題で盛り上がっていた。
「――あの北の山脈にワイバーンを探しに行ったのも今年じゃったかのう」
「あれは、今年の話」
「ワイバーンですか?」
リリーシアが聞き返す。ワイバーンといっても種類は様々でそのレベルも幅は大きいが、決して低レベルの個体は存在しなかったはずである。
「うむ。あれはいつだったか、冒険者組合で『北の山脈のある場所でワイバーンが飛ぶのを見た』という噂が流行ってのう。出処も判然とせぬ噂ではあったが、我らを含む複数のパーティがその真相を確かめてやろうと意気込んでな」
「ワイバーンからいい状態の素材が取れれば、数年は遊んで暮らせると評判なのです」
「まあそんなわけで一週間ほどかけて移動して山脈に登っていったわけだが――結論から言うと、結局ワイバーンは見つからなんだ」
「また、あっさりしたオチだわねえ」
メルランデがつっこむと、
「いや、この話にはまだ続きがあってなあ……。北の山脈の奥地、そこにはワイバーンはおらなんだが、代わりにグリフォンの巣があってな」
「グリフォン……本で読んだことはあるわね」
セレネがつぶやく。ファンタジアにおいて、グリフォンはヒポグリフと並んで『それほど強くないが空中からの奇襲が危険な上にめんどくさい』という特徴で嫌がられていたモンスターの一角であった。この世界のグリフォンがリリーシアの記憶と同じものかはわからないが、彼らの巣となるとその危険度はなかなかのものだろう、と想像する。
「しかもその遭遇がわりと出会い頭で、逃走したり応戦したりを繰り返して命からがら山を降りきったというオチで――メルランデ、なんじゃその顔は」
遠くを見る目をしたメルランデにゼラが問う。
「いやさ、その話、知ってたのを今思い出したんだわ。というのもうちの知り合いの冒険者パーティがソレに参加してたからなんだけど……あいつら帰ってきてから、全治二週間つって診療所のベッドに転がされてたよ。やられてから時間が経ってたからポーションの効きも悪かったって」
「あー、たぶんあれじゃな、こっぴどくやられて片腕をもがれかけてた奴とか、全身血まみれみたいな奴とかがおったような気がするわ、そいつらじゃろ。手持ちのポーションでは一週間命を繋ぐのが精一杯だったんじゃろなあ」
くっくっくと笑いながらおかしそうに自分のひざを叩くゼラ。冒険者の間ではそんな大怪我も笑い話になるのだろうか、とリリーシアは苦笑いをするしかなかった。自分の周りで他人が大怪我をするのを見るのは勘弁してほしいところである。
「そういえば。あのダルタイのダンジョンが攻略されたらしい、です」
話の流れで、ミコトがそう切り出す。
「ダルタイ? ダンジョン?」
リリーシアはついオウム返しに聞き返してしまった。
(ちょっと中途半端ですが分割。)




