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Area《2-21》


 ――その本棚は、混沌を絵に描いたような姿をしていた。


 外見は全く普通の本棚であり、この書庫の他のものとそう変わりはない。だが――

「……背表紙が謎言語、殴り書き、図形、そもそも何も書かれていないといった変なものが多すぎませんか」

 リリーシアが想像していた《本》というものと、ここにある魔術関連書らしきものたちはあまりに違っていたのである。そのうえ、タイトルが判別できるものまで全く整理されずに無秩序に突っ込んであるので、この本棚型ダンジョンの推定踏破レベルは上がっていく一方である。

 隣では、ミコトとゼラが難しい顔をして本棚を睨んでいた。おそらくリリーシアも同じ顔をしていると思われる。

「うーむ、これは中を全て確認していくしかあるまいなあ……まあ、開いただけで発火したり呪われたりといった危険なものは含まれておらんじゃろう」

「……しかたない、です。ミコトは反対側の十二番から始めてきますので」

「わらわは中間の八番から、かのう……吉報を待っておれ」

「……よろしくお願いします。私はここから、ですね」


 ――三時間と少しが経過し、午後六時の鐘が王城から微かに聞こえてきた。リリーシアはパラパラとめくっていた本(《魔術と私》というタイトルの、一人の若い魔術師が勉強と挫折を繰り返す日記調の小説であった)を本棚に戻し、予定通り書庫の入り口で集まった。

 見れば三人ともに、作業を始める前の難しい顔から、さらに複雑な感情を注いで混ぜ込んだ表情になってしまっていた。げっそり、という表現がぴったりである。

「どうやらー、収穫はなかったようですねー」

 三人と一緒に入り口まで来ていた司書長ジルが、のんびりとした口調で三人にとどめをさした。

「……まあ、情報の共有は帰ってから行いましょう。ジルさん、おそらく明日も来ることになるかと思います」

「……じゃな」

「……です」

 三人を興味深げに眺めていた司書長ジルに見送られながら、三人は書庫を後にした。



・・・



「で、何か見つかった――ような顔じゃないわね」

 夕食の準備を終えてリビング待っていたセレネが、三人を迎えながら苦笑いを作る。

「セレネにも聞かせてあげますよ、今日の徒労の内容を……」

「はいはい、夕食がおいしくなくなりそうだから、とりあえずご飯の後にしてよね」

 そう言いながら、セレネはキッチンのほうへ消えていってしまった。


 今日の夕飯はセレネ渾身のホワイトシチューであった。王家らしい上品かつ豪華な具材選びによって構成されたその料理は、実際とても美味しかった。聞くところによると、このメニューはバツェンブール王家でもよく食べられているものらしい。リリーシアは、王城からの帰り道で冷えた身体とささくれだった心が温まっていくのを感じた。

 食後のお茶を飲み、ふうと一息ついたセレネを除く三人は、同じタイミングで、しぶしぶメモ用紙を取り出した。無論、今日の調査結果である。

「……では。情報のすりあわせといきましょうか」

「「……」」

 セレネはその様子を直視しないようにしつつも、席は立たなかった。一応聞いておこうということだろう。


 蔵書の中からメモに留めた(魔術に関係のありそうな)ものだけを報告していく。

 ――今から始める魔術教本、魔術と植生の関係、十年後に生きる魔術、闇属性魔術総覧(なお中身はリリーシアの知識未満も甚だしいものであった)、儀式魔術、錬金術応用、剣士用魔術入門、酒を美味しくする魔術エトセトラエトセトラ――

 重ねて言うが、ある程度まともに魔術を載せている本を挙げてもこの有様である。そもそもあの書庫の蔵書は、《魔術》というワードは出てくるものの、全く関係のない書物がほとんどだった。その結果が三人のげっそり顔なのである。一日目の成果は、《まるで徒労》と評する以外になかったが、それを口にすることは許されない空気がリビングに漂っていた。


「明日は大晦日だというのに、またこんな作業をするのはつらいですね……」

「でも、明日は元から屋台は休みの予定だったし、他にやることもないんでしょう?」

「……わかりきったことをあえて言うのは罪ですよ、セレネ」

 大晦日たる明日は、夕方から新年の食事の準備をするという予定以外はフリーにしていたのであった。

「わかったわかった。明日は私もつきあうから。――そうだ、今日は精神的な疲れを落とすためにみんなでお風呂に入りましょうよ。せっかく広いお風呂をリリーシアが作ってくれたんだし」

「え? いえ、私はあとで入りますから――」

「そういえば、わらわはここに来てから師匠の裸体だけ見ていないような気がするのう」

「ゼラ、その言い方は誤解を招きませんか!」

「たまには、いいではありませんか、です」

「ミコトまで――!」

 リリーシアはスペースの許す限り風呂を広く拡張していたので、大人四人ではまだ余裕があるクラスの湯船にしてしまったのだ。「湯船は広いほうが気持ちが良いだろう」などという理由で軽率に大風呂を作ってしまった自分を恨みつつ、他三人に引き摺られながらリリーシアはぎゃああ!と叫んだ。


 ――結局、彼女たちが風呂から上がったのはたっぷり二時間後であった。リリーシアを存分にいじり回した三人はわきあいあいと、その被害者の彼女はどんよりとしていたのであった。



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