Area《2-20》
「中級治癒を……+2で二本、あと初級魔力+5を十本で」
「毎度ー」
「カレー四皿よろしく!」
「了解、です」
「この剣、いいものだな……コレをくれ!」
「わかりました」
追の月二十九日。闘技大会の翌日を休息に充てたため数日ぶりの屋台営業となったわけだが、ピルグリム工房の屋台は昼前から過去最高の混雑具合であった。
その規模から薄々察してはいたが、新年祭の闘技大会というのはかなり知名度のある大会だったようだ。そのタッグ戦優勝者であるミコトとゼラを一目見ようと思ったらしい人間で屋台前は溢れ、工房の4人全員で店番をしているのだが全く捌ききれていないのであった。
優れた戦闘技術を持つ者は、生産者としても箔がつくものらしく、二人が作ったポーションも一緒に評判が上がっているという構図もあるようだ。大手ブランドの製品なら安心できる、というようなものだろうか。
確かにポーションというものは製作者の個性が強く出る代物である。例えば、同じ治癒ポーションであっても細かな素材が違えば効果量が違ってくるし、必要な素材とは関係ない香り付けや味付けの面でも、その差は天と地ほども方向性が違うものだ。地方や錬金術士の流派によっても様々なバリエーションがあるものらしい。ゲーム内では同じ等級のものでスタックして適当に使っていたポーションだが、実際に自分が飲むものであればブランドをこだわりたくなるというのもうなずける話である。
ちなみにピルグリム工房では各種ポーション毎に仕様の統一が図られており、黄緑の治癒ポーションは青りんご、青の魔力ポーションは甘いぶどう、黄色のスタミナポーションはレモン、としてある(味の選定については工房従業員試飲の上、厳正な投票によって決定されている)。
「忙しいのもいいものですが……そろそろ、先のことも考えないといけませんね」
リリーシアは、少し苦手な接客をなんとかこなしつつ、来年の予定を考えていた。
年が明けてからの二週間もまだ新年祭の期間ではあるが、少し予定を繰り上げて外に出てもいいかもしれない、と考えていたのである。
生産者や商人は新年祭を稼ぎどきと捉えている者たちも多いが、ピルグリム工房は資金繰りには全く苦労していないどころか、少ない出費に対して資金は貯まり続ける一方である。
加えて、リリーシアには出来る限り早く訪れたい場所があった。この王都から数週間をかけて東に向かったところにある小さな村――ダリア村である。この世界に飛ばされてきたとき、自身を拾って介抱してくれたアリア・ペリヌ・ダリアに改めて感謝を伝えに行くと同時に、新しく問題が発生していないか確認しておきたかったのだ。
街道の魔物については、あのあと冒険者が派遣されて根本から討伐されたという話を組合経由に伝え聞いていたので安心していたのだが、また何か問題が出ていないとも限らない。自分が力になれる事があれば、是非とも恩返しがしたいと考えていた。
午後二時にはほぼ完全に当日分の在庫が切れてしまい、屋台は店じまいとなった。一旦屋台を解体して工房へ戻ってきた一行は、工房のリビングで一息ついていた。
「しかしあそこまで人が多いとこたえるのう……師匠が名を売りたがらんわけが多少わかった気がするぞえ」
「まったく、です。……そういえば師匠、何かお話があったのでは?」
店番中は忙殺されて断片的にしか話ができなかったので、四人揃ったこのタイミングでもう一度話しておくことにする。
「……というわけで、新年に入ってから適当なタイミングで、少し遠出をしようと思うのですが……どうですか?」
「リリーシアの故郷……のようなところなのでしょう? 私は行ってみたいわ」
思い返すと、リリーシアの出自・経歴については彼女らにはほぼまったく説明していなかったのだ。ダリア村からの経緯をこの機会に説明したのだが、彼女たちにはわりとすんなり受け入れられたようだ。――ただ、それ以前の記憶がないということについては非常に驚かれたのだが。
「うむ、そういう事情であれば是非もなし。我らも予定はないゆえ、日程は師匠に任せるぞ」
「新年祭を全日程見られなくはなりますが……いいですか?」
「我らはずっと同じ光景をもう何年も見ておるのでな。そのあたりは全く問題ない」
他の二人も同意見であったので、リリーシアは予定を立てておくことにした。
「あ、でも……ここを出る前に、少し調べ物をしておかないと……」
「調べ物、です?」
「ええ、このあいだ少し話に出しましたが、自分の知らない魔法や技術について調べてみようと思いまして」
「そういえば、遠距離に連絡する魔法を探しているという話、でしたね」
ミコトが納得した顔で答える。リリーシアとしては、欲を言えば遠距離を転移する魔術が都合よく見つかれば最高だと考えていた。
「しかし、このあたりでそういう資料が集まっていそうなところというと……」
考えていると、セレネが小さく挙手をして、
「それなら、城の書庫を使えばいいわ。最低限の管理しかされてないから、何があるかはあまりよくわかっていないけれど……」
「なるほど、それはありがたいです。それならば、早速今日明日は書庫にこもって資料探しをしてきたいと思います」
「ふむ、王城の書庫かや、滅多に入れるものでもなさそうであるし、わらわも着いていこうかのう」
「あ、ミコトも、行きます」
まだ昼過ぎであり、夕飯の時間までには随分と余裕がある。三人で向かえば何か収穫があるかもしれない(セレネは夕飯の当番である)。
「わかったわ。城と同じように、リリーシアが顔を見せれば問題なく通してもらえると思うわ。たぶん、貸出にも協力してもらえるはず。夕飯時には戻ってきてね」
リリーシアは、了解しました、と返事をしてから最低限の荷物をまとめて出発の準備を始めた。普段の荷物に、書き写すメモや筆記用具を入れる程度である。
・・・
リリーシアたち三人が外壁の門番兵に声を掛けると、いつものように顔パスで通してもらった。その際に書庫の場所を聞くと、城の本体とは少し離れた場所に別棟が建っているらしい。見ればわかるとの話だったので、とりあえず案内された道を歩き始める。
――そのラツェンルール王城書庫は、なかなかに荘厳な建物であった。面積の広い広い一階建ての建物に三角屋根をかぶせている。リリーシアの感覚では、これに十字架を立てれば聖堂のできあがりといった雰囲気である。
その入口には一応兵士が一人立っていたのだが、正直に言ってその姿は退屈そうであった。そもそも王城の関係者しか入れない場所であるし、書庫はあまり利用者がいないのかもしれない。
話しかけてみると、あっさりと入館を認めてくれた。なんでも、中に司書長がいるから彼女と話して欲しい、ということだった。
古びた扉を開けて書庫の中に入る。中は、外見同様にとても広い空間であった。
そこには長身のリリーシアより遥かに背の高い本棚が大量に鎮座し、少し古ぼけた紙の匂いを漂わせていた。部屋は区切られておらず、建物全体が広い書庫として利用されているようだ。
「……これは、想像以上じゃな。雑誌や新聞ならともかく、綺麗に装丁された本がこれほど揃っているとはの」
「壮観、です」
「正直、自分が思っていたものより遥かに広いですね。――すみません、司書長さんはいらっしゃいますか?」
リリーシアが呼びかけると、近くの本棚のあたりでごそごそと動く音がして、次いでトトトト、と何かが小走りに駆けてきた。
「いらっしゃいませですー、ここにお客さんとは珍しいですねー、と。私が司書長のジルですー」
「初めまして、リリーシアといいます」
司書長と名乗った人物は、女性というより女の子といった感じであった。白衣に包まれたその身長は百センチメートル程度である。桃色の髪を短く切りそろえ、小さいメガネをちょこんと乗せたその姿は、司書長というより研究職の格好をした女の子といった印象だ。もしかすると人間種とは異なる種族なのかもしれないが、見た目からは判別できなかった。
それぞれ挨拶をした三人を、ジルはしげしげと眺めて、
「お三方とも魔術詠唱者のようですねー、ここには何か資料をお探しにー?」
魔術的な感覚が鋭い人間は、他人の魔力内包量がなんとなくわかるらしい。不思議とリリーシアにはその技能は備わっていなかったのだが、ダリア村のアリアもその能力を持っていたようだし、この世界ではわりと一般的なものなのかもしれない。
「ええ、私の知らない魔術が記された資料などがあれば拝見したいと考えていたのですが……何か、蔵書の一覧のようなものはありませんか?」
ふむ、とジルは少し考えて、
「残念ながら、この書庫は蔵書を把握しきれていないのですよー。一応、魔術関連の本は左奥ー、五番から十二番の棚ですー。細かい中身についてはご自分で精査なさっていただければとー」
そういえば、この書庫には他に人の気配がない。この広さを一人で管理しているのであれば、中身を把握しきれていないのはいたしかたないと思われる。
「しかし、未知、いい響きですねー。何か面白いものが見つかったら、私にもお教えくださいー」
「ありがとうございます、では行ってみましょうか、ミコト、ゼラ」
そして、今年最後の大仕事と言わんばかりに、三人の蔵書との格闘は幕を開けた。




