Area《2-19》
『さあ、新年祭特別開催の大闘技大会、タッグマッチも決勝戦――』
日付は、追の月二十七日。この世界では全ての月が三十日で終わるらしいので、三日後が大晦日となる。
毎年この日には闘技場で特別興行があるのが通例らしく、今年もその闘技大会は満員御礼といった様子である。
午前から昼過ぎにかけて個人戦が行われ(優勝したのは一級の現役冒険者剣士だった)、現在は二人対二人のタッグマッチ大会が行われているところだ。
コロッセオのドーナツ状に盛り上がった観客席の最前列――その一角に座るのは、リリーシア、セレネ、そしてメルランデ。
もう日も暮れて会場を魔術の明かりが照らす中、三人は酒とつまみを手に観戦に興じていたのであった。
「しかし、リリーシアも出ればよかったのにさー、個人戦でもタッグ戦でもぶっちゃけ負けなしっしょ?」
いい感じにできあがったメルランデがリリーシアの肩に絡みつつ尋ねる。リリーシアは口から漏れるアルコール臭が結構きついなあ、と苦笑しながら。
「別に、人と切り結ぶのが好きなわけでもありませんからね。あまり頻繁に騒がせて顔が知られるのも本意ではありませんから」
果実酒の入ったジョッキをちびちびと舐めながら答える。柑橘系の香りが爽やかな酒で、冷やして飲むと非常に美味しい。効果はないほどの微量ながら魔力を含有しており、王都の魔術師連中の間で縁起のいい飲み物とされているらしい。
「ま、賞金にも興味はないわよねー、あんたんとこ燃費よさそうだし」
「そうですね。セレネが増えたといっても、正直なところ余裕すぎるくらいです。この都市のポーションの相場を見誤っていましたね」
まあ実際生産者が極少数だからねえ、とメルランデが返しつつ闘技場のほうへ目を向ける。
『決勝戦の対戦者を紹介するぞ! まず――ルゴット・マッケイとガルド・レオンの屈強な冒険者コンビだ!』
拍手に包まれて入場してくるのは、巨大な両手剣を手にした大柄な男と、これまた巨大な棘付き盾を手にした男であった。二人とも防具自体は最低限で、鍛え上げた肉体に力をみなぎらせている。……正直、冬のこの時期でも見ていて暑苦しい。
思い返せば、ルゴット・マッケイはリリーシアが闘技興行で対戦したことのある相手である。巨大な武器を持っているわりには俊敏な動きで、バランスのいい自己強化魔術が上手な剣士だった記憶がある。
『対するは――ミコト・ディオールとゼラ・ソウリエの美少女冒険者コンビだー!!』
反対の入場口から出てきたのは、蒼の装飾が入った短槍を脇に抱えたミコトと、白銀の長槍をくるくるとバトンのように器用に回しながら歩いてきたゼラであった。服装は、工房の制服兼軽装戦闘服に局部鎧を身につけたもの。
「――まあ、私は自分が出場するよりもあの子たちの成長を見るほうが楽しみでしたから」
リリーシアが微笑ましく視線を向ける先には、普段より仏頂面になったミコト(おそらく緊張している)と、こちらにすらりと手を伸ばして「見ていろよ」とばかりに視線を合わせてきたゼラの姿があった。
「ミコトもゼラも、リリーシアに勧められてこの大会に?」
少しアルコールに酔って上気した顔のセレネが尋ね――つつ、リリーシアの肩にぽふりと頭を預けた。
耳のあたりが少しこそばゆいが、これも役得(?)と考えつつ無理にアルコールを分解する魔術等は組み上げずにおく。アルコールは酔えるから楽しいのである。
「いえ、そもそも私は、二人から関係者用チケットをもらうまでこの大会の存在すら知らなかったのですが……。きっと、普段の鍛錬の成果を見せたいと、そういうことではないでしょうか。二人の武器も、あれは彼女ら自らの作なんですよ」
その言葉に、へえと驚いて見せるセレネとメルランデ。彼女らの生産技能上達速度には常に驚かされてきたリリーシアだが、彼女らはついに少量だが魔聖金を扱えるまでに到達していたのである。
魔聖金を扱えるようになると、装備製作のバリエーションが一気に多様化する。
その魔力に過剰に反応し大量に吸収する性質を御しきれば、作成した装備に多様な能力を付与することができる。魔法の力を借りて、物理の法則を無視した動きもたやすく可能にしてしまうのである。
ただしそれはファンタジアの話であり、現実ではそう簡単にはいかない。
技能を取得して修練すればいいファンタジアとは違い、この世界での魔法適正(魔法を練り上げる先天的な才能)というのはそれなりに稀少らしい。つまり、誰も彼もが練習すれば魔法を使えるようになるわけではない。金属が打てても、魔法適正のない=魔力を扱えない者には魔聖金の真価を引き出すことはできないのである。
ミコトもゼラも優れた魔術の才を持っており、比較的短い期間で魔聖金を扱えるようになった優秀で稀少な鍛冶師であるといえる。
「まだ魔聖金の割合を四割以上にすると難しいようですが――と、始まりますね」
リリーシアが解説を切り上げたと同時――開始の鐘が鳴った。
巨大な男コンビは盾持ちのガルドが前に出て、ルゴットが背後や脇から隙を狙うスタイルのようだ。もう少し身を隠す格好のほうが不意打ちには適していると思うのだが、ルゴットはそんなことは意に介さず肉体を素早く動かし続ける。
対する工房組は、ゼラが前に出て積極的に攻撃を仕掛け、ミコトが死角を守ったり挟撃をする布陣である。ミコトは短槍の他にも腿あたりに備えた投擲用短剣による攻撃も得意としていたはずなので、それも加味したフォーメーションだろう。
四人は、間もなく激突した。棘付き盾と真っ向からぶつかったゼラの長槍は、少しもたわむことなく競り合っている。
「いやあ、あの子たちもやっぱり一流冒険者だよねえ。体格差なんてまるで気にしていないよ」
打ち合いを見ながらメルランデがからからと笑う。
「美少女コンビとか言われてましたけど、私たちよりよほど年上の経験者らしいですからね……。そういえばメルさん、今日の賭けはどうしたんです?」
ふと思い出して尋ねる。ご多分に漏れず――というよりいつもとは比べ物にならない規模で――公式な勝者賭博が今回も開催されている。
「それ言っちゃあ面白くないじゃんさあー、ってのは置いといて、そりゃもう彼女ら一点賭けに決まってんじゃん? あの有名な某《蒼》の冒険者直々の弟子ってんじゃあ賭けない理由が見当たんないよね!」
金額と賭博対象を記した賭け札をひらひらと振るメルランデ。リリーシアは納得半分複雑な感情半分の顔をして、
「褒めても何もでませんからね」
「そういえば、リリーシアも賭け札を買ってたわよね?」
というセレネからの指摘で、う、と唸ったままさらに微妙な顔をしてしまった。
「誰に賭けたかはまあ……お察しくださいって感じだよねえー。はっはっは、あんたは師匠っていうより親馬鹿って感じがするよ」
絡んできたままのメルランデにもつっこまれ、リリーシアは渋い顔をしたまま完全に沈黙した。
リリーシアとしては、買ったのは一口だけであり、決して金稼ぎではなく応援以上の意味合いはないと主張したかったのだが、そう言えば言ったでさらに泥沼に嵌りそうな予感がして言い出せなかったのであった。
試合はしばらく膠着していたが、ゼラが流麗なやりさばきで棘付き盾を弾き飛ばしたことで決着に向かって傾いた。
「がら空きじゃ、持っていけ――蓮華脚、壱式」
その攻撃は、槍さばきの舞う動きから続けて放たれた強烈な回し蹴りであった。
目にも留まらぬ速度で駆けた下段の回し蹴りが男の姿勢を崩し、その巨体が完全に宙に浮く。
そこを、回転の勢いを増した二撃目の回し蹴りが捉え――男の腹に深々と突き刺さった!
「うわ、痛そう――」
思わずつぶやいたリリーシアは、綺麗に振りぬかれた回し蹴りと、二十メートルはゆうに吹き飛んだ巨体を見た。
「なっ、よくもガルドを――、ッ!?」
そう叫んだルゴットの両太ももと、右胸に計三本の投擲短剣が深々と突き刺さる。
「ぐ……、な、が、からだ、が…………ッ!?」
そのまま崩れ落ち、ピクピクと痙攣するルゴット。
「相対者から視線を逸らすのは……下策中の下策、です」
さらに追撃用の短剣を手に構えたままのミコトがつぶやく。リリーシアとしては狙いの正確さとえげつなさにまず恐怖するところだが、さらに麻痺毒が塗りこんであるという周到さに尊敬すら覚えてしまう。
おそらく、ミコトの得意な光属性魔術で自身の気配を薄くした上での投擲だったのだろう、観客も突然の決着に驚きざわめき――
『試合、終了――!!』
その宣言と終了の鐘とともに、大歓声と魔法の花火と紙吹雪が舞った。なお、紙吹雪の正体は外れた賭け札である。
そのきらめく空間の中で、ミコトとゼラは観客席のリリーシアたちのほうを見ながら、それぞれの武器を高々と掲げて笑っていた。




